過去は過去、なんて思えない。

「田所さんって、木津のことどう思ってるの?」


 職場から帰ってきて、夕飯を食べているとき。

 向かいに座っている柳生くんが、何気ない調子で訊いてきた。

 私はオムライスを食べていた手を止める。

 視線をオムライスから柳生くんに移した。

 柳生くんは頬杖をついていて、視線は斜め下に向いていた。


「どうって……仲のいい友達、だけど」


 どういう意図が込められた問い掛けなのかがわからなくて、私は首を傾げる。

 それでも柳生くんは視線を動かさない。


「じゃあ、僕のことは?」


 喉に言葉が詰まる。


 好きだよ、なんて言えない。

 木津くんには、柳生くんが好きだとはっきり言えたのに。

 柳生くん本人になんて、言えるはずが、ない。

 一度振られているのだし、一緒の家に友達として住んでいる相手にそういった好意を向けられるのは、気分がよくないだろう。


「友達として、好きだよ」


 精一杯の言葉だった。

 できるだけ自然を装って、私は視線をオムライスへ戻し、食事を再開する。


「最近、高校時代のことを思い出すんだ。あの頃の田所さんが木津に対して友人として好きになるのも、今も関係が途切れていないのも、わかる。木津は誠実で、頼りになるし、しっかりしてる。誰かを傷つけることはしない。本当に、いいやつだ」


 でも、と柳生くんが続ける。


「僕は、田所さんのこと、傷つけてばっかりだった。好かれるようなことをした覚えもない。田所さんは、どうして今も友達として好きだって言えるの?」

「……これは、高校の頃にも言ったかもしれないんだけど」


 スプーンを置いて、私は柳生くんを見る。


「二年生の頃は、柳生くんに対して、嫌いとまではいかなくてもすごく苦手意識があった。いつも木津くんに対してはニコニコしてる柳生くんが、私に対しては時々すごく怖かったから。でも、二年生、三年生って一緒にいる時間が重なっていくと、それが変わっていくのを感じた」


 どうしてこの人はいつも話しかけてくるのだろう。

 そう、二年生の頃は思っていた。

 私のことを嫌っていそうなのに、と。

 

 だけど、一緒にいる時間が増えれば増えるほど、なんとなくそれが変わっていくのを感じていた。

 なにかのフィルター越しに私を見ているようだった柳生くんの視線が、そのフィルターなしで私を見るようになった。

 そんな感覚があった。


 そもそもとして、私はいつだって、その他大勢側の人間だった。

 クラスでも、ずっと大勢の人たちの輪の中にいて、誰かが笑えば笑って、話せばうなずいて。

 それが嫌だったわけじゃない。

 今だって、彼らの中の数人とは連絡を取り合ったりするくらいには、続いている。


 でもたぶん、今続いている人たちの中で、私を私として。

 大勢の中の一人ではなくて、一人一人の中の個として、私を見てくれたのは、家族を除けば柳生くんと木津くんが初めてだったかもしれない。

 それまでいなかったわけではないけれど、それを心地いいと思わせてくれたのは、二人が初めてだった。

 だから、二人は大切な友人だ。


「色々な出来事が重なっていって、私は今も、柳生くんも木津くんも友達として大切に思ってるよ」

「……そっか」


 柳生くんが、やっと私を見る。

 眉尻を下げた、困った笑みを浮かべていた。


「田所さんは、もっと自分を大切にしてほしいや」

「高校生の頃よりは、だいぶそうできてると思うんだけど」

「そうだね。でも、もしも今後、高校生の頃の僕みたいな、田所さんに対して攻撃的な人がいたら、さっさと縁を切って、逃げたほうがいいよ」


 田所さんが傷つくのは嫌だし。


 柳生くんの言葉に、どう反応していいのかわからなくなって、少し迷ったあと、ありがとう、とだけ返した。

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