19.友人

「木津、嘘ついたでしょ」


 職場の休憩時間。

 昼飯を食べていたら、いつの間にやらすぐそばに柳生がいた。

 すぐ近くに人がいないことを確認してから、極力小さな声で返事をする。


「無事田所に会えたようでなによりだ」

「おかげさまでね」


 怒ってはいるようだが、予想したほどではなかった。

 そのことに内心安心しつつも、罪悪感を抱かないわけではない。


「悪い」

「どうしてそんな嘘吐いたんだよ」


 理由、あるんだろ。


 そう訊いてくれるところに柳生からの信頼を感じた。

 だからこそ、そんな友人がこの世にはもういないのだということに、苦しくなる。


「もしかすると、柳生がもう亡くなっていることを、近いうちに田所が知ることになるかもしれない」


 そのままざっくりとなにがあったのかを説明する。

 黙って聞いていた柳生は、俺の話が終わる頃には、どこかむっとしたような表情をしていた。


「別に、正直に説明されたらされたで、僕だって自分で考えて調整するよ」

「……悪かった」

「いいよ。もう今からやり直すことはできないし」

「やっぱり、問題があったりするのか」


 柳生がうなずく。


「三十歳まで貯蓄したときと比べると体力は少ないから、一日あたりで使える体力がかなり限られてくる」

「というと……」

「基本的に、田所さんと一緒の空間にいるときは、田所さんから僕の姿が見えるような状態でいないといけない」


 生きていると信じてもらうためにも、それは絶対だろうことは、俺にも想像ができた。


「生きている人に幽霊が姿を見せ続けるのは、かなり体力を消費する。だから、他のことを制限していく必要があるんだ。逆に、いわゆるポルターガイスト現象的なものは、もう少し消費する体力は少ない」


 つまり、と柳生は続ける。

 説明する柳生の声は落ち着いていて、責めるような響きは一切なかった。

 責められても文句は言えないことをしたのに。


「怪奇現象的な、そういう幽霊がいかにもやりそうなものは、消費体力は少なくて」

「生きている人間のようなことをしようとしたら、消費体力が多いのか」

「そういうこと。だから、やれることが限られてくる。生きている人間が当たり前にできる、食事や、生きている人間や動物に触れることは体力をかなり使うから極力避ける必要がある」

「……気をつけないと、ボロが出やすいっていうことか」


 そういうこと、と柳生はうなずくと、静かに微笑んだ。


「だから、もしも田所さんが僕の行動でなにかしらの違和感を抱いたとして。それを木津に相談することがあったら、誤魔化してほしいなって思ってさ」

「わかった」

「……まあ、たぶん、田所さんはなんでも信じてくれると思う。僕が生きているっていう前提のことは、なんでも」


 微笑みに、寂し気な色が混ざる。

 ザラッとした嫌な感じが、胸の中で騒ぐ。


「どういうことだ」

「うーん……勘、かな」

「勘」

「普通さ、行方不明になっていた友人が、帰り道にいきなり現れたらすごく驚くでしょ」

「それは……まあ、そうだな」


 大声は出るだろう。

 逆に、脳の処理が追いつかなくて固まってしまうかもしれない。


「で、見つけたら、木津ならまず初めになにをする?」

「それは……柳生の両親に連絡するだろうし、田所にも連絡する。あとは、警察だな」


 柳生は、そうだよね、とうなずいた。


「田所さんは、木津に連絡しようかっていう提案はしてくれた。ただ、それは、僕がこれから住む場所をどうするかっていう話が出たときだったんだ。僕を見つけたとき、誰かに連絡しようとする素振りがなかった」


 他にも、色々と柳生の言うことを受け入れるのが速かったらしい。


「柳生を信用しているからじゃないのか」

「だとしたら、すごく無防備だけどね。だから、なんとなくなんだけどさ。田所さんは、僕が生きている、と思えるのなら多分、多少の違和感には無意識に見ないふりをするんじゃないのかな、と思うんだよね」

「……つまりそれは」


 机に置いたスマホから、バイブ音が鳴る。

 職場に戻る時間だ。

 慌ててアラームを止めて振り向いたときには、柳生の姿はなかった。


 きっと、アラームが鳴らなくても、柳生は決定的な言葉は言わなかっただろう。

 あいつは、そういう奴だ。


 柳生が生きていると、田所が信じ込もうとする理由なんて、少し考えればすぐに予想ができる。

 生き物は、基本的に生きることを優先する。

 信じ込むことが、田所自身の心や命を守るための盾、なのだろう。

 もしも田所が本当のことを知ったとき、俺にはなにができるのだろうか。


 俺に、田所と柳生の友人でいる資格は、あるのだろうか。

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