第36話 教会

 翌日、魔法具ラジオを持ったわたしとケネス様は早速、公爵邸からしばらく歩いた場所に建てられている教会へと向かった。


 かつては満開の花が花壇の中で咲き乱れていたのだろうが今で面影もない。

 伸び切ったつるが教会の外壁に巻き付き、見方によっては汚らしくも、神秘的にも見える。


「わたしが訪れた教会はここで間違いありません」

「俺が言っているのもここだ」


 顔を見合わせて古びた扉を開ける。

 ギィィィと嫌な音を立てて開いた扉をくぐったケネス様は息を呑まれた。


「そんなまさか。俺が一人で来た時はもっと朽ちていたのに」


 今はわたしが見ている景色とケネス様が見ている景色は同じのようだ。

 教会のあちこちに花が生けられ、古びてはいるが手入れされているように見える。


 教会の外と中は印象が全く異なり、内側にいると外から小鳥のさえずりが聞こえてきそうな静かで幻想的な空間だった。


「公爵邸に来てすぐこの女神様の像の前で祈りました」

「何を祈ったのか聞いても構わないか?」

「……恥ずかしいので内緒です」

「どうして。俺は隠さずに話しているのに」


 嫌な直感が脳裏をよぎる。


 ケネス様のおっしゃっていることは正しい。

 わたしはケネス様には胸中を語れ、とお願いしておきながら自分の胸中を隠そうとした。これは不公平だ。


 二人の間に不穏な空気が漂い始める。

 せっかく気持ちを通じ合えるようになったのに。

 魔法具ラジオの関係ないところで二人の間に溝ができるなんて絶対にあってはいけないのに。


 早く言わないとーーッ!


 頭では分かっていても体が動かない。

 しかし、その時ソレはわたしを助けてくれた。


『どうか、ケネス様との結婚生活が静かな水面みなものように波乱なく営めますように。旦那様を支えられる、よい妻になれますように』


 夜中でもないのに話し始めた魔法具ラジオ

 わたしの手の中では確かにわたしの声で、かつてこの教会で祈った内容が紡がれた。


「すまん。熱くなってしまった」

「いえ、わたしの方こそ申し訳ありません。……当初はさっきのような事を考えていました。ケネス様との衝突のない何も起こらない日々を送って、子供を産み、育て、天に旅立つことを理想としていたしました」


 目尻が熱くなりながらも続ける。


「ですが、今は違います。先ほどのようなケネス様の御心を真摯に受け止め、わたしの意見を言えるようになりたいと思います。まだまだ、わたしには修練が足りません。どうしても、コレを持っていると甘えてしまって」


 魔法具ラジオは何も言ってくれない。

 ただ、わたしの気持ちを吐露するきっかけを作ってくれただけだ。


「これからもなるべく自分の気持ちは話す。だけど、隠しておいた方がいいこともあるだろう? 例えば、今みたいな」

「はい。そう思います」

「そうしよう。夫婦だからと言って全てを曝け出す必要はないのだから」

「は、はい。……ふ、夫婦?」


 突然、しゃがみ込んだケネス様に驚き、目を丸くしたわたしの前に突き出された小箱。


 教会の天窓から差し込む光に照らされたケネス様は神々しく、そんなお方に片膝をつかせる自分は何様なんだと思ってしまった。


「え、ちょっと、ケネス様⁉︎」

「正式に結婚して欲しい。婚約者ではなく、俺の妻になってくれないか」


 そう言って持ち上げられた小箱の中にはキラキラ輝く宝石が嵌め込まれた指輪がそっと置かれていた。


「これって」

「ウィリアンヌがメルティアから贈られたダイヤモンドだよ。この前、預かった物を宝石に加工し、指輪に仕立ててもらった。ウィリアンヌに似合うようにオーダーしたんだ」


 確かにわたしはルティ様からの感謝の品であるダイヤモンドをケネス様に預けたが、まさか指輪になって返ってくるとは想像していなかった。

 しかも、いわゆるエンゲージリングと呼ばれるものだ。これを拒否する理由が今のわたしにはない。


「はい。わたしをケネス様の妻にしてください」


 ケネス様は小さくガッツポーズすると、立ち上がり、わたしを強く抱きしめた。

 わたしも当然、ケネス様を抱きしめ返す。

 すると、ケネス様はじっとわたしを見つめ、顔を近づけられた。


 お互いの吐息がかかる距離。

 吸い込まれそうなケネス様の紺碧の瞳の中にわたしが写っていた。


 瞳を閉じる。

 思考はしていなかった。本能がそうするのが正しいと告げていた。


 次の瞬間、唇に柔らかい感触が触れる。

 薄くまぶたを開けるまでもなく、ケネス様の唇だ。


 数秒にも満たない口付けを終え、ケネス様のお顔が離れていく。

 瞳を開けると耳まで真っ赤にしたケネス様と目が合った。


「……行こうか」

「はい」


 きっと、わたしの頬もピンク色を超えて真っ赤だと思う。

 ものすごく顔が熱い。


 本当は手のひらで頬の熱を冷ましたいけれど、片手で魔法具ラジオを持ち、片手はケネス様と繋いでいるから出来なかった。


 わたしはケネス様との良好な関係を願ったこの教会で願いを叶え、これまでと違って二人並んで歩く。

 ふと、振り向くと教会は見たこともないくらい朽ち果て、とてもではないが足を踏み入れようとは思えない外観へと様変わりしていた。


「……これがケネス様の見ていた景色? まるで魔法に魅せられていたみたいだわ」

「ん?」

「わたしにもケネス様と同じ景色が見えたようです」


 わたしは前だけを見て、教会に隣接する骨董屋アンティークショップへと向かった。

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