第二部

道連れ

 いなくなりたい。


 ずっと、強く強くそう思っていた。

 今だって思っている。


 もちろん、世間一般的にそれはあまりよくないことだとわかっている。

 だから、口に出したことはなかった。

 心配をしてほしいわけではないから。


 だけど、ときどき激しく荒れ狂う嵐に、私はどうすればいいのかわからず、途方にくれていた。

 相談することはできず、防ぎ方もわからず。


 きっと皆持っている感情だ。

 だから、私がおかしいわけじゃない。

 ただ、その感情への対応が、人一倍へたくそなだけ。


 そう言い聞かせて生きてきた。


 実際、私だけではなかったらしい、と知ったのは、中学三年生のときだった。


 友人が自殺しかけたのだ。

 私の、目の前で。

 彼女は、私を道連れにしようとした。



「死にたいって思ったこと、ある?」

「……え?」


 唐突に言われた言葉に、私は聞き間違いかと思って訊き返してしまう。

 合格発表が終わった時期のこと。

 高校は離れてしまうことがわかっていたから、一緒に遊ぼう、と彼女と一駅向こうの町まで行った帰りだった。


 駅のホームには、私たち以外にも、ぽつりぽつり人がいる。

 でも、列を成すほどではなくて、私たちの前には線路が見えていた。


「でも、未結っていつも笑ってて幸せそう。だから、そんなこと、思わなさそうだよね」


 普段の彼女からはあまり聞かない乾いた声に、私は隣を見ることもできず、ただじっと線路を見つめている。


「そんなこと、ないよ」


 喉の奥がはりついてしまったのかと思うほど乾燥していて、かすれた声しか出なかった。


「じゃあ、一緒に死のうよ」

「え?」


 急行が通過するアナウンスが流れる。

 同時に強く腕を引かれた。


 いけない。


 反射的に私はその場で足を踏ん張る。

 同時に友人の腕をすがるように必死に掴んだ。


 目の前を、電車が駆け抜けていった。


 嫌な汗が、暴れまわっている心臓に押し出されるようにして、吹き出してくる。


 ゆっくりと、友人がこちらを振り返る。

 冷えた瞳が私を捉えた。


「嘘つき」


 静かな声に、私はなにも言えなかった。

 ただそのときの、深く傷つけてしまったことがよくわかる表情は、今でも覚えている。

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