7.帰宅部三人組

「さて。明日から夏休みなわけですが、二人はなにか予定があったりするの?」


 そんな問いかけを投げた柳生は、教卓に上半身を預けるようにしてもたれかかっている。

 冷房の名残の冷たさがほんのかすかに残っていたらしい。

 間違いなく一瞬で消え去っているのだろうが。


 帰りのSHRが終われば、冷房は消す決まりになっており、基本は担任の許可なく使ってはいけないことになっている。

 真面目な田所がその決まりを守らないはずがなく、冷房はすでに切られていた。


「俺は特にはないな」

「そっか、じゃあ、夏休み最終日の夕方に、宿題写させてくれっていうメールを大量に送ってくる予定もないと」

「……善処する」


 ふふ、と控えめな笑い声が聞こえた。

 田所だ。


「あ、ごめん。二人、夏休みもそんな感じだったんだなって思って」

「そうなんだよ。木津、毎日の宿題だけじゃなくて、夏休みも冬休みも春休みもそんなだったんだよ。いっそ全部僕がやったほうが速いんじゃないかと思ってる」

「やるか?」

「いいけど、お金取るよ」

「いいんだ……」


 柳生の返答に、田所が曖昧に笑う。

 漫画だったらおそらく、大きなしずくが頭に描かれていただろう。


「田所さんは? なにか予定あるの?」

「私は、夏期講習に参加する予定かな。でも、予定って感じの予定はそのくらい」

「クラスの奴らと遊んだりはしないのか?」

「うん、皆部活があるから。予定が合わないしね」


 田所はそこまでしか言わないが、なんとなくここ数か月でわかったことがある。

 彼女は別に、クラスメイトたちと仲が悪いわけではない。

 同時に、特別仲がいいわけでもない。

 だからこそ、約束してまで遊ぶ、ということがないのだろう。


「田所さんってそういえば、俺たちと同じで帰宅部だよね。なにか理由があるの?」


 教卓にもたれたまま、顔の前に腕を組んだ状態で柳生が訊く。

 頬に手を当てて考える仕草をしてから、田所さんは口を開いた。


「前提として、ね。私はクラスの子たちや、あなたたちと一緒にいる時間はすごく楽しいし、大切に思ってる。その前提で、なんだけど」


 そこまでで一度区切って、田所は深呼吸をする。


「……たまに、誰かと一緒にいることに疲れちゃうことがあって。だから、部活には入らないことにしたの。これ以上は、関係を広げたらキャパオーバーしちゃうかもしれないって、思ったから」

「ふーん」

「柳生……」


 自分で訊いといて、その反応はないだろ。

 そう言おうと開いた口は、柳生の目を見た瞬間、閉じてしまう。

 茶色の瞳が、じっと彼女を見つめていた。


「あるんだ? キャパオーバーしたこと」

「……どうだろ」


 まっすぐな視線を受け止めたうえで、田所は静かに微笑んでいる。

 言いたくない。

 そんな声が聞こえてきそうな目をしながら。


 窓の外から、視線を感じる。

 俺へのものじゃない。

 田所へのものだ。


 こんな高頻度で幽霊を見ることも、見られる人に会ったことも、ない。

 それでももう、この環境にずいぶん慣れてしまった。

 というよりも、慣れないとやっていられない。

 まあ、慣れたところでそれを心地よく感じるかと言われれば、そんなはずもなく。

 なによりも。


「柳生」

「うん?」

「そろそろ暑いから、はやく本題に入るか、せめてどこか涼しいところにいこうぜ」


 どんどん暑くなっていく教室内にいたら、俺たちも幽霊になってしまうような気がした。

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