エピローグ
「ユキ、お前、最近舌打ち増えたな」
「なんですかいきなり」
ムゲンは『なんでも屋』帰って来るや否や、ユキに向かって言った。ユキはカウンターの中に散らばる本を片付けていたが、ムゲンが帰ってきたので片付けの手を止めた。何度やっても無駄かもしれないが、やらないよりはマシだろう。たまに足の踏み場が消えてきたころに、カウンターの中の片づけをしている。
ユキはカウンターをよいしょっと乗り越えた。ムゲンやトワのように軽々と、というわけにはいかず、いったんカウンターの上に座って、ムゲンがいる方へ降りた。
「お前、いつになったら飛び越えられるんだよ。運動音痴か?」
「うるさいです。というか、舌打ちが増えたって、いきなりなんですか? 文句でもありますか?」
「いや、全然。影響でも受けたのかな~って思ったんだけど」
「ああ、よく舌打ちする人いますね。それもないとは言い切れませんが、それだけじゃないと思います。前は、自分の思ったこと表に出さないようにしてたんですけど、最近は、全部表に出そうと思いまして。あ、安心してください。依頼人とかには無で接してますので。舌打ちするのはムゲンに対してだけですよ」
「え~ひど~い」
「思ってませんよね。ていうか、手に持ってるのって何ですか?」
ムゲンは、片手に紙袋を持っている。小さな黒い紙袋だ。
「ああ、これね。スマホ的なやつ」
「ああ、そういえば、俺、スマホ持ってませんでしたね。外に出ないのに、スマホっていりますか?」
「一応ね。お前も、仕事しない?」
「俺にはできませんよ。ケンカできませんし。この家の片づけだけで十分です」
「ケンカできなくてもいい仕事もあるんだけど、まいっか。お前の気が変わったら言ってよ。万年人手不足だから。そんなことより、はい、これあげる」
ムゲンはユキに紙袋を手渡した。中身を確認すると、そこには、黒いスマホがあった。箱に入っておらず、スマホの本体だけが雑に放り込まれている。
「充電はいらないし、ある程度の衝撃にも耐えるから安心して使って。これで、いつでも連絡取れるね!」
「別に連絡とりたいと思ったことないです」
「ひど」
「思ってないのに言わないでください」
ムゲンに淡々と言葉を返すユキ。ムゲンの言葉は軽くあしらうくらいでちょうどいい。数か月一緒に過ごしてみてよくわかった。
「ユキって面白いね~。相変わらず無表情だけど。自分、見つかりそ?」
「簡単に言わないでください。何かを考えると、頭の中に、ぐちゃぐちゃに言葉があふれるんです。頭に浮かぶ意見が一つじゃなくて、何個も何個も現れて、結局、どれが自分の考えなのかわからなくて、考えれば考えるほど、わからなくなるんです」
「あはっ、じゅーしょーだな。いつか死んだ目が生き返るといいね~」
「それやめてください。トワが、ムゲンの言葉を本気にして、俺の目を毎日見つめて来るんです。俺の目を観察したって、死んだ目が何か、なんてわかるわけないじゃないですか」
「毎日見つめ合ってんの?」ムゲンは半笑いで問いかける。
「間違ってはないんですけど、その言い方やめてください。なんか違います」
かすかに顔をしかめるユキを見て、ムゲンは店中に響き渡るほど大きく笑い声をあげた。目には涙が浮かんでいる。
ユキは大きく舌打ちをした。舌打ちの回数が増えたのは、ムゲンに何を言っても無駄だから、というのもある。
「そんなに笑いますか?」
「うん。なんかオモシロイ」
「どこが」
「どこだろな、わかんね。なんとなく、笑った」
「意味が分からないです」
「気にすんな。なあ、これから、人来るはずなんだが、お前も一緒にどうだ? 一緒に依頼内容を聞こうぜ」
「何でですか?」
「暇だろ、お前。こっちは万年人手不足。今日来るやつの依頼は『好きな人に恋人がいるから別れさせて自分の物にしたい』ってやつで、今日、具体的な内容考えなきゃなんねぇから付き合え」
「別にいいですよ。暇なんで」
ムゲンの仕事を手伝うことを了承したことを、ユキはのちに後悔することになるのだが、それはまた別の話。
『なんでも屋』との出会い ネオン @neon_
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