12.馴染んだ景色がいないだけで

 高校三年生、春。

 つまりは、受験生開始。

 教師たちは二年生の冬から受験生開始だ、なんて言っていた気もするが、知らない。


 二年生のときは文系、そして三年生になって私文のクラスを俺は選択した。

 もちろん、柳生もだ。

 クラスが別れたのは、国文を選択した田所だけだった。


「なんかさ」

「ん?」

「景色が足りない感じがする」


 ぐでんと机に覆い被さるように上半身を預けて、柳生が言う。

 その視線の先には、それぞれの集団たちだった。

 もちろん、そこには田所の姿はない。


「もうそろそろ一週間経つのに、案外慣れないもんだな」


 それにしても景色か、と思わずつぶやく。


「なに、失礼だった?」

「……失礼、というか。なんて言えばいいんだろうな。なるほど、とは思った」


 教室で、誰かと一緒にいる田所は、確かに景色の一部だった気もする。

 話しているときはそんなことはないのだけれども。


「昼飯食い終わったんだし、会いに行くか?」

「いい。男子二人で会いに行ったら、平穏に過ごせないかもしれないでしょ」

「会いたいのか」

「……木津が会いたいのかと」

「……」


 目だけこちらに動かして、柳生がこちらを見上げる。

 茶色い瞳がにんまりと笑っていた。


「お前な……」

「また帰り会えるでしょ、たぶん」


 だから、それまでの我慢だよ、木津。


 まるで弟に伝えるような、そんな口調で言う柳生に、俺はため息を漏らした。


「そうだな」



 ただ、そう言っていられるのも、ゴールデンウィークが明けるまでだった。

 徐々に徐々に、部活を引退する三年生が出始める。

 そうするとどうなるか。


 田所が、クラスメイトと帰るようになったのだ。



「……木津」

「なんだ」

「幽霊、いる?」

「……いるな」


 声を潜めて会話する。

 というのも、田所と田所のクラスメイトに気づかれないように、尾行しているからだ。

 とはいえ、流石に家まではついていけない。

 教室から、いつも別れていたバス停付近までが、そのルートだ。

 無事、いつも別れるところまで来たところで、バス停にバスが停まっていることに気づき、二人して大急ぎで走る。

 運転手さんが気を利かせてくれたおかげで、なんとか発車までには乗ることが出来た。

 背後でドアが閉まる音を聞きながら、空いている二人がけの座席に座る。


「結局、一番ないって言ってた尾行をしてる状態な訳ですが」


 柳生の言葉に、ため息を吐く。


「どうすればいいんだろうな」

「もう本当、木津、田所さんと付き合えばいいだろ。そしたら合法的にそばにいられるし、万事解決はい終了じゃん」

「なんで俺が田所と付き合うことになるのかってことと、田所にも拒否権はあるってことと、そのほか色々突っ込みたいところがあるんだが?」

「え、だって木津、田所さんのことそういう意味で好きでしょ?」

「……は?」

「え?」


 柳生の言葉に、思わず間の抜けた声が出る。

 予想外の反応だったらしく、柳生からも同じような声が出た。


「好きって、俺が、田所を?」

「そう」

「友人としてか?」


 それなら、まあ、そうだが。

 

「いや、流石にわかってるよね? 恋愛的な意味で、だよ」

「……わからないな」

「わからないって」

「そういう感覚を、知らねぇ」


 正直に答えれば、柳生はキョトンとした表情をしたあと、どこか申し訳なさそうな表情になる。


「……あー……うん、わかった、ごめん、なんか、ごめん」

「俺はなんで謝られてるんだ」

「うん、流石の僕にも罪悪感が湧いてきたから」

「馬鹿にしてるのか」

「……一ミリくらいは?」


 おどけた表情で言う柳生に、完全に毒気を抜かれる。


「まあ、冗談だけども。心当たりとかないの?」

「心当たり?」

「そう」

「例えば?」

「……説明するの、恥ずかしいから、携帯で検索かけて調べていただくか、恋愛小説か少女漫画らへん読んでもらっていいかな」

「……それは真面目な話か?」

「真面目な話です」

「わかった」


 言い切る柳生の圧におされるように、俺はうなずいた。


 翌日。

 柳生と顔を合わせた俺が思わず赤面してしまったのは、言うまでもないだろう。

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