記憶をなぞる

「コーヒーごちそうさま、ありがとう」


 ファミレスを出ると、柳生くんが両手を合わせてお辞儀をしてきた。

 それに対して、いえいえ、とこちらもお辞儀を返す。


「そういえば柳生くん、おうちまでどうやって帰るの? 電車ももうないだろうし、歩いて帰れる距離なの?」

「あー……」


 柳生くんの目が、露骨に宙を泳ぐ。


「柳生くん……?」

「それが、家賃払えなくて家追い出されたんだよね」


 へらっとした笑みを浮かべて言うけれど、困っているのはわかる声だった。


「え、それは大丈夫なの?」

「うん、間違いなく大丈夫ではないかな」

「なにがあったの……?」


 私が知っている柳生くんは、少なくとも家賃が払えなくなるような状況になるような人ではない。

 どうして頼ってくれなかったの。

 そんな気持ちも込めてたずねれば、困った表情を浮かべて、柳生くんは頬を掻く。


「うーん、言いたくないなぁ」

「……木津くんを呼ぼうか?」

「木津には怒られたんだよな。いい加減にしろって」

「木津くんには、先に会ってたんだ?」

「あー……うん、何度か?」

「そうなんだ」


 なんで私には教えてくれなかったんだろう。

 少しだけ悲しい。


「僕が口止めしてたの」

「え?」

「今、一人だけのけ者にされてるみたいだって思ってたでしょ。顔に出てた」

「……それ、やめてって言った」

「わかりやすいんだから、しょうがないでしょ」


 くすくすと笑う柳生くんの表情は穏やかだ。

 私のよく知る、彼そのもの。

 この表情だけを見たら、まさかこの人が一文無しで、今日過ごす家もない、だなんて思わないだろう。


「あてはあるの?」

「あて?」

「今日寝る場所の」


 ああ、と柳生くんが両手を叩く。


「そうだよね、どうしようか。ホテル払えないし、野宿でいいかなと」

「……一応、客室あるから、ウチ来る? というか、おいでよ、危ない」


 私の言葉に、柳生はぱちくりと目を瞬かせる。

 異性を部屋に呼ぶことの一般的な意味を知らないほど、もう子供ではない。

 だけれども、それと同じか、それ以上に、は私と彼との間には起こらないだろうという確信があった。


「え……助かるけど、いいの?」

「別に、私たちは友達であって、それ以上でもそれ以下でもない。だから、私は大丈夫だよ」


 いつだったか。

 聞き覚えのある言葉をなぞるように言えば、彼はなにか言いたげに口を開き、しかしなにも言わずに、首を一度横に振った。

 そして私を見ると、寂しそうな、困ったような、不思議な微笑みを浮かべる。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

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