第8話 まぁ、これくらいは普通というか

 レイモンド・ラメドにとって、順序立てて物事が進まないというのは、とびきり不愉快ふゆかいなことのようだった。


 どうして薔薇十字ロザリオのことを秘密にしていたのか、という質問から始まり、今さら言うなんて、という愚痴ぐちのあと、だから君みたいなガサツな人間は好きじゃないんだ、という八つ当たりのような説教が延々と続く。


 すべて終わる頃には、ティカはふくれっ面になっていた。だから言いたくなかったんだよ、といわんばかりの顔つきで、ぼそっと呟く。



 アンナは苦笑いした。幸いにして、レイモンドの文句は飛んでこなかったから、伝令役のはとがうまく聞き逃してくれたということだろう。


 子蛙コガエルの群れをなんとか引き離し、アンナたちは馬房小屋ミューズハウスに身をひそめていた。最近の流行りで、本来の馬小屋を改築した建物だ。床は板張り、部屋は二つだけ、一階も二階もほとんど同じような作りをしている。


「簡素というには、家具がなさすぎるな」男を床に下ろしたディエンが、そっけなく言う。

「まさにはりぼて、という感じね」アンナもうなずき、肩に止まっているはとを見やった。「こっちの様子って、見えているのかしら」

『見えないよ。ただの鳥なんだから、当然だろ』


 いくぶんか平静を取り戻したレイモンドが応じた。『色々と言いたいことはあるけど』と前置きし――ディカが舌を突き出した――、彼は話を続ける。


『とにかく、君たちにはそこから出てもらわないと』

「場所を一致させる必要があると、言ってたわよね」アンナはゆっくりと言った。「わたくしたちと、カエルさんの居場所を」

『そうだ。そっちに飛ばされる直前に、君たちは黒い沼に沈んだろう? 間違いなく、あれが入り口だ』

「ふん、ずいぶんと強気じゃんか」ティカが刺々とげとげしく口を挟んだ。

『確かめたんだよ。だからこれは事実だ』レイモンドがむっとしたように言った。『いいかい? 君たちが消えたあとには、衣類も死体もなかった。だから、黒い沼が君たちをどこかへ移動させたと仮定したんだ。あとは、ルーに手伝ってもらって、大蛙オオガエルに何度か粘液を吐いてもらった』


 粘液が付着した部分が黒い沼になることに気づいたのが、大蛙オオガエルを攻撃して三度目のこと。出現する黒い沼へ、手当たり次第にはとをいれること十回。


 最初の三回は完全なる失敗だった。はとは帰ってこないどころか、何の音も聞くことなく、突然消えてしまった。


 次の三回も結果は同じだったが、はとが沼に飛び込む時機タイミングによっては、自身の羽ばたきの音が聞こえた。


『だから、はとを飛び立たせる時間を、何度かずらして調整したんだ。めでたく、十回目で成功というわけだけど』レイモンドはすっかり教師然とした声音で言う。『黒い沼が入り口として機能する時間は、ごくわずかだ。おまけに、時間がてば沼は消える。だから君たちには、大蛙と同じ場所にいてもらう必要があるんだよ。音の反響から推察するに、こっちの世界と、君たちのいる世界は、同じ地形をしているようだから……なぁ、さっきからずいぶんと静かだけど、俺の話は聞こえているのか?』

「えぇ、それはもちろん、だけれど」アンナは純粋に感心して尋ねた。「この短い時間で、よくそこまで分かったのね……?」


 頭の回転が速い人間は、何人もいる。ルーもそうだ。けれど彼は直感で判断を下す。戦場ではわずかな逡巡しゅんじゅんも命取りになるから、そうならざるをえなかったのだろうと思う。


 それと比べると、レイモンドは対照的だった。短い時間の中でもじっくりと考え、試行して、結論を出す。だから、その解にいたった経緯を話すことが出来るし、どこまでが手がかりになりうる事実で、どこからが解決しなければ課題か、というのを説明できるのだ。


 それはある意味、完全で完璧な解を示すよりも重要だ。特にこうして、誰かの理解と同意を得ながら、物事を進める場面においては。


 ルーが優秀な戦士とするなら、レイモンドは指揮官とか戦略家とか、そういう呼び方がふさわしい。


 視界の端で、ディエンが得意げに唇の端を釣り上げる。頼りになるだろうと言わんばかりだったし、この時ばかりはアンナも彼に同意した。


『あー……っと……』レイモンドが気恥ずかしさを誤魔化すように言葉を探している。『まぁ、これくらいは普通というか……ティカさんには難しいかもしれないけどさ……』

「ちょっと。なんでそこで、ボクが出てくるのさ?」ティカが不機嫌な顔でうめいた。

も、ほどほどにな」ディエンは面白がるようにたしなめてから、アンナのほうを向いた。「さて。目下の課題は、カエルと俺たちの居場所を、どうやって一致させるか……ということだが」


 アンナはうなずいた。


 二階の窓からのぞくかぎり、通りでは、相変わらずカエルの群れがうごめている。びっしりと言うわけではなく、あちらで群れを作り、こちらでも群れを作り……といったかんじだ。


 アンナは指の背を口元に当てる。このカエルさんたちは、魔女の未練みれんと考えるのが自然よね。


 形も色も同じだし。

 なにより、わたくしたちを追いかけてきてるんだから。


 そこまで考えて、アンナの頭に、ひらめくものがあった。「……あ」

 全員の視線が集まった。アンナはゆっくりと言う。


「ねぇ。今、そっちの大蛙オオガエルさんって、どこに向かって移動しているのかしら」

『……最初の服屋があっただろう』おそらくはカエルの動きを確認するための沈黙のあと、ルーが答えた。『その裏手側の道を目指しているようだ』

「それって、馬房小屋ミューズハウスが並んでいる通りよね?」


 ティカがはっとしたように呟いた。「ここのこと……?」

 アンナはうなずく。


「魔女の未練みれんは、薔薇十字ロザリオを狙うでしょう? だから大蛙オオガエルさんは、わたくしたちのいる場所を目指してるんじゃないのかしら」

「ええ……っと……でもボクたちは、カエルの場所に行かなきゃ、なんだよね……?」ティカがまゆをひそめる。

「いいや。アンナ嬢レディ・アンナの推察が正しいなら、俺たちが蛙のところに行く必要はないだろう」ディエンが言った。「。なら俺たちは、都合のいい場所に身をひそめて、大蛙オオガエルを待てばいい」

「人の少ない場所が一番だわ。さっきみたいに、誰かが巻き込まれたら大変だもの」

『――それなら』


 そう切り出したのはレイモンドだ。なにかをためらうような静けさは一瞬で、彼は言葉を続ける。


『街の東側の教会はどうかな。あそこなら、今は使われていないし、建物の広さも十分だと思う』

「そうしましょう」アンナはうなずいた。「それから……そうね。教会に着くまでの道順も、教えてくださる? 遠回りになってもいいから、なるべく人のいない場所を進みましょう。そっちのほうが、余計な被害も生まれないはずよ」


 *****


 アンナたちが動き出したのを確認して、レイモンドとルーも教会に向かった。大蛙オオガエルの監視ははとに任せ、二人は最短距離を進む。


 夏の日差しに照らされた大通りは、活気に満ちていた。


 石畳いしだたみを踏んで、若い男女や子供連れが踊るように行き交う。このあたりは革命の折に破壊された区画だが、残った建物を改装して大きな窓硝子ショーウィンドウをあつらえた店が多かった。花屋、裁縫店、服飾屋に可愛らしいカップケーキを並べた菓子屋まで。いわゆる流行の先端を集めたような場所だ。


 だから、なのだ。きっと。レイモンドは思う。ここには若い人間が多いから。どちらかというと、女性ばかりだから。女というのは美しい異性にかれてしまうものだから。


 だから、ルーとすれ違った女性が黄色い悲鳴をあげたり、立ち止まって熱っぽい視線を投げつけてきたりする。


 ……いや、だから何? って感じだよな。それ以上でも、それ以下でもないし。気にするとか、そういうこともありえないわけだし。レイモンドは誰にともなく言い訳した。


 ただ、俺は確認しなきゃいけないだけだ。アンナの叔父おじ――ダグラスが疑っていたことを。


 すなわち、ルーという青年が、アンナに害を成そうとしているかどうか。


 実際のところ、アンナどころか、自分の恋心――どう見たって恋だろこれは――にも振り回されているとしか思えない、この男が……というところはあるけれど。


「行き先に、」


 ルーが前触まえぶれなく呟いて、レイモンドは現実に引き戻された。夏の日差し。女たちの黄色い声。それに少しだけ、嫉妬しっとしていなくもない自分。


 いやいや。


「行き先? 教会のことか?」レイモンドは平然としたふりで尋ねた。

「そうだ」ルーがちらりと、視線をよこした。「教会に向かえと、言った理由は?」

「あぁ」


 なるほどね、とレイモンドは心のなかで呟いた。いくぶん冷静になる。ルーはルーで、俺のことを疑っているらしい。


 まぁ、そういう説明しかしなかったのだから、当然だろうけど。魔女の未練みれんについて話した夜を思い出したのは一瞬だ。レイモンドは素早く情報をはかりにかける。俺の身の上話は、ルーからの情報を引き出すに足りるかどうか。


 そうやって、俺との思い出さえも道具として見るんだ。死んだ親友の非難めいた声が聞こえた気がしたが、レイモンドはこれを無視した。


「詳しいんだよ」レイモンドはゆっくりと答えた。「君も薄々うすうす気づいていると思うけど、俺は教会の人間だったから」

「あっさりと肯定するんだな」

「隠し立てするようなことじゃない。ただ、積極的に言いたくないっていうだけの話でさ」君にもあるだろ、とレイモンドは心の中だけで付け足した。

「魔女の未練みれんを倒すことにも、君はこだわっているみたいだが」

「そうだね」レイモンドは肩をすくめた。「それも教会がらみだ」


 大通りの角を曲がって狭い裏道に入る。人の数がぐっと少なくなった。建物の日陰は、ほんの少しばかり涼しく、夏らしい濃い色となって地面を染める。


「三年前の革命のころ、教会の権威けんいは全盛期でもあり、地に落ちる寸前でもあった」


 レイモンドは、そうやって切り出した。


「なんせ、教会は王と仲が良かったからね。万が一、王がアンナ・ビルツに負ければ、あっという間に後ろ盾を失ってしまう……そこで、教会の人間は考えたのさ。たとえ王が死んでもいいように、新しいうしだてを用意しよう。もちろん、後ろ盾は自分たちの言うとおりに動くほうがいい。なにより、ここは教会だ。神様につらなる何かこそ、我々の後ろ盾にふさわしいんじゃないか。

「神様の子供」ルーが不審ふしんそうな声音で復唱した。

「そうさ。もちろん、パンケーキみたいにレシピがあるわけじゃない。だから教会はまず、神様の定義を定めた。すなわち、神とはたった一つの感情を有するものである。慈悲の神が抱く感情は慈悲だけ、美の神が気にかけるは美しさだけだ、とね。あるいは、革袋かわぶくろで想像してみてもいいかもしれないな。革袋のなかに、たった一つのレンズ豆がはいっている。これこそが、教会の定義した神様なのさ。だからあとは、革袋のなかのレンズ豆の個数が、一つになる方法を考えれば良い」


 例えば、君ならどうする、とレイモンドは尋ねた。

 まゆをひそめつつも、ルーが少しばかり考えて言う。


「革袋のなかに、一つだけ豆をいれる」

「もしくは、革袋に詰まったたくさんの豆を、取り除いてしまってもいい……いずれにせよ、ルーの言った方法が魔女の未練みれんのはじまりで、俺の言ったほうが、神鍵クラヴィスのはじまりだ」


 ルーがちらりとこちらを見やった。くすんだ赤の目に影が落ちたように見えたのは、単純に日陰の下にはいったから、というだけかもしれない。


 いずれにせよ、何か悪い予感がする程度には察しがいいということだし、事実として、そのとおりだった。


 レイモンドは声を低くして言う。


「革袋が人間、豆が感情と思ってくれ。死体に感情はない。一方で、魔女の薔薇十字ロザリオはたった一つの願いや、感情の塊と言える」

「……だから、死体に薔薇十字ロザリオをいれれば、神の子とやらになる、と」

「実際はそうはならずに、魔女の未練みれんという化け物が生まれたわけだけどね」レイモンドは目を伏せた。「逆に、生きた人間を材料に、神の子を作る方法もある。人間の感情を、たった一つを残して、すべて壊してしまう方法だ。教会の中でも、薬の扱いにけた連中が検討していて……試行錯誤のすえ、彼らは神鍵クラヴィスという薬を作った。精神に作用して、感情を壊す。一度に壊せるのは一つだけだから、対象者には過剰量を摂取せっしゅさせなきゃならない」

「上手くいったのか?」

「失敗だ。どちらの方法も。すべて」レイモンドは吐き捨てるように言った。「四十三人が死んだよ」


 それはすなわち、レイモンド・ラメドという青年が、守りきれずに取りこぼした命の数でもある。


 ちょうどその頃、アンナ・ビルツのしかけた革命が終わりを向かえた。国王は断頭台へ、王と懇意こんいにしていた教会も、アンナ・ビルツから糾弾されることとなる。教会は幾つかの派閥を戦犯として差し出してやり過ごしたが、内部は紛糾ふんきゅうし、そこでさらに派閥争いが起きて、何人かが消えた。


 当然、神の子などという馬鹿げた夢を見るひまもない。計画は捨てられた。このために死んだ三十六人は、最初からいなかったことになった。運良く成功して化け物になった七人は殺され、計画にたずさわった修道士十五人は投獄された。あらゆる記録は焼き払われ、残ったのは神鍵クラヴィスだけだ。


 そのはずだった。


「なのに、革命が終わって半年後に、魔女の未練みれんが現れた」レイモンドは苦々しく息を吐いた。「誰かが、魔女の未練みれんを作る技術を外に持ち出したんだ。俺はこれが許せなくて……だから、こうやって追いかけてる」


 正義だ。この行いは。レイモンドは強く思う。かつての自分は誰も救えなかった。されど、悲しいと嘆くばかりでは何も変わらない。失敗は次に生かされなければならない。


 実際、反省すべき点はいくつもあったのだ。レイモンドが事実を正直に伝えた何人かは、その事実自体の重みに耐えられずに死んだ。レイモンドと親しくしていた何人かは、『他ならぬラメドご子息様のため』という修道士たちの甘言にそそのかされて、自分から神鍵クラヴィスを飲んだ。


 鹿不意に、そんな声が聞こえた。もちろん幻聴であることは分かりきっている。レイモンドの頭の中で、首になわをぶら下げた親友がせせら笑った。君は助けられなかったことを後悔してるんじゃない。君の考えどおりに動かず、俺たちが勝手に死んで……そのせいで、君の完璧な計画が傷つけられたことにいきどおってるんだ。


 そんなひとりよがりは、正義なんかじゃない。

 


 レイモンドは深く呼吸した。どうしようもない感傷も、頭にこびりついて離れない手紙も、いつものように切り捨てて隣を見る。


 夏の日差しのなか、ルーが難しい顔をしていた。言葉を探すような、何かをいたむような。そんな表情を浮かべているのが意外で、レイモンドは思わず、まじまじとルーを観察した。


「あぁ、いや……」視線に気づいたルーが、まゆを下げる。「すまない。変に同情されても迷惑だろうと……色々と考えていて……」さらに一つ、ため息をついた。「こういう時、アンナならすぐに、適切な言葉を見つけられるんだろうが」

「えっと……それは、なんだろうな。つまり、俺をはげましたいとか、そういう……?」


 ルーが素直にうなずいたので、レイモンドは思わず立ち止まってしまった。


 驚いた。同時に、もしかして彼は自分のことを疑ってはいないのでは、と気づいた。レイモンドという男をあやしんでいるから、質問したわけではなくて……単純に、友人との雑談の……とにかく、そういう気安い会話のつもりで、教会へ向かう理由を尋ねたのでは?


 レイモンドは、あっけにとられて呟いた。


「……分かりづら……」


 ルーの眉尻まゆじりが、ぴくりと動いた。不貞腐ふてくされたような、不服ふふくそうな、そんな表情にも見えたのは気のせいか。


「そんなにか……?」

「そんなに、だとも」レイモンドは、すかさずうなずいた。「よくこれで、今まで誰かと仲良くしてこれたな?」

「……アンナとは問題なかった」

「そのアンナさんだって、いまだに君が自分のことを好きかどうか、不安がってるみたいだけど?」


 ルーがあからさまに眉根まゆねを寄せ、ショックを受けたように呟いた。「……そんなにか……」


 レイモンドは両腕を組んで、ため息をついた。急に、何もかもが馬鹿らしくなる。心の中だけで、アンナの叔父に報告した。ルーはしろだ。彼がアンナさんを傷つけるなんて、ありえない話ですよ。


「君は、さっさとアンナさんに告白したほうがいい」口下手くちべたどころか、壊滅的かいめつてきに言葉が足りない親友に向かって、レイモンドは言う。「君が態度をはっきりしないせいで、こっちは色々と迷惑をこうむってるんだぞ」

「迷惑をかけているつもりは、」

「さっきの洋服選びなんて、まさに君とアンナさんのための時間だろ」


 レイモンドは追撃をかけた。ルーがくちびるを引き結び、視線をそらす。


「……やっぱり、君もそう思うか……いや、だが……」

「なにか言いたそうだな」

自惚うぬぼれという可能性も、あるだろう」ルーがいささかの間を置いて言った。「単純に、服を見たかっただけなのかもしれない。ティカ・フェリスと楽しそうに話していたし」

「……そんなに好きなら、早くアンナさんに告白しろよ」


 レイモンドは、頭をかきむしりたくなった。一体、なにをどうやったら、そういう結論になるんだよ。


「君たち、付き合いが長いんだろ。ならもう、準備はできてるようなものじゃないか」レイモンドはうんざりしながら言った。

「……長いと、言うほどのものでもない」ルーがぼそぼそと反論する。

「じゃあ、アンナさんに初めて会ったのは?」

「彼女が、六歳の時だ」


 それは十分長いだろ、とレイモンドはあきれたが、なんとか声には出さずに――表情には出ていたかもしれないが、これは仕方ない――相槌あいづちを打った。


「その時からずっと好きだった、ってわけだ」

「その時は違う」ルーは何故か、早口で否定した。「僕は従者で、彼女を護衛する立場だったんだ。そういうは抱いてない。明るくて、にぎやかで、僕のような人間にも優しくしてくれる……心の広い人だとは思っていたが……」

「はぁ、そう。じゃあ、を抱くようになったのは?」

「彼女が学舎に通うようになって、僕に手紙を……」


 ルーの言葉が途切れた。気恥ずかしい過去を話していることに、今さら気づいたのか。レイモンドはからかい半分に思ったのだが、どうにも彼の様子がおかしい。


 ルーは、やけに真剣な面持ちで口元へ手を当て、目を細めている。


「どうかしたのか?」

「いや」ルーは何度か目を瞬いた。「何かが妙だと、今思ったんだが……」


 二人の会話はしかし、はとの羽音で打ち切られた。

 レイモンドの肩に舞い降りた鳥は、くちばしを動かしてアンナの声を伝える。


『教会が見えたわ。これから中に入ろうと思うのだけれど、準備はいいかしら』

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