第7話 王狼

 処刑台のたもとで、ルーとアルヴィムは同時に地面を蹴った。


 互いに躊躇ちゅうちょなく切り結ぶ。アルヴィムの動きは、まさに野に生きる獣そのものだ。獰猛どうもうだが、戦いの熱気にあてられることはない。冷静かつ正確に、急所を狙う。あるいは、確実に獲物の動きが止まるような場所を。回避の動きは必要最小限で、次の瞬間には短剣の刃がルーの体をとらえんとする。


 右目のすぐそばで、ルーはアルヴィムの短剣を受け止めた。じんと腕がしびれる感覚に、顔をゆがめる。ぎりぎりだ。だが、戦況は拮抗している。何故だ。分かりきっている。アルヴィムは何かを待っている。だから、手を抜いている。


 ならば、なにを?


 視界の端で、アンナが見知らぬ男に地面へ引き倒されるのが見えた。ルーの腹の底が冷え、攻めに転じるはずだった短剣の切っ先がぶれる。


「アンナ……っ!?」


 アルヴィムに足払いをかけられた。避けきれない。首元をねらった刃は弾いたが、それが精一杯だった。アルヴィムの左膝が、ルーのこめかみをとらえる。


 激痛とともに、視界が揺れた。地面にうずくまったルーの首筋に、ひやりと冷たい刃が当てられる。


「戦闘中によそ見とは」アルヴィムは、息一つ乱さず言った。「そんなにあの女が大事かい?」

「っ、……」

「あぁ、ごめんね。よく見えないか。ほら、これでどうだい」


 アルヴィムに髪の毛をつかまれ、ルーはぐいと顔をあげさせられた。息が止まりそうになる。目の前の光景が、あまりにもひどかったせいだ。


 何人もの男たちが、アンナを足蹴あしげにしている。彼女の顔や、細い手足のあちこちから血が流れていた。アンナはけれど、抵抗する素振りを少しも見せない。悲鳴だってあげなかった。ただただ唇をんで、されるがままになっている。そうこうするうちに、男の一人がアンナの髪の毛をつかんだ。歪んだ笑みを張りつけて、彼女の服を無遠慮に触る。「どうせ死ぬんだから、なにをやってもいいよな」


 ルーの頭が一瞬で怒りに染まった。体が自由なら、今すぐにでも下種野郎を殺していただろう。実際、ルーの体は動き出す寸前だった。けれど、できなかった。いち早く気づいたアルヴィムが、ルーの左手に短剣を突き刺したからだ。


 焼けつくような痛みに、ルーは悲鳴をあげる。

 アルヴィムが笑った。「ははっ。だから、よそ見はやめろと言ったのに」


「……離して、ください……」ルーは荒い息を吐きながら言った。「アンナを助けにいかないと……」

「どうしてだい? アレが彼女の望みだよ」

「違う……」

「わかりやすい否定だ。なるほどねぇ」アルヴィムはわざとらしい沈黙のあと、明るい声で言った。「じゃあ君は、どんなアンナ・ビルツを助けたいのかな?」

「……っ、は……ッ……ぐ」


 おもむろに短剣を引き抜かれた。おもわずひたいを地面につけたルーの耳に、アルヴィムの声が届く。


 なにせ、今の君はたくさんのアンナ・ビルツを知っているわけだから、と。


「子供の頃、最初に護衛になったときの、無邪気なアンナ・ビルツを取り戻したいのかい? あるいは、学舎がくしゃに閉じ込められる前の、とびきりお転婆てんばな彼女がいいのかな。君ときたら、ずっと昔からアンナ・ビルツのことが大好きだったものね。懐かしい。君がいつ思いを告げるのか、片目猿エイル・グノンとよく賭けをしたものだよ。隠れ鴉カシェ・フルーから、こっそり情報を仕入れたりしてね」アルヴィムはしみじみと言った。「学舎に言った彼女へ、君は何度か手紙を書いていたそうだね。ということは、ふみだけで通じあっていた頃がよかったのかな。それともまさか、革命の頃のアンナ・ビルツが好き……いいや、さすがにそれはないか。君は彼女のことを、殺したいほど憎んでいたんだものね」

「……っ、……そ、れは……」

「そうだろう? ルー。君は、アンナ・ビルツのことを憎んでいる。でもね、可哀想かわいそうに。優しい君は、これまでの彼女のことが忘れられなかった。幼い恋を信じたいと願ったんだ。だから俺に、〈王狼おうろう〉の鍵を使ってくれとうたんだよね。君にとっての、一番美しいアンナ・ビルツを取り戻すために」


 ルーは息をのんだ。頭の内側に、鋭い痛みがはしる。


 記憶だ。封じていた記憶が――封じていたことさえ、忘れていた記憶が、ここにきて色鮮やかな像を結ぼうとしている。あぁ、だが、どうして。今さら。やめるべきだと思った。けれど止まらなかったのは、アルヴィムの言葉以上に、知りたいと望む自分がいたからだ。


 秋の地下牢ちかろうだ。一年前。アンナ・ビルツの明確な裏切りが判明したあと。彼女は二度と、自分の前に姿を見せなかった。そして自分は? 僕は、何をした?


 ルーはおもわず目を強く閉じる。晩秋ばんしゅうの夕暮れが、地下牢を染めている。鉄格子から伸びる影は黒く、その向こうに立つアルヴィムと、彼の持つ三輪みつわの銀の飾りが暗闇に沈んでいる。ルーは身震いした。そうだ、僕は。


 僕は、彼に望んだのだ。恋と憎しみをはかりにかけて、憎しみを忘れさせてくれと願った。彼女のことが大切だったからだ。それと同じくらい、彼女のことを殺したかったからだ。そのどちらもを抱えて生きていくことに、僕は疲れきっていたからだ。


 だから僕は、仲間との過去をじまげた。彼女を信じたいという思いに賭けた。


 僕は、僕自身の意志で、逃げ出したのだ。現実から。


「己を責めることはないよ、ルー」


 どこまでも優しいアルヴィムの声に、ルーは現実へ引き戻された。処刑台広場。暴力と悲鳴が響く争いの場所。かの男は、ルーの前にひざまずいている。〈王狼〉同士の殺し合いから助けた時と同じように、アルヴィムはルーの頬を両手で包んだ。


「君は優しい子だ。誰も傷つけたくなかったんだろう? だから死者ではなく、生者であるアンナ・ビルツを守る選択をした。そういうことなんだ。君は何も間違っていない」


 アルヴィムの口調は、どこまでも穏やかだった。そのせいに違いない。ルーは、自分が〈王狼おうろう〉にいた頃を思い出した。革命が起こる前。アルヴィムがおさつとめていた頃。なにもかもがうまく回っていて、ルーの世界には〈王狼〉という家族と、アンナという大切な人だけがあった。


「心配いらないさ。〈王狼〉の人間であれば、君がそういうやつだって分かってる。誰も君を責めたりはしない。当然、何も知らない君が、なにも知らないアンナ・ビルツともう一度恋に落ちようとも……まぁ、からかわれることくらいは、覚悟すべきだけどね」


 例えば、ルーが間違いを犯したとする。その時に説教をするのも、決まってアルヴィムだった。彼はけれど、決して声を荒らげたりしないのだ。ルーの納得できる意見から話をしてくれる。ひとつずつ認識の違いを確認して、時には冗談もまじえて言葉をかけてくれる。


「ルー、俺たちは君を責めないよ。でもね、だからこそ言わせてもらおう。アンナ・ビルツは駄目だ。君の優しさで、許してはいけない」


 アルヴィムは目を伏せた。ルーの記憶のなかの彼と同じように。


「〈王狼〉を殺すことを、最終的に決めたのは彼女だ。この一年で、君に淡い期待を抱かせて、めちゃくちゃにしたのも彼女だろう。あるいはあの女が、革命なんてものを起こさなければ、誰も死ななかった。分かるかい、ルー。優しい君は、心を痛めるだろう。けれどね、憎しみも復讐ふくしゅうも、当然のものなんだ。アンナ・ビルツに対して、君はその気持ちをぶつけるべきなんだよ」


 アルヴィムが言葉をきった。その視線は、悲しみに満ちていて、優しくもある。何も言わない。けれど、下手に言葉を重ねるよりも、頼もしさがある。ルーがどんな返事をしようとも、許してくれるのだろう。そんな暖かさすら、あの頃にそっくりで。


 あぁ、でも本当に、。そのことを痛感して、ルーは胸が苦しくなった。


 目の前のあなたは、先代の眼差しをしている。僕にとっての頼るべき師で、仲間たちにとっての父であり、兄であり、悪友だった。そんなあなたにそっくりだ。


 けれど、昔のあなたなら、誰かを憎めなんて、絶対に言わなかっただろう。君はどう思うかな、と、尋ねてくれたはずだ。あなたは公平な人だったから。僕じゃない。あなたこそ、優しい人だったから。


 先代。あなたは誰よりも、相手の心を大切にできる人だった。


「……嫌、です……」


 ルーは唇を震わせた。アルヴィムの眉が跳ねあがる。不愉快そうに。


 記憶とのずれがいっそう大きくなって、ルーの喉奥のどおくに熱い何かがこみあげた。それを奥歯を噛んで飲みくだし、ルーは首を横にふる。


「……嫌だ……それだけは……アンナを憎んで……その気持ちだけで終わることは……もう、嫌なんです。僕はそれを、したくない……」

「…………」

「先代……あなたの怒りも理解しています……でも、駄目だ。アンナを憎めというなら、聞きいれられない……昔のあなたなら、そんなことをしろとも、言わない……そのことを僕は知っているから、」

あわれだね、ルー。いっそ愚かなほどに」


 アルヴィムがため息をついて立ちあがった。彼の気配が遠ざかる。いったい何をするつもりなのか。のろのろと顔をあげたルーは、体を強張らせた。


 血しぶきが舞った。アンナに群がる男たちを、アルヴィムが一瞬で斬り伏せたからだった。命を奪われた男たちが、糸の切れた人形同然に崩れ落ちる。


 地面に倒れ伏したまま動かないアンナへ、アルヴィムはぞんざいに声をかけた。


「聞こえていたんだろう? アンナ・ビルツ。ねぇ、どう思うんだい? いまだに綺麗な俺たちを信じているルーの言葉を、君は鵜呑うのみにするのかな? たくさんの人を殺したのに、いまだに許されたいと思っているのかい? 俺が、君への復讐を諦めることを望んでいる?」

「……いいえ……」


 ややあって聞こえたアンナの返事は、かすれていた。それなのに、ルーと逃げることを拒否したときと、全く同じ声音だった。


 何度も失敗しながら、アンナが細い体を起こした。彼女は殺された男たちを見やる。青の目をかすかに揺らす。唇をんで、背筋を伸ばし、アンナ・ビルツはアルヴィムを見あげた。


「わたくしは、許されるべきではないわ」

 アルヴィムは、満足そうにうすく笑った。「俺もそう思うよ、アンナ・ビルツ」


 灰色の髪の女はほっとしたように表情をゆるめ、立ちあがった。処刑台のほうだけを見て、まるでそこに救いがあるかのように、よろめきながら歩いていく。


 真実それが、彼女の望みなのだ。

 そして、復讐は、アルヴィムの望みでもある。


 途方もない寂しさと苦しさで、ルーは胸がつぶれるような思いがした。もう、なにもかもが手遅れなのかもしれない。そんな弱音が浮かぶ。けれど、同時に思う。


 たとえそうだとしても、まだ、諦めたくない。


「おや、泣いているのかい。ルー」


 アルヴィムが振り返った。心の底から同情しているように、ルーに向かって両眉を下げてみせる。「おまえはいつもそうだね」


 ルーはのろのろと首を横に振る。


「……分かったような口を……聞かないでください……」

「おや、ひどいなあ。分かるさ。家族も同然のお前のことだ」

「僕には、あなたが分からない」

「俺は、アンナ・ビルツにばつを与えたいだけだよ。単純だ。君が思っているよりもずっとね」


 アルヴィムは微笑んだ。安心しなよ、と言葉を続ける。


「こうみえても俺は、アンナ・ビルツを死なせるつもりはないんだ。なんせ彼女の願いは死ぬことだ。なら、絶対に死なせてやらない。適当な頃あいを見て、処刑台から引きずり降ろして……そうやって、また死に損ねたことを後悔させてやるさ。死ぬほど苦しいのに、死ねないなんて、アンナ・ビルツにぴったりの罰だろう? まぁ、そんなものですら、生ぬるいだろうけどね。片目猿エイル・グノンたちの苦しみを考えるなら」

「……やめてください……」

「ははっ。相変わらず、ルーは優しいね。でも、アンナ・ビルツへの罰は正しく与えられるべきで、」

「違います。〈王狼おうろう〉について語ることを、です」


 白銀の髪の男が、口をつぐんだ。その目に冷ややかな色が灯る。「……おかしなことを言うね、君は」


「おかしくなんて、ありません」ルーはゆっくりと体を起こした。「もうあなたの口から、仲間の名前を聞きたくない」

「どうしてだい? 彼らは、俺にとっての仲間でもあったんだよ」

「なら、あなたは僕を責めるべきだ」


 ルーは声を大きくした。


「先代、分かっているでしょう? 〈王狼おうろう〉を殺すことを決めたのは、アンナ・ビルツだ。でも、それを実行したのは、僕だ。仲間を殺して、食べて、生き残る。その選択をしたのは、僕自身なんですよ」ルーは痛みに顔を歪めた。「なのにあなたは、僕を責めない。理由は簡単だ。〈王狼〉は、あなたにとって無価値なものになってしまった。すべてをアンナ・ビルツのせいにできるのなら、仲間の死の事実でさえ捻じ曲げてしまう。そういうことだろう? だからもう、聞きたくない。先代――アルヴィム。お前の言葉で、僕の仲間をけがしてほしくない」

「……っ、はは」


 アルヴィムが乾いた笑い声をたてた。


「まさか、それを君に言われるとは。ルー、君だって〈王狼〉の記憶を都合よく忘れていたくせに」

「分かって、いる」

「なのに君は、俺に〈王狼〉を語るなと言うわけだ」

「そうだ」

傲慢ごうまんになったものだね。俺の知らないうちにさ」

「なら、お前も僕に言えばいい」ルーは相応の覚悟をもって言った。「〈王狼〉のことを語るな、と。その権利がお前にあることも、僕は理解している」

「馬鹿だな」


 アルヴィムが、つと、表情を緩めた。その一瞬だけは、彼はたしかに〈王狼〉の長だった。


「言わないよ、そんなこと。ルー、君はちゃんと〈王狼おれたち〉を愛してくれたのだからね」


 それは間違いなく、かつての師からの最大限の賛辞で、別れの言葉でもあった。


 白銀の髪を揺らし、アルヴィムがゆったりと短剣を構える。ルーもそれにならった。まるで鏡合わせのようなそれは、〈王狼〉にいた頃に何千回と繰り返した鍛錬たんれんの延長線だ。


 アルヴィムは笑った。


「俺は勝つよ、ルー。どんな手を使ってでもね。アンナ・ビルツは罰を受ける必要がある」

「止めてみせるさ。どんな犠牲を払おうと」ルーは、アルヴィムの若葉色の目をまっすぐに見返した。「僕はアンナを助けるために、ここにいる」


 二人は同時に動き出した。短剣を重ねる。弾き返す。距離をとると見せかけて、りを突き出す。先と同じ攻防だ。けれどルーのなかに焦りはなかった。痛む左手は使い物にならない。アルヴィムに勝てたことなど一度もない。それでもなお、できると思った。勝ちたいと、強く思った。


 アルヴィムの蹴りをかわす。続く短剣での強襲を、ルーはあえて左手でいなした。アルヴィムの刃が、再び傷口をえぐる。激痛で、視界が明滅する。けれど、


 ルーは短剣を動かし、アルヴィムの腕に刃を突き立てる。鮮血。白銀の髪の男はしかし、笑う。


「そろそろ準備ができたようだね、アンナ・ビルツ」


  空気が変わる。


 ルーは思わず短剣を引いた。アルヴィムの視線を追う。処刑台だ。


 アンナ・ビルツは、そこにいた。血と土汚れにまみれた彼女は、黒銀の薔薇十字ロザリオを握っている。青の目は伏せられていた。何も見ていないのではなく、見ようともしていないのだ。


 そして彼女は、十字架に願う。


『みんなの大切な人を、生き返らせて』


 ぱきんっ、という音がして、薔薇の十字架が砕けた。アンナの手の中で黒銀の光が弾け――次いで秋の嵐のような暴風が吹き荒れる。


「っ……!?」


 ルーは思わず手をかざした。立っていられないほどの風だ。周囲で争っていた街の人間たちが、悲鳴とともに次々と倒れていく。風はしかし、ほどなくしてぴたりと止んだ。


 ルーは、目を見開く。

 処刑台にはアンナが倒れていて――彼女に根を下ろすようにして、巨大な漆黒の植物がそびえている。


 一見すると、それは大樹だ。けれどよく目をらせば分かる。太い幹も、空のひび割れのように伸ばされた枝葉えだはも、アンナの細い体に絡みつく根も、すべては複雑に絡み合った黒茨くろいばらつたでできているのだった。


 枝の先には、いくつものつぼみみのっている――そう、実っているという表現がしっくりくる。蕾は、赤子ほどの大きさだったからだ。中に何かがはいっているのか、淡い光がゆっくりと瞬いている。


 ルーはどきりとした。嫌な想像だが、なぜか確信がある。蕾のなかには、誰かがいる。あるいは、誰かが人としての形を取り戻そうとしている。それが誰かなんて、問うまでもない。


 

 アンナは、死んだ人間を生き返らせようとしている。


 気づいたときには、ルーは大樹に向かって走っていた。言葉にすれば綺麗なはずの願いが、ずいぶんとおぞましいものに思えたからだ。なにより、黒茨くろいばらに飲みこまれたアンナの体はぴくりとも動かない。死にかかっているのではないか。彼女は、彼女の命を犠牲にして、たくさんの人を生き返らせようとしているのではないか。


 それとも、もう、死んでいる?


「死にはしないさ。薔薇十字ロザリオはぜったいに、アンナ・ビルツの願いを叶えない」


 耳元で、アルヴィムの声がした。


 顔を歪め、ルーは身をひねる。短剣の一撃を、かろうじてかわす。どちらのものともしれない鮮血が、ばたばたと地面を濡らした。


 大樹を守るようにして立ちはだかったアルヴィムが、のんびりと言う。「それにしても、だ。無垢むくの祈りも、ここまでくると醜悪しゅうあくだよねえ」


 ルーはかたい声で問いかけた。


「これがなにか、お前は知っているんだな?」

「アンナ・ビルツの願いだよ」アルヴィムは肩をすくめた。「薔薇十字ロザリオを手に入れると、いつもこうさ。死人を蘇らせようとする。ここまでの規模のものは、俺も初めてだけどね」

「……馬鹿げてる」

「そうさ、馬鹿げたことだよ。死んだ人間は蘇らない。だから、アンナ・ビルツが十字架にかけた願いは、必ず失敗する」アルヴィムはせせら笑った。「それなのに、彼女は何度も同じ過ちを繰り返すのさ。死んだ人間を取り戻して、ってね。そんなもので罪が軽くなるはずもないのに……なかなかどうして、滑稽こっけい見世物みせものだろう? おっと」


 わざとらしい声をあげて、アルヴィムがルーの短剣を受け止めた。「ひどいなあ。まだ話している最中だったのに」


「どいてくれ」ルーは短剣を握る手に力をこめ、低い声でいった。「アンナは、見世物なんかじゃない」

「見世物だよ。どうしようもない願いを、いつまでも叶えようとする。できの悪い人形だ」

「っ、そうなるように、おまえが仕向けているんだろう!?」

「賢い子だ。そのとおり。これもまた、アンナ・ビルツへの罰でね」アルヴィムは、若葉色の目を細めた。「だからこそ君に、邪魔されるわけにはいかない」


 アルヴィムが、ルーの短剣をはらいのけた。左手を突き出す。素手ではない。そこには金属の飾りが握られていた。


 銀の三輪みつわを組み合わせた飾りだ。

 ルーにとっては、あまりにも馴染みのある代物だった。


『――来たれ、〈王狼おうろう〉』


 唇に笑みを刻み、アルヴィムがぶ。

 金属のこすれるような音を響かせて、〈王狼〉の鍵が鳴った。

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