17.急いては事を仕損じる
柳生が亡くなったとわかったのは、実家にかかってきた電話よりも前。
直接、柳生が会いに来たからだ。
絶望する俺に、柳生は微笑みながら、やり残したことがあると言った。
それに協力してほしい、と。
俺のせいで柳生は死んでしまった。
そうでなかったとしても、数少ない友人の頼みを、聞かないはずがなかった。
柳生のやりたいこと。
詳しくは教えてもらえなかったが、田所に関することだということだけは聞かされた。
柳生は、一日と置かず我が家に来ることもあれば、半年近く来ないこともあった。
来るたびに、なんというか……幽霊としての能力が上がっていた。
物を動かすこと、触れること、そして、幽霊が見えない人に、自分の声を聞かせること。
その方法を、他の幽霊たちから聞いて覚えているらしい。
「もしかしてだけど」
「うん?」
俺が大学四年生になっても変わらず現れる、大学一年生の頃のままの姿の柳生。
見るたびに罪悪感と喪失感、そういった感情で胸が苦しかったのに、今はそれすらも慣れてきていて、その慣れを、ときどき恐ろしく感じていた。
「お前は、田所に会おうとしているのか」
「そうだよ」
あっさりとした返事が返ってくる。
「言ってなかったっけ」
「田所に関することで、やり残したことがある、としか聞いてないな」
「あー……ごめん」
「どうして田所なんだ」
俺の問いかけに、柳生はキョトンとした表情をする。
言葉が足りなかったらしい。
「俺がいるだろ。俺が、柳生の言いたいことを田所に伝えればいいし、やりたいことを代わりにやればいいんじゃないのか」
俺には柳生が見える。
だから、わざわざそんな時間をかけずに、俺を使えばいいのにと。
「うーん……それが、ちょっとできないんだよね」
言葉を探すように目を動かしながら、柳生は続ける。
「まず、木津は田所さんに、幽霊が見えることを教えてないでしょ。だから、まず、そのことを信じてもらう必要がある」
「……田所なら、たぶん、信じてくれるだろ」
俺がそういう冗談を言うことはないと、田所ならわかってくれるはずだ。
その言葉に、柳生もうなずく。
「そう、それはたぶんすぐに信じてくれる」
「なら」
「でも、田所さんは僕が死んだことを知らない」
「……」
そうだった。
田所には伝えていない。
柳生が亡くなった日より少し前。
まだ、生死の境をさまよっていたとき。
田所が、自宅のベランダから転落した。
手すりが腐食していたらしく、一部が一緒に落ちていたことから、おそらくは腐食した手すりに体重をかけたことによる転落事故だろう、と片づけられている。
その可能性も、ないことはないだろう。
ただ、タイミングがタイミングだった。
友人を失うかもしれない絶望からの、自殺未遂の可能性があると。
一命は取り留めたが、頭を打ったからか、精神的なショックからか、それともその両方か、一部の記憶が抜け落ちてしまっているらしい。
その中には、ベランダから落ちるまでの直前の記憶も含まれている。
もしも自殺未遂だった場合、柳生が亡くなったことをしれば、今度こそ自ら命を絶ってしまうかもしれない。
それを防ぐために、田所に柳生が亡くなったことは伝えられなかった。
代わりに、無事退院したが、行方不明になってしまったと、そう伝えた。
だから、俺を使うのなら、柳生が亡くなっていることを、伝えなければならない。
「それを隠しながら、うまく俺を使うことはできないのか」
「できない」
はっきりとした言葉だった。
強く言い切る形に、俺はなにも言えなくなる。
「あとは、生きている人に姿を見せられるようになれればいいんだけど」
「そんなことができるのか」
「できる。だけど、それ相応の体力を使うのと、練習もしないとかな」
まだうまくできないやと、手の開閉をしながら、柳生はつぶやく。
「田所に会うとして、どのくらい会うつもりなんだ」
せいぜい一二時間か、長くても一日かそこらだろうと思って訊いた。
「一か月」
だから、その返答は予想外だった。
「一か月も?」
「そう。だから、体力を蓄えないといけないし、なんとしてでも、一か月間、僕が死んでいると気づかれるわけにはいかない」
「姿を見せられるようになったら、すぐ行くのか?」
柳生が首を横に振る。
「たぶん、そしたら一か月も体力が持たずに尽きちゃうかな」
「尽きたらどうなるんだ」
「……あの世に強制送還。もう二度と、こちらには戻ってこられない」
だから、姿を見せられるようになっても、しばらく体力を貯蓄する必要があるらしい。
「どのくらいで準備は完了するんだ」
「あと五年くらいで、最低限は完了する。でも、余裕を持ちたいから、僕たちが三十歳になる年くらいまでは貯蓄したいかな」
体力は、回復はするにはするらしいが、消費速度に対して回復速度はかなり遅いらしい。
「そんなにのんびりしていていいのか」
「急いては事を仕損じる、だよ、木津」
柳生が、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。
口元こそ笑っているが、その瞳には強い覚悟が垣間見えた。
「きっと、一回しかできない。だから失敗するわけにはいかないんだ」
協力、してくれるよね?
有無を言わさない言葉の圧力に、俺はうなずくことしかできなかった。
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