3.足取りは軽く

 乗り物が勢いよく落下する音。

 絶叫。

 笑い声。

 その中を子供が好きそうなクマの着ぐるみが、風船を持って歩いている。


 平日の昼だからか、見知った制服がほとんどだ。

 サボりではない。

 遠足、学校行事だ。


「木津、木津、次はなに乗ろうか!」


 うんざりするほど元気に、柳生が笑う。


「一人で行ってくれ……」


 心の声がそのまま出てしまう。

 えー、と明るい声。

 俺の声とは正反対だ。


「せっかくの遊園地なんだから、一人は嫌だよ」

「そうか、それなら休憩させてくれ」


 うめくように返せば、柳生は不満げに唇を尖らせつつ、ベンチを探し始める。

 その優しさをもう少し先に出してほしかった。


「柳生、行事ではしゃぐタイプなんだな」

「そうでもないよ。木津も知ってるでしょ。やたら歩かされる遠足とか、動き回る運動会は僕、できれば参加したくないほうだし」


 そうだった。

 一年のこの日は山登りで、柳生はずっと目が死んでいたっけ。


「遊園地だからか」

「遊園地だからだよ。絶叫系って最高だよね」

「……俺、お前と友達になったことを今死ぬほど後悔してる」

「酷いなあ。あ、ベンチ発見」


 俺をそこに座らせると、喉が渇いたからと柳生は飲み物を買いに行ってしまった。

 一人は嫌だと言っていたのはどこのどいつだ。


「おにーちゃん、だいじょうぶ?」


 舌っ足らずな声が、低い位置から聞こえた。

 驚いてそちらを見れば、幼い女の子が、大きな瞳でこちらを見上げている。


「大丈夫だ」


 ベンチから降りて、その場にしゃがみ込むようにして視線を合わせる。

 周りを見たけれど、家族らしき人はおらず、遠くに荷物を持って立っている女子生徒だけがいた。

 あれは……田所か?

 彼女は沢山の荷物を持ちながら、一人ぽつんと、ジェットコースターを見上げている。

 誰かを待っているのだろうか。

 荷物を持っているのだし、おそらくはいつもの友人たちがジェットコースターに乗っているのだろう。

 ふっと彼女がこちらを見た。

 どうやらまじまじと見すぎたらしい。

 目が合う。

 彼女が小さく会釈をしたのが見えて、俺もそれを返す。


「あのひと、だあれ? おにーちゃんのおともだち?」


 どうやら俺の視線の先を辿ったらしい女の子が問いかけてくる。


「いや、同じ学校の人だ」

「ふーん」


 視線を下げれば、女の子はじっと彼女を見つめていた。

 なんとなくその瞳に、胸が騒ぐ。


「なあ、親はどこに――」

「木津」


 グイッと力強く腕を引かれる。

 はっと振り向けば、青い顔をした柳生が俺を見下ろしていた。


「ちょうどよかった、柳生。この子、迷子みたいなんだが――」

「誰もいない」


 強張ってはいるが、しっかりと柳生が言い切る。


「え」

「誰も、いないよ、木津」


 まっすぐに俺を見て言う柳生の瞳に、からかいの色は一切ない。

 ゆっくりと女の子がいたほうを向くが、そこには誰もいなかった。


 時々あるのだ。

 本来なら見えないはずの、いわゆる幽霊が見えてしまうことが。

 柳生はそれを信じて、受け入れてくれている。


「……助かった」

「それならよかった」


 立ち上がると、はい、とペットボトルを渡される。


「サンキュ、金……」

「ここまでついてきてくれた分と、まだまだ連れまわす予定だから、その分のお駄賃として受け取ってよ」

「返していいか?」

「残念ながら返却不可ですー」


 軽く舌打ちすれば、笑い声が返ってくる。

 柳生がベンチに腰かけた。

 俺もその隣に座る。


「で、なにが見えたの? 子供?」

「幼い女の子。田所に興味があるみたいだった」

「田所さん? どこ?」

「ジェットコースターの下」


 答えると、柳生はそちらを見て、あー、と声を漏らした。


「完全荷物持ちじゃん」

「だな」


 返事をすると、じっと柳生が俺を見る。


「なんだよ」

「別に、僕もあれ、乗りたくなってきたなって」

「……さっき乗ってたろ」

「おかわりおかわり」


 軽やかな足取りでジェットコースターへ向かう柳生を止められるはずもなく。

 俺はため息をこぼしつつも立ち上がった。

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