第3話 泡姫の誘歌
「おめでとう、
「ご協力、感謝するわ。ダグラスおじさま」真正面に座った彼女は、表情一つ変えずに冷たく応じる。「けれど最後の日まで、決して手を抜かないでいただきたいところだけれど」
「もちろんだとも。かわいい
こんっ、という音は、軽々しくて、
女の中身そのものね、とフラウは
「だから嫌いなのよ、って?」
頭上から声が降ってきた。
部屋の片隅でうずくまっていたフラウは、ゆっくりと目だけをあげる。
自分と同じように、影のなかに立つ男だ。彼はしかし、暗闇のなかにあっても存在感があった。白銀の髪、若緑色の目。うっすらと浮かべた笑みは、相手がどうでもいいほど愛想よく、チェスに
今のフラウの立場は、やむなしとはいえ、女に近い。だから男の視線も冷たかった。
フラウにとっては、けれど、至極どうでもいいことだ。
「……別に」フラウは興味なく、視線を床に戻した。「あなたって……
「あはは、暇か。面白いことを言うね」
「私がアンナ・ビルツのことを嫌いなんて……わざわざ言わなくても、分かってるでしょう……」
「まったく、そのとおりだ。だから俺は、君に声をかけたんだから」
でたらめね、とフラウは思う。この男の褒め言葉は、すべてが嘘。フラウは出会った時からそのことを理解していたので、なんの感慨もないが。
真実はこうだ。白銀の男にとって、フラウの能力はちょうどいい。人を惑わす、
そういう不健全な世渡りが終わったのは、ティカと出会ってからのことだ。
あぁ、ティカちゃん。
黒髪の女神、舞台上の唯一の華。誰よりも大切な親友の名を呼んで、フラウはうっとりと壁に頭をあずける。
私、ティカちゃんのためなら何でもできるよ。春の日に、あなたがほしいと願った理想の舞台も、きっときっと取り戻してみせる。だってね、あなたが舞台を失ったのは、私のせいなんだから。私が怖がりで、ルー・アージェントを足止めできなかった。そのせいなんだから。
でもね、もう大丈夫だよ。怖い気持ちは、もうないの。
アルヴィム・ハティは信用ならないけれど、彼のくれた薬は、きちんと私の『怖い』を壊してくれた。
だからもう二度と、失敗しない。
ぜったいに、ティカちゃんのための舞台を取り戻してみせる。
こんっ、と再び音が響いて、チェスの盤面が動く。
「――当日の計画を確認しましょう」
真っ黒なドレスに身を包んだ女が、そう言った。
灰色の髪に、青の瞳。かつての革命家にして、今やこの国の大罪人であるアンナ・ビルツは、冷たい目で三人を見やる。
「どうか、私を確実に殺してちょうだい。期待しているわ」
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