久しぶりの三人

 真っ暗な夜空を背景に、街路樹や街灯たちが、色とりどりの光の粒で着飾っている。

 まだ十二月も半ばとは言え、あと一、二週間もすればクリスマス。

 当日ではないけれども、綺麗なイルミネーションの下は、様々な人でにぎわっている。


 そんな中、少し外れた位置にあるベンチに、探している人を見つけた。


「木津くん、お待たせ」


 スマホを見ていた木津くんは、顔を上げると、微笑んでくれた。


「おう」

「久しぶり、木津」


 私の隣で、よっと柳生くんが片手を挙げる。

 それを見た木津くんが、あからさまに顔をしかめた。


「柳生……」

「顔が怖いよ、木津くん」


 思わず指摘すると、悪い、と木津くんが謝る。


「そうだそうだ、顔が怖いぞ、木津」

「元からだろ」

「態度の差よ」


 言いつつも、柳生くんはどこか楽しそうで。

 木津くんは、どこか拍子抜けしたように表情を緩めた。


「二人とも、元気そうでよかった」

「木津くんこそ」


 私たちは世間話をしながら、人の波の中を歩く。

 装飾が施された景色はとても綺麗で、ついつい目を奪われては、慌てて木津くんを追いかける。

 何度かそれを繰り返していたら、前を歩いていた木津くんが、隣に来てくれていた。


「ごめん、よそ見しちゃって」

「別に。こんな気合いの入ったイルミネーションなんて、年に一度だしな」

「ありがとう。……あれ? 柳生くんは?」


 周りを見回してみるけれど、見当たらない。


「ああ、あいつは、ちょっと人波に酔ったそうだ」

「え、大丈夫なの?」

「たぶんな。先に行ってもらった」


 いつの間にそんなやり取りをしていたのだろう。

 そのやり取りや柳生くんの体調に気づけなかったくらい、私はイルミネーションに意識を持っていかれていたわけで。


「……ごめん」


 心の奥底でとぐろを巻いているそれと目が合わないように、意識を頑張ってそらす。

 今、飲まれるわけにはいかない。

 だって、忙しい中木津くんは時間を作って会ってくれているのだし、せっかく木津くんに会えた柳生くんを、長く一人にしておくわけにはいかない。


「気にするな。それより、柳生はどんな感じなんだ?」

「どんな感じっていうのは……?」

「そうだな……。どんだけ仲良くても、一緒に暮らしてたら色々こう、思うところがあったりするだろ」


 確かに、ルームシェアや同棲がきっかけで、友人や恋人と不仲になってしまったという話は、聞いたことがある。

 生活を共にするのだから、当然と言えば当然なのだけども、それがわかっていたとしても、他のことと同じように頭で理解するのと、実際体験するのとは違う。

 職場の同期も愚痴っていたっけ。

 同棲するだけでこれなんだから、結婚できる人はすごいとか、なんとか。

 それを考えると、私たちは友達同士とはいえ、かなり平和だった。

 もしかしたら、期限があるから、なのかもしれないけれど。


「問題もなにも起きず、かな。それこそ、いい意味で学生時代の延長、みたいな感じ」

「修学旅行、みたいなことか?」

「そうそう、そんな感じ。懐かしいな」


 高校時代のことを思い出して、小さく笑ってしまう。

 いろんなことがあったけど、でも、どれも大切な時間だった。


 ふっ、と笑うような息の音が降ってくる。

 見上げれば、木津くんが穏やかな表情を浮かべていた。

 でも、その中に少しだけ悲しそうな、そんな色を浮かべた瞳に、胸が騒ぐ。


「柳生はさ、いい奴だ」

「……うん」

「なんだかんだ、安心できるんだ、あいつといると。居心地がよくて、ずっとそばにいたくなる。ここにいているのを、許されるような、そんな心地になる」


 木津くんの言葉は、そのまま私の柳生くんに感じている心地よさと同じものだった。


「だからこそ、心配なんだ」

「私と柳生くんが、一緒に暮らすこと?」

「まあ、それ含めて色々な」

「色々……」

「ずっと一緒にいるわけにはいかないだろ。少なくとも、一緒に暮らしているこの時間だって、期限があるわけで」

「そうだね」

「だから、あんまり馴染まないようにな。馴染めば馴染むだけ、そのあとが辛いだろうから」


 似た言葉を、最近言われた気がする。

 なんだろう。

 少し考えて、光の粒が視界に入った瞬間、思い出した。


「私、今、そんなに浮かれてるのかな」

「どういうことだ?」

「この間、柳生くんに似たようなことを言われたの。……なんだろう、私、やっぱり浮かれてるんだろうな。ずっと行方不明だった柳生くんが見つかって。今一緒に過ごしてて。木津くんとだって、こうして会うことができて。……十年前に戻ったみたいだなって。それが嬉しくて」


 夜空を見上げる。

 人工物の光の粒が明るすぎて、月以外はなにも見えない。


「私は、ずっと、こんな日が続けばいいと思ってる」


 柳生くんが行方不明だと聞かされて、どれだけ心配をしたか。

 忘れたことなんてなかった。


「俺だって、三人でずっと過ごせる日が続くのなら、それに越したことはないと思ってる。だけど、現実はそうはいかないだろ。柳生は……行方不明になったし、田所だって、一度事故で死にかけた。そういったことじゃなくても、それぞれがそれぞれの道を選んだ結果、会えなくなることだってあるわけだ」

「それは……そう、だね」

「……別に、悲しませたいわけではないんだが」


 困惑した表情を浮かべる木津くんに、私はそっと微笑む。


「うん、大丈夫、わかってる。やっぱり私、浮かれてた」


 家に帰れば柳生くんが迎えてくれる。

 ここ二週間ほどで、それが日常になり始めているけれど、でも、それだってあと二週間もすればなくなる日常だ。

 今わかっている別れもあれば、予期しない別れだってある。

 だから、ちゃんとしないと。


 ちゃんと、自分の足で立てるようにしないと、いけないんだ。


 柳生くんも、木津くんも、いつまでもそばにいてくれるわけじゃない。

 もしかしたら、それぞれがそれぞれの家庭を持って、たまにしか会えなくなるかもしれない。

 そのたまに、も、どんどん間隔が開いていって、いつしか何年も会っていない、ということになるかもしれない。


 それこそ、行方不明になっていた柳生くんみたいに。


「木津くん」

「ん?」

「二つ、柳生くんのことで気にかかっていることがあって」

「なんだ?」

「柳生くん、なぜか一緒に食事をとってくれなくて。なんでだろう」


 柳生くんは頑なに、一緒にご飯を食べてくれなかった。

 理由を尋ねても、一緒に食べようと誘っても、なにかと理由をつけて、のらりくらりと交わされてしまうのだ。

 あまりにしつこいのも嫌がられるかもしれないと思い、もう最近は諦めているのだけれど、気になってしまう。


「……もしかして、実は嫌われてる……?」

「いや、それはないだろ。嫌いな奴の家に泊まるタイプじゃない」

「それは、確かに……?」

「もう一つは?」

「行方不明になってた間のこと、なにか聞いてるかなって思って」


 こちらも、何度かタイミングを見計らって訊いていたのだけど、教えてくれることはなかった。


「田所は、どこまで知ってるんだ?」

「……なにも」


 知っていることは、家賃を払えなくて追い出されたことくらいだが、それを言うのはなんだかはばかられて言えなかった。


「おそらく、田所はわかって訊いてきたと思うんだが、本人が言わないことを、俺が言うことはできない」


 予想はしていた。

 だからこそ、柳生くんは木津くんのことを深く信頼していることを、知っていたから。


「ただ、柳生は田所を嫌ってはいないし、信用していないから言えないわけでもない。ないがしろにしたいわけでもない。それは、わかってやってくれ。……言わなくても、田所は理解しているだろうが」

「もちろん。でも、ありがとう。欲しい言葉をくれて」


 もう一度微笑めば、すっと顔ごと目をそらされる。


「このくらいでいいなら、いつでもくれてやる」

「……そういう言葉は、たぶん目を見て言ったほうが決まると思うよ」

「余計なお世話だ」


 赤く染まった耳に、私は気づかれないように小さく笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る