10.夏の賑わい
「……夏祭り、友達と行くって言ったら、親が張り切ってしまって……」
待ち合わせ場所について見つけたのは、浴衣を着た田所だった。
淡い水色の布地の中で、金魚が泳いでいる、シンプルで涼し気なデザインだ。
対する俺らは、Tシャツにズボン、というラフな姿。
たぶん夏祭りの場所へ行けば目立たないんだろうが、俺たちとの格好の差がすごい。
「甚平とか着てこれば良かったか?」
「木津、持ってんの? 僕持ってないや」
「俺も持ってないな」
「な、なんだかごめんね……! 行こう!」
田所が歩き始めると同時に、カラン、と音が響く。
見れば、彼女は下駄を履いていた。
「足、気をつけてね」
柳生の言葉に、田所が振り返る。
「ありがとう」
そう言って見せた微笑みは、なんだか眩しかった。
「焼きそば、綿あめ、りんご飴、たこ焼き、ベビーカステラ……」
「色々あるねぇ……」
「人もいるな……」
屋台が並びに並び、その間を、大勢の人が行き交っている。
人混みが苦手な柳生は、その様子を見て顔をしかめていた。
「私、落ち着ける場所知ってるから、先にそこ案内しようか?」
「本当? 助かる」
賑わいから数本逸れた道を、田所が歩く。
それだけで数本隣にある賑わいが遠くなった。
「どこ行くの?」
「神社のすぐ近くに二つ公園があるんだけど、みんな大きいほうに行くから、小さい方の公園にあんまり来ないんだよね。だからそっち行こうかと」
行っている間に、また賑わいが戻ってくる。
このお祭りは、商店街から神社までの間で行われているため、神社の近くへ行くということは、まあ、そうなるだろう。
隣にいる柳生の表情がまた険しくなる。
「ここは賑やかだけど、公園のほうは静かだから、大丈夫だよ」
こちらを向いた田所は、柳生の表情を見ると、眉を寄せて困ったように笑って言った。
柳生はしかめっ面のまま、わかった、とうなずく。
そのまま神社に沿うようにして歩いていく。
最初こそ人は多かったものの、徐々に減っていき、目的地に着く頃には、人はまばらになっていた。
そこは、神社とビルの間に出来た、小さな小さな公園だった。
遊具は滑り台とブランコが一つずつ置かれているだけで、端にベンチがいくつか、添えられるようにそこにいた。
人は誰もいない。
「こんな場所、よく見つけるね」
「たまに、ボーッとしたくてお散歩してて。そのときに見つけたんだよね」
「ああそっか、地元ここなんだっけ」
「うん、そう」
「ありがとう、ここなら大丈夫かも」
柳生からのお礼の言葉に、田所が嬉しそうに笑う。
微笑ましい光景なのに、何故か胸がチリッと痛んだ。
「じゃあ、柳生くんと木津くんはここで待ってて。私、なにかしら買ってくる」
「木津、息をするようにパシられようとしてる田所さんを止めて」
「あ、おう」
「パシられようとしてないよ!?」
慌てたように、田所は顔の前で両手を振る。
「今ここで、じゃあお願いって言ったとして。僕と木津と田所さんが食べる分を持ってくるのは、限界があるんじゃない? 人間、腕は二本しかないんだからさ」
「……たしかに」
「だから、木津の腕を使いなよ」
「息をするように俺を荷物持ち扱いするんだな、お前は」
ケラケラと笑う柳生に、俺は小さくため息を吐く。
「で、お前はなに食いたいんだ」
「任せる」
「……後悔するなよ?」
「楽しみにしてる。なんたって僕、今日、誕生日だからね」
毒気を抜かれるような笑顔を見せられ、もう一度ため息が出てしまった。
「なにかあったら連絡くれ。田所、行くぞ」
「え、あ、うん」
柳生を置いて、再び人混みの中へ。
とりあえず定番な焼きそば、たこ焼き、ベビーカステラや綿あめを買っていく。
公園の隣に自販機があったし、飲み物はそこでいいか、なんて思っていたが、ラムネを見つけてうっかり買ってしまった。
「ラムネって、なんか、すごく夏っ! って感じだよね」
ラムネが入った袋を手に、田所がふふふと笑う。
「確かにな。なんでだ?炭酸だからか?」
「どうだろ?」
人混みの賑わいに流されてしまわないよう、会話をしていると、自然と声が大きくなる。
普段はそんなに声を張らない田所が、珍しく声を出しているのが新鮮だった。
それでも、たまに聞き逃してしまうから、お互いに気づけばかなり近い距離にいた。
ラムネの袋から顔を上げた田所もそれに気づいたのか、あ、と声を上げ、少し恥ずかしそうに笑う。
「ごめん、近かったね」
「……いやでも、これ以上離れると、はぐれるだろ」
「それはそうかも、わっ」
「っと」
すれ違う人にぶつかられ、転びかけた田所を受け止める。
相手も悪気はなかったらしく、謝ってくれた。
「流石に人が増えてきたな」
「確かに。木津くん、さっきの公園までの道、覚えてる?」
「ああ」
「よかった。じゃあ、はぐれたらそこに行こうね」
柔らかく笑う田所。
きっと田所なら、はぐれても無事辿り着けるだろう。
そうは思いつつも、ここには人が沢山いて。
もしも、はぐれた後、公園に行ったときに田所がいなかったら?
幽霊の件もある。
頭を掠めたのは、祖母や、中村で。
絶対はぐれてはいけない、と思った。
「手首、掴んでいいか?」
「え、大丈夫だけど……なんで?」
「そっちのが、はぐれにくいだろ」
言えば、確かに、と田所はうなずいて、俺に手首を差し出してくる。
無防備だ、と思った。
ただ、警戒されていないだけかもしれない。
信頼されているからかもしれない。
細い手首を掴む。
「行くぞ」
「うん。……ふふ」
「どうした」
「ううん。初めて会話したときぶりだなって思っただけ」
小さく笑う声が、賑わいの隙間から聞こえてくる。
羽で心をくすぐられるような心地を無視して、そうか、と返事だけして歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます