第4話 革命家の末路
はじめて魔女のことを知ったのは、彼女との
二人で古い
私達は、似たもの同士だったのだ。だから、
すべては、革命の一年前のこと。
魔女に関する本は、陽のささない
ずいぶんと
「ほんとうに、魔女みたいな人がいればいいのにね」
今にして思えば、その
魔女は不思議な力を持っていて、どんな不可能も可能にしてしまうとか。魔女の心は優しく、困っている人がいたら必ず助けてまわるだとか。魔女の住まいは美しい
そのなかのどれが、あなたの胸に刺さったのだろう。
私とちがって、誰にも
リリア。ねぇ、でも、知っている?
魔女は
罪の名前はね、
正しい心を持っているなら、誰かを殺してしまった時点で、自分の命も絶ってしまうものなの。
リリア。
私が生きているのは、おかしいのよ。
たくさんの人を殺したのに、のうのうと生きているなんて。
罪と感じるべきだって、そんなことは分かってる。悲しい気持ちだってあるのよ。でも私は、いつだって命を
だから私は、魔女になれなかった。
魔女になれない私は、魔女を利用することを考えた。
彼らが生む
魔女が大切な誰かを殺すとき、
そこからは簡単よ。私は魔女同士が
一年目の
二年目は三つの
私の下心がよくないのかもしれない。そう思ったから、三年目にはいる直前の秋に、私は『私』を殺したの。記憶のない『わたくし』は、でも、駄目ね。
私は、だから、もう一度『わたくし』を殺した。そうしたらどうなったと思う?
リリア。ここからは笑い話なのだけれど、私が『わたくし』を殺した時、
ほんとうに、笑っちゃう。
魔女たちにひどい仕打ちをしたのに、それは全部無意味だったの。無意味なことのために、魔女たちの人生をめちゃくちゃにしたの。そういうことができる、救いようのない女なの。なのに、
あれだけたくさんの人を殺しても動じなかったのに。ルーさまの心を傷つけても生きていられたのに。私は、たかが私が死んだだけで、動じてしまった。
あなたでもなく、民でもなく、ルーさまでもなく……私こそが、私にとっての大切な誰かだった。
最悪よね。救いようがない。何度殺したって、殺し足りない。
でも、私の手には
すべての
それなら私は、願いを叶えるわ。ずるくて
そんなもの、あるはずがないの。
*****
秋の強風が、ばたばたと
「ほんっと、
「うるさいぞ、ティカ」
「はぁ? 声ならきちんと
「思ったことを、わざわざ口に出さなくてもいいだろ」
「細かいなぁ。その言葉、そっくりそのまま自分に返ってくるって分かってる?」
「二人とも」ルーはため息をついた。「少し
ひそひそと言い争っていたティカとレイモンドが、そろって口をつぐんだ。レイモンドが気まずそうに
「だって、こんな環境で文句言わないほうがおかしいでしょ。ここに来るまでに、服は引っ張られるし、ぶつかるふりして体を触ってこようとするし、わざわざボクの顔をのぞきこんで、気色悪い笑み浮かべたりとかさ……! そりゃあ、ボクが可愛いのが罪なわけだけど!」
最後のほうのティカらしい自画自賛に苦笑しつつも、ルーは内心で同意した。たしかにティカの言うとおり、今いる場所は少々礼儀を欠いた人間が多い。
なにより、異様な空気に包まれている。
ここは、街の中心に位置する広場だ。
広場は
美しき革命家の末路、腐った王家の
再びの冷たい風に顔をあげる。たった三日で
ひっかけられた
ティカがぼそりとつぶやく。
「よく冷静に見てられるね」
「まさか。最悪の気分だ」
ルーは率直な感想を吐き捨てた。ティカは驚いたように目を丸くし、それからほっとしたように笑って、ルーの腕を軽く叩く。「
辺りを見回していたレイモンドが、緊張した面持ちで二人に声をかけた。
「やっぱりここに、フラウさんはいないみたいだ。魔女の力が使えれば、もう少しやりようがあったんだけど」
「ないものをねだってもどうしようもないでしょ。いいよ、探しに行くだけだもん」
ティカの言葉はなげやりにも聞こえるが、ルーたちの総意でもあった。
アンナ・ビルツの処刑日が決まってから今日まで、数日と経っていない。情報を集める余裕はなかった。ルーたち三人に、頼れる先があるはずもない。魔女の力のひとつでも使えればやりようはあったかもしれないが、それこそないものねだりだ。
罪の名前を呼ばれてはじめて、魔女の力は開花する。けれどルーたちの罪の名前を呼んでくれる相手は、ここにいない。単純な話だ。
「俺たちの手札は少ない」前日の夜、処刑が行われる広場周辺の地図をにらみながらレイモンドはそう言った。「なら、何ができるかじゃなくて、何をしたいかで考えるべきだ。推測だけど、フラウさんに身の危険が
「僕だけでいい」ルーは言った。「君たちよりは戦い慣れているし、広場に見物客が集まるのなら、そこに
「ひゅう。いかにも白馬の王子様ってかんじ?」
ティカのからかうような声に、ルーは口元をゆるめて、肩をすくめた。「そうあれるように、最大限の努力をしよう」
レイモンドがうなずき、広場の南側を指で叩いた。
「なら、ティカ。俺たちは
「はぁ? なんで?」
「フラウさんを探しに」レイモンドは言う。「君の仮説を信じるなら、フラウさんはアンナさんの近くにいる。さらに踏みこんで仮説をたてることが許されるのなら、彼女はアンナさんとなんらかの協力をしているはずだ。なら、処刑当日のフラウさんの居場所は二箇所に絞られる。アンナさんと一緒に広場にいるか、アンナさんが拠点としていた場所にとどまるか。ビルツ
処刑の日は、きっと人の目もそちらに向くだろう。議会の警備も手薄になるのではないか。レイモンドはさらに意見を述べ、それならば戦い慣れていない二人でも十分対応できるだろう、とルーも同意した。でも万が一のこともあるから、まずは広場に行って、確認しておきたい。それがティカの言い分で、今がある。
たいした別れの
二人の背中を見送りながら、ルーは懐かしさと感謝の念を抱く。ここ数日のルーたち三人の距離感は、ルーが〈
アンナ。僕たちの選択が
不意に、広場が水を打ったように静まり返った。
ぴり、とした空気が強くなる。全員の視線が、処刑台のたもとへ注がれている。真っ黒な礼装に身を包んだ男たちがいた。老いていて、体つきも一般市民と変わらない。されど眼差しは鋭く、
議会の人間だ。ルーは短く息を
あちこちで、人々がささやいている。あれが
そこで彼は、
〈
探し人の姿を認めたルーは、つかの間言葉を失う。
アンナは、目と鼻の先にいた。いつも綺麗にまとめられている灰色の髪は
アンナは、顔をうつむけていた。
心がなくて、透き通っている。
美しいが、
こんなものが、君の望んだものなのか。
刃で斬りつけたときのように、ルーの心が痛んだ。傷口は冷たく、息をするたびに深くなる。この結末を、君は本当に願っていた?
アンナが目の前を通り過ぎていく。ルーに気づいた様子はない。目にもいれたくないのだろう、というのは、まだ楽観的な考えである気がした。彼女の世界に、ルーは不要になったのだ。だから見る価値がない。
僕では、君を殺せないから。
ふざけるな。
ルーは人混みから飛び出した。
人々の悲鳴があがるより早く、ルーは鎖を握る男を
議会の男たちと、
ルーはアンナの手をつかむ。
彼女を
ルーは強引にアンナの細い手首をつかんだが、この判断も間違いではなかった。まずは安全を確保する。言葉をかわすのは後でいい。至極当然で、守ることに慣れた人間なら誰しもが選ぶ選択肢だった。
ただ。
「アンナ! すまないが、僕と一緒に来て、」
「――いいえ」
ただ、ルー・アージェントという男に唯一落ち度があったとすれば、かのアンナ・ビルツが相手であるということだけだった。
「あなたたちを利用させてもらうわ」
群衆のほうから、妙な声が聞こえてきたのは、その直後のことだった。
*****
『あぁ、なんて
その声は、なんの前触れもなく広場に響き渡った。
『彼女はたしかに人を殺したけれど、それも私達を思ってこそだと思わない?』
『まずはアンナさまを救うのよ。さぁ、勇気ある青年に従って。彼女を害する権力者たちを殺しましょう。それを邪魔する者たちも。私達はきっと、彼らに
さして大きな声というわけでもない。なのに、正体不明の女の声は、広場中に響き渡って、その声を聞いた人々の心を理屈なしに震わせた。
処刑台の真下にいた
家具屋の男は、たまたま隣にいた商人の男と協力して、逃げようとする議会の男を囲いこみ、その腹を何度も蹴りつけた。
不幸だったのは、隣人の奇行を
明らかに異常だった。大半の見物客たちは、混乱のままに広場から逃げ出そうとした。当然、処刑台から遠い人間には何が起こっているか分からないから、前に進もうとする人間と、逃げようとする人間が入り乱れる。
怒号と悲鳴の飛び交う大混乱の広場で、しかし、状況を正確に把握している者がいた。
「これ、フラウの声だ……」
立ち止まったティカが、血の気のひいた顔でつぶやく。女の声が聞こえて、彼女は足を止めた。この騒ぎだ。そのままでは危険だったから、レイモンドがなんとか広場の片隅へ引きずってきたのだ。
その彼の苦労は、しかし、今のティカには届いていないようだった。
彼女はただただ困惑し、結局、ひとつの言葉を吐き出す。
「……フラウを止めなきゃ」
「ティカ、落ち着いて」レイモンドは神経質に周囲を見回してから、硬い声で言った。「状況を整理しよう。それから次にやるべきことを決めて、」
「っ、整理なんて! そんなことしてる場合じゃないでしょ!?」
「ティカ、」
「さっきの声、間違いない!」八つ当たり気味に、ティカはまくしたてた。「フラウが魔女の力を使ったんだ! だからみんな、急におかしくなった! 早くフラウのところに行って、やめさせないと!」
「っ、それは分かるけどさ!」レイモンドはいらいらしながら叫び返す。「いきなりフラウさんが力を使うなんて、おかしいじゃないか! 君が罪の名前を呼んだわけでもない! ここで力を使った意図も分からない! 他に見落としていることだって……だったら、それも確認しないと!」
「そんなことしてたら、フラウが人殺しをすることになるでしょ!?」
怒鳴ったティカが
それほどまでに、ティカにとってのフラウは大切な存在なのだ。
「くそっ……だからこそ、冷静になるべきだろ……っ」
レイモンドは小さく
「っ!?」
息を
彼の目の前で、群衆の一人が悲鳴をあげながら地面に倒れた。致命傷、ではない。右足の太もも。ズボンに赤い染みがじわりと
それでも、レイモンドは見つけた。
東側に通じる道の近くだ。
レイモンドはぞっとした。
刺繍には見覚えがある。役人になるための試験勉強に
その紋章は
「安心するといい。死なない程度に
背後から穏やかな男の声が響いて、レイモンドは弾かれたように振り返った。
数歩離れた先に、老いた紳士が立っていた。
黒衣に身を
「さて。
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