第37話 過去と未来の公爵夫人

 教会に隣接するように立てられた古びた小屋。

骨董屋アンティークショップ』という看板が立て掛けられている店の前に立ち止まったわたしの隣で、ケネス様はまたもため息をつかれた。


「教会は教会ぜんとしていたが、こちらはおもむきのある店だな」

「床はけっこう軋みます。ケネス様のお体を支えられるかどうか」

「怖いことを言ってくれるな。いや、それよりも恐ろしいことを言ってもいいか?」

「どうぞ」


 小首を傾げながら促すとケネス様は眉を寄せて告げられた。


「ここに店はない。公爵領に出店している店は全て把握しているが、こんな場所にはないんだ。かつて、あったという記録も残っていない」

「……それは、つまり、どういうことですか?」

「俺たちは騙されている。魔法にかかっているのか、はたまた別世界に飛ばされたのか」


 ケネス様は夢小説の類いを読書されるようになってから思考がファンタジー寄りになっているのかもしれないわ。

 以前なら問答無用で切り掛かり、幻惑を見破ろうとされたに違いない。


「十中八九、魔法でしょうね。さっきの教会もわたしたちが去った後の姿は無惨なものでした。何かの魔法が作用しているのは間違いないかと」


 わたしは魔力を持たないけれど、ケネス様でも感知できないのかしら。

 そのまま質問するとケネス様は困ったように眉をひそめられた。


「それが困ったことに魔法を感じないんだ。魔法ではない力なのか、魔法の残滓ざんしを完璧に隠蔽されているのか。とにかく、俺なんかでは太刀打ちできない相手がいるということだけは分かった」


 この先にいるのは、わたしに不思議アイテムを売ってくれた老婆だけ。

 あの人がそんなにすごい人とは思えないけれど、用心するに越したことはないでしょう。


 前回と違ってケネス様の先導で薄暗い店内に足を踏み入れる。

 やはり奇妙な雰囲気の漂う店内は一歩進む度に床が軋み、埃が舞い上がった。

 入り口からすぐの所にある、朽ちた横長のテーブルに所狭しと見たこともない品が置かれているのは前回と一緒だ。


「あの時と同じです。あのカウンターの奥に人が……」


 と、言ったところで影が動き、体が跳ねた。

 いると分かっていても飛び上がってしまうほど、恐怖してしまうのだ。


「いらっしゃいいませ」


 腰の曲がった老婆がしわがれた声で挨拶してくれた。


「……ど、どうも。先日、こちらを売っていただいた者です」

「私の商品はお嬢様に必要な物だったでしょうか」

「えぇ。とても」


 わたしを庇うケネス様の背後から姿を見せて、魔法具ラジオをカウンターの上に置く。

 老婆は窪んだ瞳でそれを見つめ、わたしとケネス様を交互に見上げた。


「今のわたしには必要ありませんのでお返しします」

「喧嘩しそうになっているのに?」

「っ⁉︎」


 まさかの返答にまたしても肩が震える。

 さっきとは違った恐怖を感じているのが分かる。

 どうして、わたしたちが教会で険悪な雰囲気になりそうになったことを知っているのか。


「まだ、セキララジオが必要なのではありませんか?」

「セキララジオ……」


 顔を覆う白髪の下でにんまりと口角が上がったのが分かった。


「私が作った魔法具の名ですよ、お嬢様」

「やはり、コレは魔法具なのですね!」

「ウィリアンヌ、離れろ。この老人からは異様な魔力の流動を感じる。並の魔法使いじゃない」


 ケネス様によって店の入り口の方へと押しやられたが、わたしはケネス様の腕から逃れるように体を捻って老婆へと告げた。


「どうしてコレを作ったのですか⁉︎ どうして、コレをわたしに売ってくださったのですか⁉︎」

「お嬢様は魔法具の生成方法ではなく、理由を知りたがるのですね」


 わたしに魔力はないから魔法具の作り方を知ったところで実践はできない。

 それよりも、どうしてわたしの手に渡ったのかが知りたかった。


「お嬢様が私と同じだからですよ」

「わたしが、あなたと同じ?」


 途端に薄暗い店内に明かりが灯り、まばゆい光に視界を奪われた。

 片手でわたしの肩を抱きながら顔を守るケネス様にしがみつく。

 次に目を開けるとそこに老婆の姿はなかった。


 カウンターに座って頬杖をつきながら、わたしたちを見つめているのは美しい女性だったのだ。


「何者だ! さっきの老婆をどこへやった!」

「私、私。私がそのお婆ちゃん」


 自分の顔を指さしながらケラケラ笑う女性に戸惑うわたしたちは顔を見合わせた。


「私も嫁入りの時に旦那様の気持ちが分からなくて困ったから魔法に頼ることにしたの。でも魔力を食うでしょ? だからいっそのこと、自分に都合の良い魔法具を作っちゃおうと思って」

「そんな動機で簡単に魔法具を作れるものなのですか……?」

「私は特別、魔法の扱いが上手だったみたいよ。だからじゃないかな」


 魔法が一般的ではなくなった今の時代からは考えられない次元の話にケネス様も困惑されていた。


「それが作った理由。あなたに授けたのは、あなたと私が似た境遇だったから。あとは教会で祈ってくれたから」

「そんな理由で?」

「大切なことじゃない。公爵家の未来をになうご令嬢の手助けをするのは、ご先祖様として当然でしょ」

「ご先祖様?」


 ケネス様の問いかけに元老婆が自分を指さしながら微笑む。


「ご先祖様。私、グエル様の妻だから」

「グエル⁉︎ ユミゴール家で一番の偏屈とされるお祖父様ではないか!」

「やっぱり今でもそう伝わっているのね。グエル様には散々な目に遭わされたから、コレが役に立ったのよ。一歩間違えれば、私は公爵家から逃げ出していたかもしれないわね。あ、でも、魔法具を作れたから私は離縁せず、子供たちと一緒にグエル様を看取ることができたのよ」


 その流し目はあまりにも妖艶で、女性のわたしでも心を奪われてしまいそうになる。


「私が魔法具を作っていなければ、あなたも生まれてしなかったかも。つまり、そちらのご令嬢と出会ってもいない。彼女は別の誰かと結婚していたかもね」


 ケネス様は露骨に嫌な顔をされた。

 さすがは何代も前のお祖母様というべきか。ユミゴール家の男の扱いを熟知されておられる。


「だから、セキララジオはあなたにあげるわ。婚約者との関係性構築以外でも使っちゃったし、王族からの公爵家の評価も上げちゃったからなくなると困るでしょ?」

「うぐっ」


 痛いところを突いてくる。

 あの夜会の席でわたしがイザーク殿下から評価されていると噂が流れて以来、周囲の公爵家を見る目も変わったとか。


 魔法具ラジオがあれば、問題発生時には時間をかけてでも解決することができる。

 ただ、ズルしているわけだから魔法具の存在が明るみになれば、公爵家の評価は地に落ちる可能性だってある。これは賭けだ。


「だから、お守り代わりに持っておきなさい。未来の公爵夫人としてやるべきことも見えてくるはずよ」

「……はい」


 カウンターに置いたままの魔法具ラジオがわたしの方へ向けられ、恐る恐るそれを手に取った。


「あの、ありがとうございました。わたし、コレに頼らなくていいような立派な淑女になります」

「どういたしまして。頑張ってね」


 満足そうな笑みはまばゆい光に包まれ、次に目を開けるとそこには何もなくなっていた。

 わたしとケネス様は教会の隣にある空き地に立っていて、老婆どころか骨董屋アンティークショップすらも存在しない。


 しかし、わたしの手にはしっかりと魔法具ラジオが握られていた。


「グエル様の奥様について調べたいのですが」

「俺もそう言おうと思っていたところだ」


 わたしたちは狐につままれたような顔で教会を後にした。

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