最終話 ラジオに頼るな

 あれから数日が経ち、わたしの手にはまだ魔法具ラジオはあるが一度も使っていない。

 以前のように勝手に話し出すこともなく、わたしがダイヤルを回さない限り、起動もしなくなった。


 これはケネス様のご先祖様が気を利かせてくれたのだと勝手に解釈しているけれど、実際には分からない。


「ウィリアンヌ、少しいいかな」


 ノックされた扉を開くとシミのついた巻物を持っているケネス様がいらっしゃった。


「やっとグエル=ユミゴール公爵の妻を見つけたぞ。名前はマリアベル。この人物で間違いないだろう」


 ケネス様が公爵邸の書庫から探し出した家系図には確かにグエル公爵の妻の名前があった。しかし、詳しい人物像は書かれておらず、本当に魔法に長けていたのか。魔法具を作成したのかは分からなかった。


「実在はしたみたいだな。あと、こんな記録も見つけた。どうやら教会を建てたのはマリアベル公爵夫人らしい。老朽化して度々、取り壊しの案が出ているようだが、どの時代にも一人は強く反対する女性が出てくるから今も現存しているということだ」

「女性……。では、簡単に壊していいものではないのですね。わたしとしても、あの教会があったからマリアベル様から魔法具ラジオをいただき、ケネス様と気持ちを交わすことができたので壊してしまうのは心苦しいです」

「ウィリアンヌがそう言うなら父上に掛け合ってみるが……」

「ぜひ、お願いします」


 わたしのわがままだけで公爵様の取り決めを撤廃することはできない。

 ケネス様の本当のお気持ちを公爵様に届ける必要がある。だから、最後の一手を打つことした。


「あの教会でわたしたちの結婚式を挙げたいです」

「絶対に残す。そして、改修させる」

「本当ですか⁉︎」

「もちろんだ。ウィリアンヌが俺たちの未来を願い、二人の気持ちを通じ合わせた思い出の地だからね」

「ありがとうございます、ケネス様!」


 それから更に数ヶ月。

 無事に教会の改修作業は終わった。


 教会と呼ぶに相応しい神聖な外観と、神父様を招いて礼拝まで行えるようになった内観。

 今日、わたしたちは新しくなった教会で式を挙げる。


「とても綺麗だ、ウィリアンヌ」

「ケネス様もいつになく素敵です」


 純白のドレスを身に纏い、女神像と神父様の前でわたしたちは永遠の愛を誓い合った。


「これから先もウィリアンヌの心を想いやり、円満な家庭を築き、守ることを誓います」

「敬愛するケネス様に寄り添い、良き妻として円満な生活を営むよう努力することを誓います」


 そして、わたしたちは多くの来賓たちの前で誓いの口付けを交わした。



◇◆◇◆◇◆



「ケネス様、明日は伯爵夫人とお出かけの予定ですが、夕刻までには戻ります」

「迎えは?」

「平気ですわ。セラもいますから」

「無理はするな。俺は朝から昼頃まで視察で屋敷を空ける。夕食しか共にできないことを許してくれ」

「許すだなんて。夕食、楽しみにしていますね」

「あぁ」


 わたしたちは、いつどこに誰と行くのか、何時頃に帰宅するのか。そういった子供が親に行うような報告をするようになった。

 事細かな内容の報告はしないが、楽しかった出来事や辛かったことは共有して一人で溜め込まないようにしている。


 今の所、あの魔法具ラジオの出番はない。

 わたしの部屋のナイトテーブルの上で調度品の一つとしての役目を果たしてくれている。


 そんなある日、またしても義妹は突然やってきた。

 わたしがロッキングチェアに揺られながら午後のティータイムを楽しんでいた時だ。


「アンねぇ様! 緊急事態ですわ!」

「まぁ、ルティ様。お久しぶりですね。ご息災で何よりです」

「そんな丁寧な挨拶は後ですわ。あの魔法具を貸してくださいまし!」

「どうしました? 穏やかな話ではなさそうですが」


 息を切らすルティ様に深呼吸を促し、淹れたばかりの紅茶を勧めるとティーカップを鷲掴みにして適温の紅茶を一気飲みされた。


 ルティ様は猫舌とは縁遠い方なので驚きはしない。

 この屋敷では常識のことだけど、最近になって雇ったわたしの専属メイドは顔を真っ青にしているから後でフォローしておかないといけないわね。

 少し前に「会っても驚かないでね」とは伝えておいたけど、やはり目の前で紅茶をがぶ飲みする王太子妃の姿は衝撃的でしょう。


 まったく、王太子の婚約者から妃になってもこの人は変わらないのよね。


「美味しいですわ! それで、アレはどこですの⁉︎」

「まだお貸しするとは言っていませんよ。まずは事情の説明をなさってください」

「もう! イザーク殿下のことです!」

「でしょうね」

「殿下が娘を欲しいと言い始めましたの! 突然! お世継ぎが最優先させるべきなのにですわよ!」

「まぁ、それは不思議ですわね」

「もしかして、他の女が既に男児をはらんでいるのかも!」


 わたしは顎に手を当て少しばかり思案してからルティ様の発言を否定した。


「殿下が側室を持つこと自体は不思議なことではありません。ですが、ないと思いますよ。先日、お忍びで我が家を訪れられた際、わたしにも『メルティアによく似た娘が欲しい』とおっしゃっていましたから」

「そ、そうなのですか⁉︎」

「はい」

「アンねぇ様。それは、アンねぇ様のお腹の子が娘だからではありませんか? イザーク殿下は影響を受けたのかも!」

「違いますよ。我が国を守護する神様が女神様だからではないかと。愛国心からくるものではないかしら」

「では、わたくしは最低でも二人の子の母になる必要があるということですわね!」


 俄然やる気を出したルティ様は、わたしのお腹を撫でてから「今夜、決めますわ!」と淑女にあるまじき発言をされて扉へと向かわれた。


「ルティ様」

「なんですの?」

魔法具ラジオに頼るのではなく、ちゃんと殿下とお話しなさってくださいね」

「えぇ! 話し合った上で男児も女児もみごもってみせますわ!」

「頑張ってくださいませ」


 やはり彼女は嵐のような人だ。

 王太子妃になってからもその勢いは変わらない。


 夜になり、ケネス様がご帰宅されるとすぐに駆けつけてくださった。


「ウィリアンヌ。昼間にメルティアが来たと聞いたが体調に変わりはないか?」

「おかえりなさいませ。特段、変化はありませんが、強いて言うならお腹の中から蹴り返してくる頻度が多いくらいです」

「おぉ! 娘なのに活発な子だ」

「まだ確定したわけではありませんよ」

「きっとウィリアンヌに似て美しく、聡明な子に違いないさ」

「それでは、ケネス様を取られてしまいますね」

「まさか。俺は死ぬまでウィリアンヌ一筋だよ」

「その言葉、お忘れなきように」


 ケネス様の整ったお顔が近づき、わたしは静かに瞳を閉じた。


「愛しているよ、ウィリアンヌ」

「わたしも愛しています。ずっと離れません」

「離してくれと懇願されても離すつもりはないよ」


 ふわりと優しく抱きしめられる。


 言葉も必要だけど、こういう言葉以外での愛情表現もやはり大切で、より相手を愛おしく想える。

 だから、わたしたちはありとあらゆる手段を講じて気持ちを伝えるの。魔法具ラジオに頼ることなく、お互いを理解するために――




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

傷物令嬢は婚約者の気持ちを教えてくれる不思議アイテムで溺愛されていることを知る 桜枕 @sakuramakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ