20.星は、いない
退勤したとき。
タイミングよく電話が来た。
母親だ。
「もしもし」
「ああ、秋良。田所さんから聞いたのだけど」
田所の母親がどうかしたのだろうか。
「未結ちゃん、晃太くんの幻が見えるようになっちゃったんだってね」
思わず足が止まる。
晃太……柳生を田所が見つけたことを、田所が母親に言ったということだろうか?
こちらの反応に気づくはずもなく、母親は話し続ける。
「未結ちゃんが住んでいるおうちの大家さんって、田所さんのお母さんのお友達なんだってね」
田所は大家に、一応一ヶ月間、友人と暮らすということを伝えたらしい。
その話の流れで同居人の名前を聞いた大家は、それを今日、田所の母親と電話で雑談をしていたときにポロッとこぼしたそうだ。
田所に本当のことを伝えるべきか、もう少し様子を見るべきかで悩んだ田所の母親が、俺の母親に連絡してきたらしい。
「でさ、あんた昔、変なのが見えるって言ってたじゃない。どうなの」
無神経だろ。
思わず出そうになった言葉をすんでのところで飲み込む。
「……今はもう見えない。でも、まだ様子を見たほうがいいんじゃないのか」
「そうよねぇ。田所さん、電話かけてみるって言ってたけれど、どうなのかしらね」
「それを早く言ってくれ!」
今度こそ言葉が先に飛び出した。
周囲にいた人が何事かと視線をこちらに投げてきたのを感じたが、それどころではない。
出来ればすぐに田所の母親に電話して止めるように言ってから、急いで電話を切り、そのまま指を動かして田所に電話をかける。
呼び出し音。
よかった、通話中ではない。
まだ間に合う可能性が、少しある。
「もしもし?」
「田所? 木津だけど」
「電話かけてくるなんて珍しいね、どうしたの?」
田所の母親からの電話を阻止するためにかけたはいいものの、話す内容を考えていなかった。
どうしよう。
そう思って考えて、すぐに浮かんだのは、柳生だった。
「そっちに柳生、行ってないか?」
これでもし、返答が少しでもおかしければ、田所の母親がもう電話をかけてしまったあとの可能性がある。
祈るような気持ちで問えば、来てるけど、とケロッとした声が返ってきた。
「どうしたの?」
「今、そばにいるのか?」
「いや、私今退勤し家に帰ってるところで。柳生くんはうちにいるかな」
「……やっぱりか」
間に合った。
よかった。
安心して、息を吐く。
もしも間に合っていなければ、返答はもう少し変わっていただろう。
「木津くん?」
「田所、一人暮らしだろ。柳生も一応男だぞ」
「知ってる。でも一週間うちにいるけど、特になにもなかったよ」
「一週間もいるのかよ」
「長くて一か月はいる予定だけど」
「……」
滞在期間が一ヶ月なのは前々からわかってはいたけれど、あまりにも受け入れすぎていて、なんとも言えない感情になる。
それ、俺だったとしても田所は受け入れたのか?
思わず頭の中に湧いてきたその疑問を、受け入れられなかっただろうな、と押し殺す。
そもそも、だ。
「お前、まだ柳生のこと、好きだろ」
無言の間が、心に重くのしかかる。
二人で会うときも、よく柳生の話題になることがあった。
そのときの田所の表情を見ていたら、嫌でもわかる。
まだ、田所の心の中には柳生がいて、それは振られても変わらずに、友人としての感情以上の重みをもって居座っている、と。
「好きだよ」
告白してもいないのに、田所と柳生の話をする度に、振られたような気持ちになる。
今だって、そうだった。
そのまま数言交わし、電話を切る。
通知を見れば、母親からメールがきていた。
どうやら田所の母親は、様子を見ることにしてくれたらしい。
ふっと、夜空を見上げる。
街の明かりに照らされた夜空には、星が見えなかった。
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