大勢の中の一人
大勢の中の一人でいるのが一番楽だと知ったのは、いつだろう。
もちろん、自分を主張したいタイプの人間だったら、それは苦痛なんだろうけれど。
小学校低学年の頃は、一人で教室の隅で本を読んでいた気がする。
可哀想。
そんな視線を感じるようになって、中学年くらいから、みんなの輪に混じるようになった。
誰かが笑えば一緒に笑って、誰かがなにか言えば相槌を打つ。
慣れるまではタイミングが難しかったけれど、慣れてしまえばお手のもの。
息をするようにそれが出来るようになるまで、そんなにかからなかった。
中学生の頃にはすっかり馴染んでいた。
高校に上がってもそれは変わらず。
いや、少し変わったかもしれない。
中学の頃のあの一件。
あの子は、同じ部活の子でもあった。
私と一緒で大人数の中にいたけれど、馴染めなさそうにしていた。
だから、よく声をかけて話しているうちに、仲良くなったのだ。
仲良く、なりすぎたのかもしれない。
あのときの瞳が、傷つけてしまったであろうことが、怖くて怖くて。
だから、教室にいる間だけ、大勢の中にいることにした。
誰かと極端に仲良くなることは、避けた。
部活にも、入らなかった。
そうすればきっと、誰にとっても等しく、大勢の中の一人でいられると思ったから。
ああ、そんな子いたよね。
何年か後、そんなふうに言われるくらいの存在でいいと思った。
思っていたんだ。
抜けるような青空を見ていると、あの日のことを思い出す。
縋るように掴んだ腕を。
必死に踏ん張ったことを。
あれが正しい判断だったのかはわからないけれど、結果として私もあの子も生きていたから、日々は変わらず続いている。
嘘つき。
その言葉を思い出す度、胸が苦しくなる。
嘘じゃない。
死にたいと思うのは、本当。
でも、死んではいけないということを知っているから、飛び込めなかった。
命を粗末に扱ってはいけない。
それに、たくさんの人に迷惑を掛けてしまう。
悲しませてしまう人だって出てくるだろう。
だから、死んではいけない。
死んではいけないから、生きている。
死を考えるのは、いけないこと。
それが、少し、私には苦しかった。
木津くんと、柳生くん。
二人と職員室前でわかれた。
鍵を返して、帰路に着く。
見られてしまった。
ベランダから、落ちようとしたところを。
青い空に吸い込まれそうで、ああ、今なら死ねるかもしれない。
そう思って、気づいたら手すりから身を乗り出していた。
二人は、どう思っただろうか。
言いふらされたりするのだろうか。
そうしたら、私は、いけないことをした私は、大勢の中の一人ではいられなくなるのだろうか。
当たり前に一人でいられた頃は、すごく遠い記憶で。
大人数に含まれているときの居場所を得た安心感を覚えてしまった今、一人になることほど恐ろしいものはなかった。
死んでしまえたら。
消えてしまえたら。
そんなことで悩むことも、一人になる未来が来ることもなくなるのに。
ずっと脳内で流れるその思考を必死に振り払いながら、私は家に帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます