9.掴めない距離感

「柳生さ、田所に対してだいぶ厳しいときないか?」

 バスの中で会った柳生に、俺は問いかける。

 流石に自覚があったのか、窓に映った柳生の表情が、思い切り歪んだ。


「なんか、難しいんだよね」

「難しい? なにが?」

「距離感? 中学の頃は、そんな、なかったんだけどな、こんな難しさ」

「今よりも圧倒的に関わる人数多かったのにか?」

「そう。今は木津と田所さんだけで、言ってしまえば二パターンだけなのに」


 言って、柳生は窓のさんに肘をついて頬杖をつく。

 器用なやつだ。


「お前、でも、中学のときはもう少し遠かったろ」

「話したことなかったのに見てたんだ?」

「視界に入ったんだよ。お前ら目立ってたんだから」


 中学の頃の柳生は、今みたいな野暮ったい眼鏡はしておらず、今の田所のようにクラスの大人数の中にいた。

 決して中心人物という訳ではなかったし、単体で目立つようなことはなかった。

 それでも俺が柳生を覚えていたのは、三年間も同じクラスだったから。

 それだけだ。

 誰かが笑えば笑い、なにか言えばうなずいて……表情豊かなのに、操り人形じみていて、能面みたいなやつだと思っていた。

 対する俺は、教室の隅でずっとボーッとしていることが多かった。

 あとは、課題をやるか、受験期になれば、受験勉強をやっていた。


 社交性が、欲しいかも。


 小学校、中学校と、面談や通知表に、要約すればそんなコメントがあった。

 気にしないようにしていたそれが、受験期になって面接の練習が始まると一気に俺のコンプレックスになった。

 他人と話すのは面倒くさい。

 そうやって避けてきたツケが、一気に回ってきたのだ。

 なんとかしなければならない。

 そう思いつつも、今すぐどうにかできるものでは無いという自覚はあった。

 高校こそは変わろう。

 せめてもう少し、人と会話ができるようになろう。

 高校の先にある大学受験のことを考え、そう思うようになった。


 ただ、今までの自分を知っている人がいる空間では、少しやりづらい。

 だから、自宅から遠い高校を選んだ。


 まさかそこで、社交性の権化のように思っていた柳生に出会うとは思わなかったが。

 結果として、クラスの中心にはおらずとも、誰かとは毎日会話をするような日常を送ることが出来ている。


「木津と話すようになって、木津としか話さなくなったから、昔の距離の取り方がわからないんだよね」

「別に、昔の距離感で田所に接する必要はないだろ」

「でもたぶん、あのくらい距離があれば、この間みたいな八つ当たりっぽい言い方はしない気がする」

「八つ当たり?」


 オウム返しをすれば、柳生がうなずく。


「田所さんを見てると、昔の自分を見ているみたいで好きになれないって話をしたのは覚えてる?」

「ああ」

「イライラしちゃって、気づけば攻撃的になってる事がある。でも、話してみるとそういう面だけじゃないのはわかったし……。その、今は、まあ、幽霊の現象のせいもあるけれど、可能な限り仲良くはなりたいと思ってはいる」


 だから、距離感がうまく掴めない、と柳生はうめくようにつぶやく。


「木津のことはさ、中学のときからずっと羨ましく思ってた」

「羨ましい? どうして」


 俺からすれば、誰とでも話せる柳生のほうが羨ましい限りだが。


「一人でいても、案外平気だろ? 僕は、一人になるのが怖かったから」

「そんな風には思えないが」


 なんだかんだ、一人でも大丈夫なくらい図太い印象がある。


「今もそうだけど、当時は集団の中にいられないことがもっと怖かった。だから自分を殺してた。だからこそ、一人でも教室にいられた木津が羨ましかったんだ」


 だから、高校に入って同じクラスにいる俺を見つけて、思わず声をかけてしまったのだと。

 柳生も、俺と同じように、自分を変えるために遠い高校を選んだらしい。

 俺と違うのは、柳生は集団に入らなくても教室にいられるようにすることが、目標だったということだろう。


「昔の自分を見てるようなのに、知れば知るほど、どこか木津と似たところもあるし、僕たちとは違うところもある……。そうなると、昔の自分に接するようにすればいいのか、木津と接するようにすればいいのか、わからなくなってて」

「田所は田所だし、柳生は柳生だし、俺は俺だろ。俺や、昔の柳生に対してと同じ接し方を、田所にする必要はあるのか?」

「……木津に言われると思わなかった」

「おい」


 深めのため息が隣から聞こえてくる。

 失礼なやつだ。


「お前この間言ってたろ。俺と柳生は別の人間だから、仲良くなりたいと思ったって。なら、お前いわく、俺とも柳生とも似ている部分はありつつ、それでも別の人間でもある田所とも、仲良くなりたいのならなれるんじゃないのか」

「そうやって、別の人間同士、ほいほい仲良くなれたら、人間関係の問題や悩みなんて存在しなくなるだろうね」


 吐き捨てるように言って、柳生は黙る。

 バスが揺れる。

 もうそろそろで、バス停につく。

 夏祭りは学校の近くにある商店街で開かれるため、田所とはいつものバス停の近くで待ち合わせをしていた。


「まあ、何事も経験だし、距離を探りながら、うまくやるよ」


 別に、無意味に傷つけたいわけではないからさ、とつぶやいた柳生の声は、前向きにも、途方に暮れているようにも聞こえた。

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