11.予想なんてするはずもない。

 公園に戻ってくると、音で気づいたのか、夜空を見上げていた柳生がこちらを見る。


「おかえり、どうだった?」

「ただいま、なかなかの人混みだったぞ」

「だろうね」


 柳生が座っているベンチまで行き、買ってきたものを置いていく。

 ふ、と鼻をひくつかせた柳生が、眉を寄せる。


「湿布の匂いがする……?」

「ああ、田所が足首を捻ってな」


 ぶつかられたときにどうやら軽く捻ったらしい。

 人混みを抜けてしばらくしてから、ようやく田所の歩き方に違和感を抱いた。

 大丈夫だと言い張ってはいたが、念のためコンビニで湿布を買った。

 信号待ちの間に貼っていたから、たぶん、その匂いだろう。


「大丈夫なの?」

「うん、大丈夫。本当に軽く捻っただけだから」

「そう、よかった」

「あ、あとね。柳生くんに渡すものがあって」


 田所は、ずっと持っていた巾着の中から、綺麗にラッピングされた箱を取り出す。

 その箱を、はい、と田所は柳生に渡した。


「なにこれ」

「誕生日プレゼント。いつもコーヒー牛乳飲んでたから、牛乳に合いそうなコーヒー。インスタントコーヒーだから、手軽だと思う」

「……ありがとう」


 驚いたように目を丸く開きつつ、柳生がそれを受け取る。

 大方、嫌味を言ってしまうことが多かったから、プレゼントをもらうなんて思ってもみなかったのだろう。


「誕生日だ、なんて言ったから、気をつかわせちゃった?」

「ううん、全然。あとから知ったら慌てちゃってたと思うから、あのとき知れてよかった」


 優しい笑顔。

 柳生からの言葉に傷つかなかったわけじゃないだろうに。


 柳生がなにか言おうとして口を開く。

 少しの間を置いてから、柳生は微笑んだ。


「今度飲んでみるよ。屋台飯、食べよう。冷めちゃったらもったいないし」



 食べて、ラムネを飲んで、話して。

 たぶん少しは空いただろうってタイミングで三人で屋台をめぐってみたりもした。


 最後にバス停近くで田所と別れて、俺たちはバスに乗る。


「他人の顔色うかがうの、楽しい?」

「は?」

「って、プレゼントもらったとき、言いそうになった」


 なにを突然、と思ったら、先程の会話で飲み込んだ言葉だったらしい。

 窓に額をつけて、柳生はずっと外を見ている。


「献上品かよって」

「でも、言わなかったんだな」

「……もしそうだとしたら不快だし、違ったとしたら更に傷つけるから、言えなかった」

「柳生としては、どっちに見えるんだ」

「わからないから、言わなかった」


 少しだけ間を置いて、木津は? と、どこか心細そうな声が問いかけてきた。

 一向にこちらを見ようとしない柳生から視線を外し、背もたれに頭を預ける。


「俺は、柳生ほど人と話したことがないから、ただ見たままでしか判断が出来ないが。ご機嫌取りだとは思わなかったな」

「そっか……」

「昔の柳生だったら、田所の立場だとして、どうしたんだ?」


 考えるような沈黙。

 少しして、この話、やめよう、と柳生がつぶやく。


「昔の僕は昔の僕で、田所さんは田所さんだし、予想したところで本人が言わない限り永遠に正解がわからないから」

「あっさりしてるな」

「お前が言ったんだろ」

「いつ?」

「行きのバス」

「……忘れたな」


 小さく笑う声が聞こえた。

 その笑い声を聞きながら、もう少し気楽に生きられたら、楽だろうに、と思わずにはいられなかった。

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