クラスメイト編

第十九話根暗な秀才

あれから8日経った。


授業も始まり、いよいよ学生生活スタートといった感じだ。

主な内容としては、数学や魔術、剣術、そして語学などだ。いったい貴族が魔術や剣術を学んで何になるのかと思うかもしれないが、この国の貴族社会ではそれが一つのステータスになるそうだ。

他にも上級生になるにつれて経済や政治についても学ぶようで、やることは無限大だ。


そして俺にも新しい友人ができた。

フッフッフッ……以外かな諸君?俺もいつまでも教室の隅で燻っているだけではないということだよ!


そんな友人の名前はベレト・ダウナ。剣術の授業で進行形でザックにボコされている彼だ。


「あぅ……いてて……」


ベレトがザックの一撃をもらい、尻もちをつく。


「大丈夫かい?」


そんな彼にザックが手を差し伸ばし、ベレトがその手を取る。あぁ、美しき青春の一ページかな。


ベレトは貧弱そうな見た目通りに剣術や、体を使うこと全般が苦手なようだった。

多分俺の妹と喧嘩しても負けるんじゃないか、くらいだ。


しかし、魔法陣の知識や技術においては他の追随を許さないレベルだ。

俺もノアから魔法陣については教わっていたので、一度話してみたら、その知識の深さに驚かされた。

暇な時はずっと研究をしているし、熱心で勤勉だ。


だが、そんな彼と仲良くなるのにも実は紆余曲折あったのだ。そう、あれは5日前のことだった……


_______


「そしてこの文法をここで使うわけです」


4限目の語学の授業の時間、そろそろお腹が減ってくる頃。俺たちは獣族語を勉強している。

前世では英語の授業が得意ではなかったため、こういった授業はどうしても苦手意識が出てしまう。

でも独学で人族語を覚えれたのだ。それと比べればどうってことはないと考えよう。


それにしてもお腹がすいた。寝坊しそうになって朝食べ損ねたせいで空腹で倒れそうだ。

俺がそんなことを考えていると、どこからかお腹の鳴る音がした。

クラスメイトの誰かも俺の意見に同意してくれているようだ。


この学校の飯は美味しいからな。体は嫌でも正直になってしまうのだ。

ロザリアよ、分かるぞその気持ち。お腹の音の一つや二つなるってもんだ。

顔を赤くして照れなくても大丈夫だぞ。


「ではアイデール君、この分の意味を言ってみてください」


先生から指名をされる。

しかし、俺は昼ごはんのことを考えていて授業を何も聞いていなかった。

えーと、あれの意味は……まずいまずい!分からないぞ!


「『私はお腹が空いた』だよ」


ザックが小声で教えてくれた。なんともタイムリーだな。


「私はお腹が空いた。です」


「はい、正解です」


「助かった……ありがとうザック」


「フフ、いいとも。ただ授業はちゃんと聞いた方がいいよ?」


「う……すまん」


ザックはこんな風に俺がミスをしても上手くフォローをしてくれる。

そのうち俺はこいつに足を向けて寝れなくなると思う。


そんなこんなで授業が終わり、昼休みの時間になった。

俺たちは昼飯を食べるべく、食堂にいた。


食堂は男と女の寮塔の間にある塔にあり、生徒たちは皆そこで食事を行う。

混雑しないように俺たちの今いる2階が1から3年生までの下級生用、3階が4から6年生までの上級生用となっている。7年生だけは別で4階が丸々与えられている。


食堂はいわゆる食券制で、メニューにある食べたいものを紙に書いて注文する感じだ。

ちなみに全部タダだ。恐らくその分を学費やらなんやらで取っているのだろうが、俺の場合はそれも免除なので本当にタダだ。ノアに感謝だな。


俺たちは食べたいものを注文し、出てきた物を持って空いている席に座った。

俺の本日のランチはパイの中に肉とかが入っている、前世で言うミートパイ的なものに、あったかい野菜のスープだ。


初めて食べてみるのだが、なかなか美味しそうだ。

ザックは特に食べたいものが無かったそうで、俺と同じものを頼んでいた。

俺から見ればどれも新鮮で食べてみたいと思うのだがなぁ……


まぁいいか。いざ実食!

俺はまずミートパイ的なものから口にする。

……うん、美味しい!

食感はサクサクしていて楽しいし、それでいてジューシーだ。

味付けもちょうどよくて食べやすい。

そしてスープを飲むと体の芯まで暖かくなるような感じがした。

初めてここの料理を食べたときはこれが上流階級の食事か……と思ったものだ。

ここの料理は前世も含めた俺の食事で2番目に美味しいと断言できる。

1番はもちろんエレナの温かい家庭の味だ。

あぁ、あの味が恋しいな……みんな元気してるかな……

俺はちょっとホームシックな気持ちになりながら、料理を完食した。


「ふぅ~食った食った。美味しかったなー」


「ギルは美味しそうに食べるからね。僕もいつもより美味しく感じるよ」


「そりゃよかった」


俺たちは食事を終えると、食堂から出て次の授業の準備をするために教室へと向かっていた。


「ごめん、少しお手洗いに行ってくるよ。先に行っててほしい」


その途中でザックがそう言ってきた。先に行かせるということは大きい方だろうか。


「りょーかい」


俺は返事をすると、一人で教室に向かった。気張れよ、マイフレンド。

ちなみにこの学校はトイレも超綺麗だ。現代日本のトイレと比べても劣ることはないだろう。なんならよく分からない人の彫像まで置いてあるくらいだ。トイレに置かれるというのもモデルになった人はどう思うのだろうか。これが小便小僧だったら関連性もあって分からないこともないのだが。


いや……トイレで小便を垂れ流している像があるというのも嫌だな。

やはりシンプルイズベストということだな。


……っと、そんなことを考えていたらもう教室に着いたぞ。

ん?なんか聞えるな?誰かいるのか?


教室からは女の声と男の声がした。

授業が始まるまでまだ時間はあるし誰もいないと思っていたのだが、誰かいるようだ。

熱心なことではないか。感心感心。


俺はそう思って扉を開けた。しかし、その先には感心とは真反対の光景があった。

いじめだった。

教室にはクレアスフィール・メルヘルとベレト・ダウナがいて、クレアスフィールがベレトをいじめていた。

そして、どこからか前世で俺をいじめていたやつの声も聞こえてくる。

俺はこの現場を過去と重ねてしまっていた。



「あんた毎日一人でぶつぶつこんな物書いてて気持ち悪いのよ!」


『おい豚ぁ!!腹立つから喋るなって言ってんだろ!!』


「や、やめてください!」


『しゃ、喋るくらい……いいじゃないか』


「うるさいわね!子爵家のくせに口答えする気!?あーもう!最近はザック様もあの平民のせいで構ってくれないし、イライラすることばっかりだわ!」


『口答えすんのか?あぁん?』


「罰としてこうしてやるわ!」


『躾の悪い豚には調教してやらねぇとなぁ!!』


クレアスフィールはベレトの机の上に置いてあった魔法陣の研究の書類と思わしきものをおもむろに掴むと、ビリビリに破いた。


「そんな……」


バラバラの紙片が宙を舞い、ベレトの力のない声が教室に広がった。

その声で俺は我に返る。

いじめの光景を前にトラウマで固まってしまっていた。

ベレト君を助けよう。俺は全いじめられっ子の味方だ。


「おいやめろ!」


俺はベレトとクレアスフィールの間に飛び込み、両手を広げベレトを庇うポーズをとった。


「なによあんた!邪魔しないでくれる!?」


「いいや邪魔するね。俺は弱い者いじめは許せないんだ」


俺がそう言い返すとクレアスフィールはますます激高した。


「ザック様のお気に入りだっていうから見逃してあげてたのに、平民ごときが調子に乗るんじゃないわよ!!だいたいザック様は私の……」


その時、後ろの方で教室の扉がガチャリと開く音がした。


「どうしたんだい?仲良くなって騒ぐのはいいと思うけど、廊下の方まで声が漏れていたよ」


「クレアどうした?えらく興奮しているようだが」


教室に入ってきたのはザックとロザリア・ウィネスだった。大声を出したせいか、廊下にまで声が漏れていたようだが、二人とも会話の内容までは聞えていないようだった。


「ザックさ……もういいわ!ロザリア!来て!」


「ちょ、クレアいったいなんだ!?」


ザックが登場したことでやりずらくなったのか、クレアスフィールはロザリアを引っ張るようにして去って行った。

最後に俺とベレトを一睨みしてな。ベレトはそれで「ㇶッ……」と怖がっていた。可哀想に、これはトラウマかもな。


「大丈夫?」


「ふ、ふひっ……あ、ありがとう」


幸い暴力は無かったようで、ベレトの身体に怪我などはない様子だった。問題はメンタルの方だな。まだ怯えた目をしている。


「いったい何があったんだい?」


俺は不思議そうに聞くザックにこの教室で何があったかを詳しく話した。


「……そっか、そんなことが……。ダウナ君大丈夫?」


「は、はい!大丈夫です!」


ザックに話しかけられたベレトはカチコチに固まっていた。

先ほどまでの沈んだ表情はどこへやらって感じだ。

しかし今度は反対にザックの方が浮かない顔をしていた。便秘だったんだろうか。


「ザックどうしたんだ?」


「え!?そ、そうかな?」


俺がそう聞くと、ザックはハッとした後に慌てた様子で答えた。

おかしい。なんだか歯切れが悪い。

いつものザックからは考えられないような感じだ。

これはなにかあるな。


俺がそのままザックをジトっとした目で見ていると、音を上げたようで


「う、分かったよ……分かったからそんな目で見ないでくれギル」


と言って驚きのことを語りだした。


「はぁ……まあ隠すようなことでも無いしね。さっきのダウナ君をいじめていた女子生徒がいただろう?彼女、クレアスフィールは僕の許嫁なんだ」


僕の許嫁なんだ。この言葉が俺の頭の中に響き渡って、こだまのように何度も繰り返された。


許嫁。つまりこいつはこの年にして一生彼女無し、童貞の悲しい人生の可能性が無いということだ。なんて野郎だろうか。全国の魔法使い達よ、今こそ立ち上がろうではないか。


「これは最近決まったことでね。知っている人はごく少数なんだ。決まったと言っても親同士が勝手に決めただけだけど……僕の許嫁がすまないねダウナ君。」


なるほど。いわゆる政略結婚という奴か。望まない相手と結婚というのは嫌だろう。しかも他人をいじめるやつとなればなおさらだ。杖を下ろしたまえ諸君。君たちの立ち上がる時は今ではないようだ。


「い、いえ!アイザック様が僕なんかに謝らないでください!」


「いや、許嫁のしたことは僕の責任でもある。君が望むならどんな処罰でも受けよう」


「そんなぁ……」


ベレトはザックの言葉に困っているようだった。たしかに一国の王子に対して処罰だとかを求める勇気のあるやつは、なかなかいないかもしれない。

そもそもベレトが他者を断罪するようなタイプには見えないしな。このままではらちが明かなそうだ。


どれ、ここはひとつ助け舟を出すとしようか。


「じゃあこうしない?ザックは今回の件の責任を取って、ベレト君がクレアスフィールに危害を加えられないように守るっていうのは」


「ギル、それは罰では……」


「そ、そうしましょう!いや、させてください!」


俺の提案にベレトはザックの言葉を遮って食いついてきた。普段からは想像できない勢いだ。


「……はぁ。ダウナ君がそれでもいいなら僕も構わないよ」


ザックもため息をつきながらも承諾した。


「それじゃ決まりだな。これからよろしくベレト!」


「よろしく」


「よ、よろしく。ふひっ……と、友達……ふひっ……」


「お、おう」


ベレト笑い方ちょっと怖いんだよな……まぁすぐ慣れるだろ。


「というかザックが直接注意するのじゃダメなのか?」


「うーん」


俺の提案にザックは少し考え込むようなそぶりを見せた。


「それは悪手だろうね。彼女はプライドが高いから僕から注意すると逆上して何をするか分からない。止めておいた方がいいよ。さすがに僕がいたら手は出さないだろうから、当面は僕たちが守って何か策を練ろう」


なるほど。ヒステリックになって刃物でも持ち出したら大変だ。それくらいは対処できるつもりだが、そういったことを起こさないに越したことはない。ザックらしいスマートなやり方だ。


「じゃあそういうことでいこうか。ダウナ君次の授業から僕たちの隣に来なよ」


「ひゃ、ひゃい!行かせていただきます!あ、いてて……」


ベレトが急に痛みを訴えた。

何事かと思っていると、どうやら肘のあたりを擦りむいていたようだ。先ほどのクレアスフィールによるものだろう。怪我はないと言っていたが、ホッとした瞬間に気づくとかはよくあることだ。


「大丈夫か?」


小さな傷なので俺の使える治癒魔術でも治すことはできる。どれ、やってやるか。

俺はベレトに治癒魔術を掛けてやろうとしたが、ベレトは急に机の上にあった魔法陣をガサガサとし始めた。


「どれかな……あ、あった」


そしてその魔法陣の書かれた紙を擦りむいたところにあてた。

すると魔法陣が光ったかと思うと、紙の上から魔法陣が消え、ベレトの傷は治っていた。


「……すごいね「治癒」の魔法陣か。これも自分で書いたのかい?」


「は、はい。まだ第二位階までのものしか書けませんが……ふひっ……」


どうやら俺の出る幕はなかったようだ。

今の一連の出来事は「治癒」の魔法陣による治癒魔術の発動だ。


魔法陣は書かれた魔術を魔力を通すことで発動させるものだ。

詠唱のいらないので、便利な技術と思うかもしれないが、特殊な加工をしないと一度で消えてしまう上に、位階が高くなっていくにつれ図式が複雑化し、消えなくする加工も難易度が上がっていく。世界的に見ても第五位階以上の魔法陣にその加工ができるのは数人だと言われている。

つまり大量生産が難しい。そのうえ一度の魔術の行使に使う魔力の量が詠唱をする時より多いので、便利な面だけではないのだ。

しかし魔術の使えない一般人でも使えるので、紙の方の魔法陣は一般にも普及している。


そんな魔法陣をベレトの歳で第二位階のものが書けるというのはすごく驚異的。将来超有望ってやつだ。


俺がベレトに感心していると、教室の扉が開き、ルヴィア・クラネルが入ってきた。彼女は俺たちを一瞥すると、そのままいつもの後ろの席に座った。彼女はいつも一人だ。なんというかとっつきづらいんだよなぁ……


「そろそろ授業の時間だね。僕たちも席に座ろうか」


「そうだな」


「は、はい。友達と授業……ふひっ……」


_______


それから俺たちは一緒にいるというわけだ。

今のところクレアスフィールが何かをしてくる様子はないし、ひとまずは安心だろう。

なにはともあれ、友達2人目だ。リア充生活も夢ではないな。

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ホームレス転生記〜家出少女を拾ったら異世界転生した〜 なんすけ @nansuke

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