第十八話「組分け試験」
「試験を開始します」
あれからザックと二人で会場の教室に駆け込み、息を荒くしながら自分たちの番号の書かれた席に着くと、説明の後すぐに試験が始まった。
試験は筆記と実技の二つに分かれているらしく、中央塔から東に位置する授業塔と呼ばれているここで行われたのは筆記試験の方だった。
実技の方は各塔から中央塔へと延びる通路で仕切られてできた6つのスペースのうち、東側2つを使った外の訓練施設でやるようだ。
組み分けは3つの組に分けられるらしく、下から第二クラス、第一クラスとあった後に『特別生』クラスという感じで分けられる。
基本的には人数が均等になるように組み分けをするようなのだが、特別生クラスだけは一定の水準を設けてそれを満たした生徒のみを入れるらしい。
つまり、特別生クラスがだれもいないなんてこともあり得るってことだ。
そんな厳しい試験だが、特別生になると色々特典があるって話もある。
頑張るしかないな。
俺は配られた問題用紙と向き合う。
問題の内容としては、簡単な計算と魔術に関すること、そしてこの世界の歴史についてだった。
魔術と歴史はノアから教わっていたし、計算に関しては問題外。前世と合わせて40歳オーバーの俺が小学生レベルの問題を間違えたら切腹もんだ。ただ、所々7歳で解くレベルではない問題や、難しい魔術理論が含まれていた。これが特別クラスを選別するための問題なのだろう。
そんなこんなで俺はすらすらと問題を解いていった。
「それまで!回答を回収します!」
試験終了の号令がかかり答案が回収される。
試験官は次の試験の場所の説明をすると部屋を出ていった。
周りの生徒たちも「難しかったー」とか「あの問題分かった?」と喋りながら次々と移動を始めた。
「いやー難しかったね。ギルはどうだった?」
ザックが話しかけてくる。
「んー、多分全問正解」
「本当かい?さすがだね。僕なんて2問ミスしてしまったよ」
それも十分すごいのだが。さすが王族、英才教育の結果だな。
「それより早く次の会場に行こう。またギリギリで行ったら先生に目を付けられるぞ」
「あぁ。そうだね」
俺たちは部屋を出て次の会場に向かう。
「次の試験の話本当か?先輩と戦うってやつ」
その道すがらザックに次の試験の話をする。
「あぁ、本当だとも。王立学校の伝統的な実力試験さ」
次の試験は実技試験。説明によると、五年生とタイマンして実力を測るらしい。
実戦形式で行うため、木製ではあるが好きな武器と魔術を使ってOK。
現代日本の教育現場が見れば顔が真っ青になること間違いなしのこの試験だが、ちゃんと怪我などが無いように対策されているようだ。
具体的に言うと、ダメージを肩代わりしてくれるバッジのような魔道具をつけるそうだ。これは一定のダメージを受けると砕けるため、その時点で試験終了となる。あと、痛覚などの感覚も和らげてくれるらしい。
とんでもないチートアイテムだが、これは王立学校の訓練施設の地下に書かれた再現不可の特殊な魔法陣の上でなければ発動しないため、実戦では何の役にも立たない。
死ぬ危険がないから実戦ほどの緊張感はないが、アランとの特訓の成果を出せる良い機会だ。
そのままザックと話していると、すぐに訓練施設についた。会場は第一訓練施設と第二訓練施設で別れているらしく、俺たちは第一の方だった。
試験会場の訓練施設は前世の世界にもあったコロセウムのような形をしていた。
先生からの説明の後、番号順に順番に試験を行う。
他の試験が終わった生徒や、まだの生徒は思い思いの場所に座って観戦を楽しんでいるという感じだ。
俺達も中段辺りに座り、試験の観戦をする。
が、俺には気になることがあった。
「なぁ、なんか観客席にも上級生が混じってないか?」
観客席には明らかに上級生と思われる生徒が複数混じっていたのだ。
「あれはクラブのスカウトに来ているんじゃないかな。魔術研究クラブや、剣術クラブなんてのがあるらしいし、有力な子を見つけに来ているんだと思うよ」
「へぇー」
なるほど、部活のようなものもあるのか。確かに武術や魔術の腕を見るならこの場が最適だろう。
俺もどこかに入ろうかな。前世ではできなかった青春ストーリーができるかもしれない。
ライバルとの熱い友情、部活内で起こる問題、それを解決し高まる団結力……うん、悪くない。
「そろそろ僕の番かな。行ってくるよ」
「おう、がんばれよ」
ザックは俺の応援に爽やかなスマイルで返事をし、待機所に向かっていった。
俺は試験の観戦に戻る。
見ていて分かったのだが、大体の生徒は魔術は第一位階を使えるかどうか。剣術や他の武術に至っては初級を習得している者がちらほらといった感じだった。
おそらくこれがこの世界の普通なのだろう。俺やアリスがイレギュラーなだけだ。
「次!アイザック・シュレイン・イレネ!」
「ザック様ー!」
「ザック様頑張ってー!!」
会場に女子の黄色い声が飛び交う。ザックはそれに対し笑顔で手を振ってこたえた。
その対応でより一層女子生徒の歓声は高まる。
ケッ、イケメンはいいよな。立ってるだけでちやほやされて。
……まぁいいや。お手並み拝見と行こう。
ザックは剣を構え上級生の男子生徒と向き合う。
「始め!」
開始の合図と共にザックがぶつぶつと詠唱を始める。
普通はこの間に敵が距離を詰めてくるのだが、上級生は動かない。
試験として相手のの全力を見るのだろう。
つまり、ザックが先制攻撃ができるということだ。
今まで上級生側も人を交代しながら試験を行っていたが、大体魔術と武術両方が中級以上といった感じだった。
ザックが他の生徒と同じなら勝ち目はないだろう。
先制攻撃ができるという利点を活かしても無理だ。
もしザックが三位階以上を扱えるなら話は変わってくるが。
しかしザックが使った魔術は土第一位階魔術の『製土』だった。
ザックの手の上に土が作り出される。
この魔術は栄養分の高い土が生成されるが、出てくる土の量が少ないうえに第五位階により多くの土が生成できる魔術があるため、下位互換と化している魔術だ。
しかも敵にダメージを与えるわけではないので戦闘面では好んで使うやつは少ないだろう。どちらかというと農業で使われるものだ。
だがそんな魔術も使い方次第。例えば今ザックがやろうとしていることだ。
「我起こすは駆け抜ける風『微風』!」
手の上にあった土がザックの起こした風に乗って相手の方に飛んでいった。
これに対し上級生はたまらず飛んでくる土から左手で目を守る。
この少しの隙をついてザックが踏み込んだ。
視界を塞いでいる左側へ回り込み、剣の間合いに入るとそのまま剣を大乗から振り下ろす。
あの年で二つの魔術を組み合わせた技を使う発想ができるとは……やるなザック。
ザックの組み立てが完璧にはまり、これは勝負あったかと思われたが、さすが上級生。体を捻り、振り下ろされる剣を受け止めた。
大振りにより体勢の崩れたザックに対し、間髪を入れず横なぎに一閃。
このカウンターをもろに食らったザックは横に吹っ飛んだ。
しかし、すぐに体勢を戻すと観客席まで聞こえる力強い声でもう一度詠唱を始めた。
「我起こすは吹き荒む強風!『風破』!」
第二位階の風魔術も使えるのか。この試験で見るのは初めてだ。
ザックの『風破』は上級生めがけて飛んで行った。
当たればかまいたちのような切り傷ができる魔術だ。あまり食らいたい技ではない。
だが、そんなザックの魔術を上級生はひょいとかわすと、そのままザックに剣を振り下ろした。
そしてその一撃をザックがもらうと、バリン!と音がしてバッジが割れた。
「そこまで!」
試験終了だ。組み立て方は悪くなかったが、それだけでは体格と技術の差は埋められなかったな。だが、剣術も魔術も初級はあるようだし、同年代の中だとかなり優秀なのではないだろうか。
「ザック様ー!?」
「怪我、怪我は大丈夫なの!?」
「あ、見て!立ち上がったわ!!」
「負けていても凛々しいあの姿……素敵……」
また女子生徒が騒ぎ始める。
何かしらあってメチャクチャ不細工になってたりしないだろうか。
俺が男としての敗北感に塗れてしばらく座っていると、ザックが戻ってきた。
女子からの視線のおまけ付きで。
「いやー惜しかったな。あとちょっとだったんだけど」
「おつかれ。でも結構良かったんじゃないか?」
「そうだね、割とベストを尽くしたんだけど……やっぱり上級生は強いよ」
まぁ、年齢も技術も全てが上の相手に善戦できたのだ。試験としては悪くない結果だろう。
「そろそろ君の番じゃないかい?」
「おっそうだな。じゃあ頑張ってくる」
「頑張ってね。僕はここでノアの弟子の実力を見させてもらうよ」
俺はザックと別れ、階段で下に降り、待機所に入った。
待機所には木製の剣や槍、その他多くの武器が置かれていた。
俺はその中から剣を選ぶ。
アランとの特訓の日々が思い出されるな……
「そこまで!」
前の人の試験終了の合図が聞えてきた。そろそろ出番だ。なんだか人前で戦うのって緊張するな……変なところとか無いよな?
俺は慌てて服に埃が付いてないかとか、寝癖が付いてないかとか確認する。
「次!ギル・アイデール!」
そんなことをしていたら出番だ。
俺は深呼吸と共に待機所の扉を開けた。
場内には俺の対戦相手の上級生が既に待機していた。
見るからにめんどくさそうな感じで立っていて、なんだかガラが悪い。
俺は人前に立つ緊張でカチコチになりながらも、所定の位置につく。
「アイデール?どこの貴族?」
「さぁ?聞いたことないな」
がやがやとした周りの声が聞えてくる。
「お前、アイデールっていやぁちょっと前に跡継ぎがどっか行って滅んだ所じゃねぇか。なーんでこんなところにいるんだぁ?」
目の前の先輩が俺にだけ聞えるくらいの声で話しかけてきた。
そいえばアランは元貴族だって言ってたな。もしかしてどこかに行った跡継ぎってアランのことだろうか。エレナとは駆け落ちっぽかったし多分そうなんだろう。
すごいな、こんな場面で親の新情報が知れるなんて思わなかったぞ。
「師匠から推薦をもらいまして、入学させていただけることになりました」
「ふーん。まぁどうでもいいわ。てことはさぁ、お前平民だろ?」
「まぁ……はい」
「ギャハハハハハ!!冗談だろ!?マジで平民かよ!」
上級生は大声で笑い始めた。
「俺さぁ、お前みたいな下級国民がこの学校にいるの我慢できないんだわ。だ・か・らトラウマになってここにいられなくなるくらいボコボコにしてやるぜ。覚悟しろよぉ~?」
目の前の上級生は前世で言うところのDQNだった。
おー怖い。ってか平民ってだけでこんなに言われるのか。これが普通だったらって考えると……いや、やめとこう。一人を見ただけで決めつけてはいけないな。
俺は剣を構える。とりあえず試験に集中だ。
この試験で大事なのは自分の実力を全て見せること。俺はこれだけのことができるぞってことをアピールしておくことが目的だ。
派手にやって特別生クラスへの合格を確実なものとしてやるか。
それに今の会話で俺も少々イラっと来た。ついでに若造にお灸をすえてやるとしよう。
「始め!」
試験開始の合図が会場に響く。
「おい平民野郎。すぐにぶちのめしてお前のメンタルへし折ってやるよ」
DQN先輩はそう挑発してくると、切り込んできた。
なるほど、ここまでテンプレートな奴もいるんだな。
「ではお言葉に甘えて」
まずは軽く無詠唱を見せるところから行こう。
すぐ終わらないように攻撃力のないものかつ、そのまま接近戦に持ち込めるもの……あれだな。
俺は無詠唱で『製土』と『微風』を発動させる。
すると先ほどのザックの試合よろしく簡易的な目くらましの完成だ。
俺の魔術はDQN先輩に目掛けて飛んでいく。
「……!?この野郎いつ詠唱を!?クソッ!見えねえ!」
詠唱無しの魔術に反応が遅れたDQN先輩は俺の目くらましをもろに食らった。
俺はその隙を突いて剣を振るう。しかし流石というべきだろうか、俺の攻撃は間一髪のところでガードされてしまった。
だが、無茶な防御だったのだろう。構えが崩れている。
俺はこの好機を逃さず攻め続ける。
しばらく俺とDQN先輩の剣戟の音だけが会場に鳴っていた。
打ち合ってみて分かったが、DQN先輩は剣術の腕だけで言ったら俺より上だ。
それに体格的な差の問題も相まって、これだけ打ち込んでいるにも関わらず、未だに一撃も有効打と言えるものは入っていない。
口だけではなかったということだな。
しかし、今の状況なら多少の実力差は関係無い。
「しまっ……!!」
防戦一方のままではこんな風につけ入る隙も出てくるからな。
俺はDQN先輩が攻撃を受け流そうとして失敗したところに一発、木剣を叩き込んだ。
「かはっ……!」
俺の剣はメリメリと音を立ててDQN先輩のわき腹に食い込み、そのまま先輩を吹き飛ばした。
「クソが!!お前なんなんだよ!!」
俺の一撃でDQN先輩は一度地面に倒れたが、すぐに剣を支えにして立ち上がる。バッジのおかげで痛覚などはほぼ無いようだな。ならあれも大丈夫だろう。
「安心してください。これを使うためにバッジが壊れないようにしておきましたから」
「は……?」
俺はこの試験のアピールとしてトリを飾る魔術を無詠唱で発動する。
火第六位階魔術『炎槍』
名前の通り、炎の槍を作り出す魔術だ。
これに込める魔力の量を調節することで、槍は特大の大きさとなっていた。
威力は折り紙付き。荒猪くらいなら50匹は一撃で全て仕留められるだろう。あと、素晴らしいことにとても派手だ。男の子的にはこれが一番重要ともいえる。
そんな炎の槍は煌々と燃え盛り、今か今かと発射の時を待っているようだった。
DQN先輩もこれを見てだいぶビビっているようだ。
「ひ、ひぃ!!な、何だよそれ!?」
DQN先輩は尻もちをついてしまい、そのままずるずると後ろに後ずさっていく。
「ちょっとした鞭です。トラウマになってしまったらすいませんね?」
「や、やめ……」
俺はDQN先輩が言い終わる前に『炎槍』を射出する。
『炎槍』は空気を焼きながらDQN先輩に向かって直進し、一瞬で着弾した。
「があああああああああ!!」
『炎槍』をもろに喰らったDQN先輩は断末魔のような叫び声をあげた。
感覚が鈍くなっていてもこれはきついだろう。
会場にDQN先輩の声が響き渡る。それと同時にバリン!と音がしてバッジが割れた。
「そこまで!」
試験が終了した。
俺の『炎槍』はバッジが割れると同時に霧散していって、残ったのはピクピクとたまに動く、気絶したDQN先輩だけだった。
魔術が霧散したのもバッジの効果だろうか。
「ふぅ……こんなもんだな」
とりあえず俺の番は終了だ。他人をバカにしたのだから自業自得とはいえ、先輩には悪いことをしたが、なかなか良い感じのアピールはできただろう。
あとやることは結果を待つことだけ、まぁここまでやれば大丈夫だろうが。
こうして俺の組み分け試験は終了した。
_______
試験の日の翌日。俺とザックは授業塔の入り口に張り出されていた組み分けの紙を眺めていた。
他の生徒も自分の名前を探していて、とてつもない人混みだ。
「くっそー!第二クラスかよー!」
「よかった第一クラスだ!」
「第二クラス……お父様に怒られる……」
そしてその生徒それぞれが試験の結果に一喜一憂していた。
「僕の名前は……っと、あったあった」
ザックの名前は特別生クラスの欄に乗っていた。
まぁ筆記も悪くなかったみたいだし、実技もあれだけできれば当たり前だろう。
そして俺の名前も特別生クラスの欄にあった。
「ギルも特別性クラスか。上級生を倒したんだ、当然と言えば当然だね。ともかく同じクラスになれてよかったよ」
「おう。俺もザックと一緒で安心したよ」
見ず知らずの人ばかりの中で知り合いがいることがどれほど心強いことか。
今のザックはさながら救世主、俺にはそれほど輝いて見えた。
「とりあえず教室まで行こうか。ホームルームもあるみたいだし」
「あ、あぁ」
最初のHR。自己紹介とかやるんだろうか。上手くやれるかな……
俺とザックは人混みをなんか抜け、教室へと向かった。
階段を上り、一つ上の階へと登るとそこは一年生のフロアだ。
俺たちは数ある教室の中から扉の上のプレートに特別生クラスと書かれている教室を見つけ、扉を開けた。
教室の中は前世と似ていて、見慣れた感じのするものだった。
教壇と教卓、まだ何も書かれていない綺麗な黒板。
木製の机が並べられていて、窓から入ってくる光が暖かい。よく眠れそうだ。
席にはすでに6人の生徒が座っていた。
特に席順とかは決まっていないらしく、それぞれ思い思の場所に座っている。
最前列には今にも走り出しそうな感じでそわそわした感じの黄緑髪の少年。
一目見ただけで活発な奴だという印象がつく感じだ。
その一列後ろにはぶつぶつと独り言を言いながら、紙に何かを書き込んでいる少年と少し間隔を開けて二人の少女が座っていた。
ぶつぶつ言っている少年は少し背が小さく、ぼさっとした黒髪をしていた。先ほどの元気そうな少年とは違い、暗そうな感じだ
二人の少女のうちの金髪の少女はどこかむすっとした顔をしていたが、俺たちが教室に入って来たのに気づくと一気に顔を輝かせた。
おいおい……俺にも春が来ちまったか……
いいぜガール、まずは眺めのいいカフェでお茶でもしながら……
「ザック様~!!」
少女は俺ではなくザックに向かって手を振った。
ザックはそれに少し苦笑いをしながら小さく手を振り返した。
……べつに悔しくなんかないんだからねっ!
もう片方の少女は一言で表すと優等生って感じだった。
透き通るような白髪をしていて、キリっとした顔立ちとお手本のような姿勢の座り方は委員長タイプという言葉を表しているようだった。
最後に二人の生徒が列を一つ開けて最後尾の列にいた。
一人は燃えるような赤い髪をした少年。
腕を組んでなぜかザックを睨みつけている。先ほどの少女のようにザックのファンってわけじゃなさそうだ。
そこから間隔を開けて、肩口まで綺麗な水色の髪を垂らしている少女。髪飾りがチャーミングだ。
彼女は机に肘をついてその上に顎を乗せ、足を組んでつまらなそうな顔をして座っていた。
怖い感じの雰囲気というかオーラがその二人から発せられている。
ちょっと苦手なタイプだ。
とりあえずどこかに座ろう。ずっと立ちっぱなしってわけにもいかないしな。
「あそこの列空いてるし座ろうぜ」
「あぁ、いいよ」
俺は空いていた3列目の席にザックと座った。
俺たちが座った直後、教室の扉が開き、先生と思わしき男が入ってきた。特にこれと言って特徴はない普通の教師だ。
「皆さん揃っていますね。ではホームルームを始めます」
ホームルームは先生の挨拶と自己紹介をした後、それぞれ名前と好きなことを言うことになった。
「じゃあ前の席からお願いします」
先生がそう言うと、最前列の活発そうな少年が勢いよく立ち上がった。
「俺の名前はレイ・ファイネス!好きなものはだいたい全部!みんなよろしく!」
レイは親指を立てグッドマークを作り、白い歯がよく見える笑顔でビシッときめた。
正に見た目通り元気一杯、明朗快活といった少年だった。
そんなレイの自己紹介に後ろの二人以外からの拍手がパチパチと鳴った。
レイが座り、何か書いていた少年が立ち上がる。
「べ、ベレト・ダウナです……好きなことは魔法陣の研究です。ふひっ……よろしくお願いします……」
あんまり人前で話すのが得意ではないタイプのようだ。言い終わるとすぐに座ってしまった。
拍手が終わるとザックのファンの方の少女が立った。
「クレアスフィール・メルヘルよ。好きなことは歌うことね。よろしく」
クレアスフィールはペコっとお辞儀をして座った。いかにもお嬢様という感じだ。
次は白髪の少女の番だ。
「ロザリア・ウィネスだ。好きなことは食べ……コホン、剣術だ。よ、よろしく頼む」
ロザリアは耳によく通る声で何かを言いかけたが小さく咳払いして言い直した。ちょっと顔が赤いがどうしたのだろうか。
「ロザリアの剣の腕はすごいんだよ。騎士団団長の娘で千年に一度の逸材とか言われてるんだ」
「そうなのか」
ザックが小声でそう話しかけてきた。
騎士団団長の娘……たしか校長が言っていた人物か。
しかし千年に一度の逸材とはすごいな。ちょっと手合わせを願いたいものだ。
「次は僕からでいいかい?」
「おう」
ロザリアが耳まで赤くした状態で座ると次は俺たちの番になった。
最初にザックが話し、大きな拍手を受けた。7割が前の列から出たものだったが。
次は俺。緊張したが、なんとか無難に済ませる事に成功した。
俺は面白いことも言えないし、こういうのは身の丈に合わせて平凡でいいのだ。
最後の列になったが最初に始めたのは水色髪の少女だった。
「あたしはルヴィア・クラネル。好きなものは特になし。以上」
少女はつっけんどんな口調でそう言うと、すぐに席に座りなおした。
起こった拍手も先生のモノだけで、先ほどまで暖かかった教室の空気は気のせいではなく、確実に冷え冷えとしていた。
なかなか尖った子もいるな。怖いし目を付けられないようにしておこう。
しかし、この自己紹介もまだ前座であったことを俺はすぐに思い知った。
それはザックのことを睨んでいた赤髪の少年によるものだった。
「俺はベリガル王国第三王子ヴァイス・イヴェル・ベリガル。名前だけは教えてやるが、俺は貴様らと慣れあうつもりはない。よく覚えておけ」
ヴァイス王子の他を威圧するようなセンセーショナルな自己紹介で、氷のようだった空気はもはや、肩にのしかかる質量が感じられるほどに重たくなっていた。
これにはさすがの先生も拍手をすることはできず、その重たい空気のままホームルームは終わった。
かくして、俺の学生生活は愉快なクラスメイトと最高の空気で始まりを告げた。
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