6.なにをしても、変わらないものだってある

 朝から、なんだか空気がざわついた日だった。

 いつも通りなのに、先生たちの言動に、なにか、違和感を抱いていた。


「中村先生が、今朝、お亡くなりになりました」


 帰りのSHR。

 突然のチャイムにざわついていた教室が、一瞬にして静かになる。

 淡々とした校長先生の声だけが、空間に響いた。

 持病の悪化でなくなったらしい。

 確かに、去年は入退院を繰り返していた気がする。


 なくなる、無くなる、ナクナル……。


 予想しない言葉に、脳がそれを拒否して受け付けない。

 いや、予感はしていた。

 昨日、子供の幽霊が中村のあとを追っていたのだから。

 だけど、まさか今日だとは思わなかった。


「黙祷」


 周りにつられるようにして、俺も目を閉じる。


 亡くなるってことは、死んでしまったということで。

 死んでしまったということは、もう会えないわけで。


 でも、中村は、言うことを忘れたと言った俺に、明日にでも言ってくれって言ったじゃないか。

 最期に見たうしろ姿は、元気そうだった。

 それなのに、なんで、どうして。


 黙祷を終える。

 校長がなにかを言って、放送が終わり、俺たちは座らされる。

 担任もなにかを言っているが、すべて引っかかることなくすり抜けていく。


 もしもあのとき、なにか言えていたら。

 死なないでください。

 気をつけてください。

 正解はわからないけれど、なにか言えていたら。

 中村は、今も生きていたのだろうか。

 それとも変わらずに、死んでしまったんだろうか。


 気づいたら、教室にいたクラスメイトは、いなくなっていた。

 焦って周囲を見回せば、窓の向こう、柳生と田所がベランダにいるのが見えた。

 空は少し、赤みを帯び始めている。

 時間が、かなり経っていたようだ。

 のそのそと立ち上がり、ベランダへと続く大きな窓を横に引けば、音に気づいた二人がこちらを向いた。


「戻ってきた?」


 柳生の言葉に、俺は曖昧にうなずく。

 横にいる田所は、そんな俺を見て小さく微笑んだ。

 大丈夫だよ、とそんな声が聞こえた気がするような微笑みだった。


「お通夜、大勢で行くと困らせるかもしれないから、極力、担任受け持ってもらった生徒と、副顧問だった部活の生徒の、行ける人だけにしろってさ」

「だろうな」


 そうなると、俺も柳生も、お通夜には行けない。

 視線を向ければ、田所が首を横に振る。

 どうやら去年は別クラスだった田所も、条件には当てはまらなかったらしい。


「というか、中村が担任受け持ってたことあるの、俺、知らないんだけど」

「三年の先輩が一年の頃に一度だけあったらしいって。さっきクラスの奴が言ってた」


 それこそ、持病の関係なんだろう。


「帰ろっか」


 田所の言葉にうなずきかけて、ハッとする。


「……そういえば、日直は」

「部活に行ったよ。代わりに田所さんが鍵、預かってる」

「悪い、田所」


 誤れば、田所は微笑みを浮かべたまま、首を横に振った。


「全然。私も、少し、頭整理する時間が欲しかったから」

「……助かった」

「ううん」

「ほら、はやく帰ろう。明日も普通に授業あるんだし、宿題もやらなきゃ。さ来週には、模試もあるんだしさ」


 パンパンと手を叩き、柳生が言う。

 その言葉に、一気に現実に引き戻された心地がした。

 文句を垂れつつも、戸締りの確認など必要なことをすべて終わらせて、帰路につく。


 自転車通学の田所とは、バス停の前で別れた。

 去っていく田所のうしろ姿を見送る。

 角を曲がって見えなくなったとき、軽く背中を叩かれた。

 柳生だ。


「あんまり、気にするなよ」


 視線をそちらに向けるが、柳生は俯いてしまっていて、表情は見えなかった。

 だけど、気をつかってくれたことだけはわかった。


「ああ、ありがとな」

「……」

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