ゴゼンの刃

帆多 丁

黒い刃のふち

 ゴゼンの鼻は曲がっている。

 ブフに打たれたからだ。

 ブフは誰よりも大きく、誰よりも強い。

 ヤマのモノに跳びかかるブフの瞳は、それ自体が黒い刃であるかのように閃いた。その肌はゴゼンの手元にある黒い石よりもつやつやと輝いた。

 その肌に手を伸ばし、ゴゼンは打たれた。

 石から刃を打ち出すための、摩耗した二つの石をゴゼンはいつも持ち歩いている。その石よりなお固い掌が顔面に当たって、ゴゼンの鼻はそれ以来曲がっている。

 曲がった鼻は息をするたびにピィピィと鳴る。

 その音を嫌ってゴゼンは息を止め、指先から上ってくる音を聴く。


 石と石が擦れる音。


 黒光りするやいばの石と、摩耗した細長い打ち石の擦れる音を探り、場所を決め、打つ。

 ぴし。切片が薄くはがれ、黒い石はまた刃に近づく。

 ピィピィ、ぴし。ピィピィ、ぴし。

 ブフの顔が浮かぶ。怯えた顔だ。石の掌でゴゼンを打った時、ブフは確かに困惑し、怯えを見せた。誰よりも強く、誰よりも多くの子を持つブフが、誰にも見せぬ顔をゴゼンに見せた。

 それだけでよかった。それだけでゴゼンは生きていけた。

 ぴぃぴぃ、ぴし。ぴぃぴぃ、ぴし。

 この石はブフの槍になる。多くを狩り、多くを生かす刃に。

 それでいい。ブフの刃はゴゼンが作る。

 ブフがゴゼンの刃を振るい、それが毛モノの肉に深く食い入り、ブフを活かす。そうならばゴゼンは生きていける。

 打ち出した黒い刃のふちは消えゆくように透き通る。

 この透明はすべて、ブフのためにゴゼンが打った。

 透明な刃に指を這わせ、うっすら滲んだ血に切れ味を確かめて、ゴゼンは次の刃に取り掛かる。

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ゴゼンの刃 帆多 丁 @T_Jota

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