第十七話「友達」

「こちらが寮塔です。そこに管理人がいるので、自分の名前を伝えてください。部屋を教えてくれるはずです」


守衛さんが目の前にある部屋を指さしてそう言った。


俺はあれから案内されるままに歩き、寮塔と呼ばれるところまで来た。彼の話によると、中心の塔から南西側に位置する塔と、北西側の塔は寮塔と呼ばれ、男女で分けられているらしい。

俺の今いるところは南西の塔でここは男子寮である。この学校に入学すると、強制的に寮に入れられるらしく、かなりの人数がここに住んでいる。


俺は守衛さんにお礼を告げ別れると、彼が指さした部屋に向かった。

部屋の扉には丁寧に管理人室と記してある。

俺は扉をノックした。すると


「どうぞ~」


と中から声が聞こえてきたので扉を開ける。

部屋の中はTHE事務室といった感じで、机の上にたくさんの書類が積み重なっていた。

管理人の人もTHE寮母さんといった感じで、物腰の柔らかそうなおばさんだった。


「今学期から入寮する、ギル・アイデールです。僕の部屋の場所をお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」


まず校長から教わった作法に則り挨拶をし、それから要件を伝える。これから長い付き合いになるのだ、好印象を心がけよう。


「まぁこれはご丁寧に。私はスぺラ・ダントン。男子寮の管理人をしていて、皆んなからはスぺラおばさんと呼ばれているから、是非そっちで呼んでね。今名簿を探すから、少し待ってね」


そう言うとスぺラさんは机の上の書類を確認し始めた。あれは名簿だったのか。

そうしてしばらくすると、俺の名前を見つけたようで


「はい、2階の25番の部屋の鍵だよ。明日は頑張ってね」


と鍵をくれた。俺はお礼を言って管理人室を出ると、階段を上り2階まで上った。


それにしてもあの人、謎の包容力というか実家のような安心感が出てくる人だったな……

あと、スぺラおばさんの名前もめちゃくちゃしっくりきた。なんでだろうね。


そんなことを考えて部屋を探していると、部屋は割とすぐに見つかった。

25と記されたドアをスぺラおばさんからもらった鍵で開ける。


12畳くらいの部屋の内装は、二段ベッドに少し大きめのテーブルと椅子が二つ、収納ボックス、姿見鏡、クローゼットと解放的な両開き窓が一つといった感じだった。


どれも高そうで、どこからとなく高級感を醸し出していた。

もっとも、これは俺が庶民の感覚だからなのかもしれない。

あんな豪華そうな建物に住んでいるくらいだし、貴族の中には耐えられない!と我儘を言うやつもいるのだろうか。


なにはともあれ、俺は荷物を下ろし、椅子に座り込んで一息つく。これまで約3週間旅続きだったのだ。この幼い体にはかなりつらい。


それにしてもこれからこんな部屋に住めるのか。今はかなりシンプルだが、これから俺好みに改造していこう。さしあたりは本を置くスペースが欲しい。気になる魔導書とかあったら買っておきたいからな。

あ、でも俺お金あんまり持ってないんだよな……学費と一応アラン達から渡された当面の資金と、2か月に一回仕送りがあるらしいが、無駄遣いはできない。


まぁ金策はこれから考えるとして、とりあえずはお湯で旅の汚れを落とそう。なんと驚け、この部屋にはこの世界では高級な物とされる、風呂が備え付けられているのだ。


庶民には縁のないものだが、さすが貴族ご用達学校。久々に浴槽に浸かれる。俺は早速、ウキウキと風呂に入る準備をする。

風呂に入って疲れを癒したら、すぐにあの柔らかそうなベッドにインだ。そして久々のお昼寝と洒落込もう。


しかし、俺はここでこの部屋の違和感に気づく。

……ん?あのベッド二段だよな?そういえば椅子も二つだ。もしかしてこの部屋って……


その時、入り口のドアがガチャリと音を立てて開いた。


「やぁ、はじめまして同居人君」


開いた入り口には少年が立っていた。

明るい茶髪と、緑色の瞳。幼いながらも将来有望が確定な甘いマスク。

端的に言うと、そこにはイケメンがいた。


「僕はアイザック。ザックと呼んでくれ」


「お、おう」


「それで、君は?」


俺は突然現れたイケメンに戸惑った。


しかし、名前を聞かれたことで我を取り戻し、ここが上流階級の学校だということを思い出す。

この学校で大事なのは礼節だ。恐らくここは2人部屋で、このイケメンは同居人。良い関係を築くための一歩は適切に、だ。


「僕の名前は……」


「あぁいいよそういうの。ここには僕たち二人だけだし、僕はそういうのあんまり好きじゃないんだ」


ザックはめんどくさそうにそう言った。

かくして、俺のバルクス校長直伝の挨拶は開始2秒で打ち砕かれたのだった。


「僕は君と友達になりたいんだ。それなのにそんな堅苦しいことやってちゃ変だろう?もっとフランクにいこう」


そういうものなのだろうか。いや、そういうものなのだろう。

確かにフランクな方が接しやすいもんな。四六時中上流階級の礼節なんてものに気を使っていたら疲れるだろうし、そういう面でも頷ける。

俺もそっちの方がありがたいから歓迎だ。今までアラン達に転生のことなどを不審に思われないよう良い子になりきっていて、肩も凝っていたところだ。久々に素で話せるのは良い。


「分かった。俺はギル・アイデール、よろしくザック」


俺はそういうと右手をザックに差し出した。


「……あぁ。よろしく、ギル」


ザックは少し驚いた様子だったが、すぐに俺の手を握ってくれた。

なぜ驚くのだろうか。自分からフランクにいこうといったくせに。

まぁいいや。とりあえず今は風呂だ。俺の体が今すぐに湯に浸からせろと求めている。


「じゃあ俺お風呂入っていい?長旅で疲れてるんだ。あ、荷物運ぶの手伝うか?」


「いや、いいよ。荷物くらい一人で運べるさ」


「そうか」


俺はそう言って入浴をしに向かった。

洗面所で服を脱いで、風呂場に入る。


「……」


言葉が出なかった。

そこには四角い浴槽と、シャワーと蛇口のような魔道具があった。

それはまごうことなき風呂だ。


俺はこの世界に来てから今まで、桶にお湯を溜めてそこに下半身だけ浸かったりとか、お湯で濡らしたタオルで体を拭いたりしてきた。

つまり最後に春花と銭湯に行った以来、約7年ぶりの風呂なのだ。


俺自身ホームレスになってから風呂に入らなかったりなんてことはザラで、特別風呂が好き!ってわけではなかったが、今この光景を見て思った。

俺は風呂が好きなんだ、と。

日本人の血には逆らえないのだ。


蛇口のような魔道具に魔力を込めてみると、お湯が出てきた。なるほど、形から予想はできたが、こんな魔道具もあるんだな。

ってことはもう一つのシャワーみたいなのも一緒か。


俺は蛇口型の魔道具に魔力を集めながら、シャワーで体を綺麗にして浴槽にお湯が張るのを待った。

しばらくしてその時が来た。


俺は意を決し、ドキドキとワクワクに胸を膨らませ、右足から一気に浴槽へと入水。

久々の風呂は暖かく、全身を包み込んでくれるような包容力すら感じた。


「はぁ~」


疲れ切った体から力を抜き、お湯に体を任せていると自然と声が出た。

この浴室は今『かぽ~ん』といった効果音が流れそうな、緩やかな雰囲気が支配していた。


_______


それにしても寮が2人部屋だったとは驚きだ。

校長絶対分かってて黙ってたよな。やはりノアの弟子というべきだろうか。


俺は中身36歳で歳の差があるのだ。一緒に暮らす上で価値観によるすれ違いが起きないように気を付けよう。

いざこざを起こすのはごめんだ。幸い良いやつそうな雰囲気だったし、なんとかなりそうな感じもする。


まぁいいや。確認しなかった俺も悪いし、今日は疲れた。今は何も考えずゆっくりしよう。


そうしてしばらく久々の風呂を楽しんだ俺は、後ろ髪をひかれながらも浴室を後にし、寝巻に着替えて部屋に戻った。

旅の疲れを癒し、リラックスモードの俺。しかし、そんな俺の目に飛び込んできたのは衝撃の光景だった。


「ん?お風呂から上がったのかい?すまないけど片づけるのを手伝ってくれないかな?」


埃一つなかった床は衣類や、物が散乱。シンプルで綺麗だった部屋はどこへやら、そこには汚部屋ができていた。


「こ、これは……?」


「いや、荷ほどきを始めたはいいが、今までメイドたちがやってくれていたからこういうのは初めてで、何をすればいいのか分からなくてね。とりあえず全部出してみようと思ったんだが、気づいたらこうなっていたのさ」


のさじゃないが。


はぁ……いきなり来たか……

しかし、この世界の貴族の子供というのは皆んなこんな感じなのだろうか。まったく先が思いやられる。


この学校が寮制なのはもしかしたらこういった常識を身に着けさせるためなのかもしれないな。

幸いノアで訓練を積んできた俺の敵では無い。パパっとやってしまおう。

それから俺はザックに生活する上での常識的なことを教えながら、部屋を一緒に片付けた。


片付けが終わると、ちょうど腹が減ってきたので、余っていた干し肉とパンで夕食を済ませた。

ザックが珍しそうに見ていたので、ザックの分もあげると、嬉しそうに食べていた。

感想は「しょっぱい」だそうだ。まぁ金持ちの舌には合わないかもしれないな。


夕食を食べ終えると、少し雑談をして早めにベッドに横になった。

俺が下でザックが上だ。

俺は久しぶりの柔らかい寝床に感動しながら、泥のように眠るのだった。


_______


次の日の朝がやってきた。


俺は眠っていたい気持ちを抑えベッドから出ると、顔を洗いに洗面所まで行く。

洗い終わって、部屋まで戻ると、机の上に何かが置いてあった。

なんだろうか。昨日の夜は確かに何もなかったはずだが。


近づいて見てみると、何かが包装されていて、メッセージカードのようなものがその上にあった。

カードには『ギルへ、兄弟子よりプレゼントを』と書いてある。

バルクス校長からだ。いったいなんだろう。てかあの人寝てる間に入ってきたのか?普通に不法侵入だし、あの人がやると見た目も相まってサンタにしか思えないのだが。


包装を解いてみると、中身は服だった。黒と金を基調にした学ランのような服で、それが上下セットで2着入っていた。


これはもしかして制服だろうか?よく考えてみれば、俺ここの制服持ってなかったよな。

普通は入学前にどこかの店で買うものなのだろう。これは校長に感謝しなきゃな。ありがとう兄者……!!


俺はさっそく着替えて、姿見鏡で変じゃないか確認をしてみる。

……うん。なんか着られてるって感じだな。

俺が鏡の前でがっかりしていると、ザックが二段ベッドの上から下りてきた。


「おはようギル、もう制服を着てるのかい?似合っているじゃないか。カッコいいよ」


「え、そ、そうか?似合ってるか?」


「あぁ、とても」


なんだ。俺の思い違いか。やっぱりな、この体は顔も悪くないし、もしかしたら今の俺超イケメンなのでは?


「じゃあ僕も着替えようかな」


しかし、俺に芽生えた少しの自信は制服に着替えたザックを目の当たりにすると、一瞬で消え去った。

この世は残酷だ、不平等だ。イケメンはズルだ。


その後最後の干し肉と、パンで朝飯を済ませると、入学式の会場である中央塔に向かうため部屋を出た。


そのまま歩いて中央塔の前まで行くと、昨日はなかった受付のようなものが設置されていた。

どうやら座る席が決められているようで、その番号が書かれた紙を渡しているようだ。

俺とザックはそれを受け取ると、中央塔の中に入る。


入ってすぐの講堂が会場となっているようで、入り口にはこれまた昨日までは無かった赤いカーペットが引かれていた。

講堂に入ってみると、既にだいぶ生徒が居て、皆んな席に座っていた。サイドには教員が立っている。


「じゃあ僕はここで」


「あぁ」


俺はザックと別れ、自分の席を探す。

え~と、100番……100番……お、ここか。って一番後ろかい。まぁ庶民なんだから当たり前か。

俺は自分の席に座って式の開始を待つ。


しかし、ここは一番後ろだから色々見えるな。

皆んな貴族というだけあって、品のある座り方をしている。

なんだか場違い感がしてくる。

いかん、気持ちで負けるな。俺も品とやらを出してやろう。


それから俺は自分なりに貴族っぽい感じを意識してみたのだが、後ろから入ってきた生徒にクスクスと笑われたので辞めた。

やはり人は身の丈に合ったことをすべきだ。

俺が恥ずかしさに苛まれていると、壇上に中年くらいのちょび髭をはやした小太り気味の男が登壇した。


すると、一気に場の緊張感が高まる。

どうやら始まるようだ。

男はコホンと咳ばらいをすると、壇上に設置されたマイクのような魔道具に向かって喋り始めた。


「今から入学式を開始する。まずは……」


それからの話は学校の歴史や、教育理念についてだった。

正直あまり興味のない話だったうえに、長ったらしく話すものだから、途中から聞き流していた。


「では、ジークムント・バルクス校長先生からお話をいただく。静聴するように」


男の話が終わり、壇上からいなくなると、代わりに校長が登壇した。

バルクス校長は入学おめでとうとか、いわゆる祝辞の言葉を話していたのだが、最後にこう言った。


「私は君たちを革新の世代じゃと思っている。この中には我がイレネ王国の王子、騎士団団長の娘、ベリガル王国王子、聖国の教皇の娘、そして、我が師でもあるノア・ディザリアの弟子がおる」


「ノア・ディザリアの弟子……?」


「まさか……そんな話聞いてないぞ……」


校長がノアの弟子と言うと、教員含め周りがざわつき始めた。


一国の王子様と肩書を並べられたりすると俺はむず痒いのだが。

しかし、一度緩み始めた空気も校長が再び喋りだすと、一気に引き締まる。


「その他にも類稀なる才覚を持った者がこの学年には集まっておる。私は君たちがここで多くのことを学び成長し、協力して世界をより良い方向へと変えてくれることを期待している。以上じゃ」


そんなに凄いやつらが多いのか。英才教育とやらをした結果の賜物とかだろうか。なんであれ何かの能力に秀でている者なら仲良くしておきたい。仲良くなって損はないだろうしな。


校長がそう言って壇上から下りると、代わりにまた先ほどのちょび髭の男がマイクの前に立った。


「続いて、新入生代表の挨拶。アイザック・シュレイン・イレネ第二王子!」


校長の言っていた王子様か。いったいどんな奴なんだろうか。脳内でまだ見ぬ王子様像をイメージしてみる。

爽やかイケメン系ならいいが、チビデブ偉そう系は嫌だな。……いや、爽やかイケメン系もなんだかムカつくな。


お、前に出てきたぞ、どれどれ……って、ん?

皆の視線を一身に集め、壇上に登っていく王子様は、先ほど別れた同居人と同じ明るい茶髪をしている。

マイクの前に立つと、緑色の瞳と俺が将来有望と評した甘いマスクがはっきりと見えた。


「本日は僕たちのためにこのような式を開いていただきありがとうございます」


イレネ王国第二王子アイザック・シュレイン・イレネ。その姿はまぎれもなく、俺と同じ25号室の住人アイザックそのものだった。


お前王子だったんかーーい!!!!!


開いた口が塞がらないとは正にこのことだった。

ずっと口を開けて間抜けな顔をしている俺に顔をしかめている先生もいたが、これは仕方ないだろう。

なんせ急に同居人が王子様だとCOされたのだから。できるものなら今の俺と立場を変わってみてほしい。誰しもがこうなるはずだ。


「我々は将来国の中心として在るべく、熱心に学び、国を代表するものとして責任ある行動を心がけていきます。先生方、どうか暖かいご指導をよろしくお願いします。以上をもちまして、新入生代表の挨拶とさせていただきます」


ハッ!いかん、驚きすぎて内容をほとんど聞き逃してしまった。

あとで感想とか聞かれたらどう答えよう……

てか、それより俺王子様に干し肉とか食わせちゃったけど不敬罪とかにならないだろうか。

うぅ……お腹痛くなってきた。


それから式は在校生の人の挨拶やらをやって終わった。


「以上をもって閉式とする」


俺は緊張でカチコチの体の力を抜いて、少しリラックスする。


なかなか衝撃的な入学式だったな……主に王子様の部分。インパクト強すぎて、最初のちょび髭の人の話思い出せないぞ。


「この後組分け試験を行うので、生徒は会場に移動するように」


そんなことを考えていたら、ちょび髭の人からアナウンスがあった。


それを聞いて、座っていた生徒たちは全員立ち上がり、会場の外へと出ていき始めた。


組み分け試験?なんだそれは。言葉通りに捉えるなら、試験で実力ごとにクラスを分けるということだろうか?


俺知らないことばかりだな……もっとノアとかに詳しく聞いておくんだった。今になってみると校長たちの「明日頑張れ」はこのことだったのか。俺に試験のことを言わなかったということは、それほど知っていて当たり前なんだろう。これは失敗だ、反省しよう。


「おーいギル、なにしてるんだい?早く行こうよ」


ザックが手を振って声をかけてきた。


「あ、あぁ」


俺も移動のために席を立つ。


「僕のスピーチどうだった?」


「じ、実は驚きすぎて最初の方聞いてなかったというか……ほら、ザック……アイザック殿下が王子って知らなかったですし……」


俺がこんな風に話していいのだろうか。きっと貴族たちでも話しかけるのに少し躊躇するのに。

その証拠に周りはざわついていた。


「アイザック様がお友達と話していらっしゃるぞ……」


「というかあの隣の男は誰?」


「私のアイザック様なのに!!」


こういった言葉がひそひそと聞えてくる。

視線が痛い。


「はぁ……」


アイザックが立ち止まってため息をついた。

スピーチを聞いていなかったから怒っているのだろうか?

しまった、正直に言わずにごまかせばよかった。

しかし、アイザックの口から出てきたのは怒りの言葉ではなかった。


「僕には友達がいなかったんだ」


「え?」


急にどうしたのだろうか。友達?なぜこの流れで友達なのだ?

しかも友達がいなかったって、こんなに社交的なのに?

だが、アイザックの雰囲気は真剣で、俺は疑問を投げかけることをやめた。


「こんな立場だからだろうね。僕の周りには物心ついたときから僕に取り入ろうとする人ばかりだった。やっと友達ができたと思ったら、それは『王子』と仲良くしたいだけで僕のことは見ていなかったりってこともあった」


それは王子として生きてきたアイザックの苦悩だった。常にフィルターをかけられて生きる人生の辛さは俺にも想像に難く無い。


「そんな時君を知った。ノア・ディザリアの弟子、ギル・アイデール」


「な、なんでそれを?」


ノアの弟子ということは話していないはずだ。


「校長から聞いたのさ、面白い子がいるってね」


また校長か……

フォッフォッフォッと笑う校長の顔が頭に浮かんだ。あの人は一体何を考えているのだろうか。


「僕も貴族と違う君なら友達になれると思って、同室に手配してもらったんだ。だから君には『王子』ではなく、『アイザック』として接してほしい。もちろん君が嫌なら無理強いはしない」


身分が高すぎるがゆえの孤独か。この年の子供が心を開いて話せる友達がいないってのは辛いだろう。


……それに、一人の寂しさは俺もわかる。春花と出会う前、無気力に毎日を生きていたあの時は寂しくて、心のどこかに穴が開いているようだった。

よし、決めた。


「分かった。改めてよろしく、ザック」


俺としても単純に友達ができるのは嬉しい。なんてったってここに来る前はそれを一番の悩みにしていたしな。

だからザックとは王子とか平民とか忘れて一友達として付き合っていこう。


「よろしく、ギル」


俺たちは互いに手を差し出し、握手を交わした。

ザックはとても嬉しそうな顔で笑っていた。


「何はともあれ、会場に行かないとね。試験時間に遅れてしまう」


気づいたら俺たちのことを遠目から見ていた野次馬は全員いなくなっていた。


「マジか!?急ぐぞザック!」


「ははは、そうだね、急ごうか」


俺たちは『試験会場はこちら』という看板に従って、走り出した。

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