〜学校編〜
第十六話「王都イレネ」
ダナ村から旅立って3週間。
山賊や、モンスターと戦い、山を越え、海を越え……
なんてことはなく、ただただ平凡な旅を終え、俺は王都イレネ付近にまで来た。
「何も……無かったな」
別に何か起こることを期待していたわけではないが、普通はなんかこう……あるだろうイベントが。
モンスターに襲われている美人冒険者を救ったりとかあってもいいだろ。
旅にトラブルはつきものじゃないのか!
しかし、途中で知り合ったおっさんによると、そもそもイレネ王国は旅の途中にトラブルが起こることが少ないという。
その理由としては、国内情勢が安定していて平和なこと、そもそも中央大陸の魔物が弱く、安全な道を行けば襲われないことが要因らしい。
つまり平和な国ってことだな。素晴らしいじゃないか。
「着きましたよー」
御者のおっちゃんが中にいる俺含め数人に声をかける。
それを聞いて皆が順番に馬車を下りていくのに従い、俺も下りる。
「うぉ~~!!」
下りた瞬間俺が見たのは、たくさんの人で溢れ、色々な形の建物が少し雑多な感じで並んでいる街並みだった。
まずは王都のことを聞かなきゃな。学校の場所もわからないし。
俺は御者のおっさんに聞いてみることにした。この旅で結構仲良くなったのだ。
「すいませーん」
「お、なんだ坊主か。どうした?」
「実はですね、かくかくしかじかな訳でして」
「あぁそういうことなのか。いいよ、教えてあげよう」
「ありがとうございます!」
おっさんによると、ここ王都イレネは円状の形をしていて4つの区画に分かれ、それぞれ冒険者区、平民区、貴族区、王城と名前がついている。
まず一番外側に旅人や、冒険者用の区画がある。
俺が今いる場所はここだ。ここには噂の冒険者ギルド本部があるらしい。
どうりで荒っぽそうな人が多いわけだな。王都の人は皆戦闘民族なのかとと思ったぜ。
次に平民用の区画。
ここが一番大きい。市場とかは主にここで開かれているらしい。
その次に貴族用の区画。
華やかな貴族の邸宅が立ち並んでいるとのことだ。
俺の目的地の学校はここにある。
最後に王城。
王族の居住地で、世界一豪華な城と言われている。
一度でいいから行ってみたいもんだ。
それぞれの区画は分厚い壁で区切られているので別の区画に行くときはちゃんと門の兵士に許可をもらうようにと注意された。
以上が王都イレネについてだ。
俺は教えてもらったお礼をしておっさんと別れる。
目的地は貴族区、イレネ王立学校だ!
_______
道行く人に道を尋ねながら歩いていくと、でっかい門の前まで来た。
これがおっさんの言っていた区画を区切る門だろう。
衛兵の人の前で多くの人が列をなして並んでいた。
俺もその列に並ぶ。
順調に列が進み、俺の番まで来た。
入っちゃダメ!とか言われないか心配してドキドキしていたが、荷物検査が行われ、俺が危険な武器などを隠し持っていないと分かるとすんなり通してくれた。
「通ってよし!」
俺は衛兵にぺこりと挨拶して先へ進む。
「えー!?頼むよ!いいだろこんくらい!」
すると後ろの方で声がした。
見ると冒険者風の男が剣を持っていたようで荷物検査に引っかかっていた。
平民区に武器を持ち込ませないのはこの世界なりのテロ対策なのだろうな。
まぁこの世界には魔術というものがあるからあんまり効果はないと思うが、やらないよりはマシってことだろう。
少し進んで門を抜けると、そこには今までいた冒険者区とは違った光景が広がっていた。
冒険者区は少し雑多な感じがしていたが、こちらはなんというか冒険者区より建物に統一感があり、街並みが整っているように感じた。
店もたくさんあり、あらゆるところに人が溢れていて活気が絶えない。まさに王都、この国の中心といった感じだ。
俺も、より取り見取りの飲食店につい足を止めてしまいそうになるが、ここは我慢だ。今の俺の目的地はここではないのだから。
なにやら甘い匂いがするが、いかん……いかんぞ!
_______
「まいどー!」
結局俺は誘惑に負け買い物をしてしまった。
俺の右手に握られているこれは『ブロム』という揚げ菓子らしく、簡単に言えばチュロスそのものだった。
甘くて美味しいイレネ王国の伝統的な揚げ菓子のようだ。
世界が変わっても美味しい物は同じように作り出されるのだ。
あぁ神よ欲望に負けた私をお許しください。私の体はエレナのおやつによって甘いもの無しではいられなくなってしまったのです……
俺はブロム片手に道を歩く。
それにしてもほんとに活気がすごいな。あっちなんか手品してる人いるし。あ、あれよく見ると手品じゃなくて魔術だ。
俺は今まで静かなダナ村にずっといたので、王都の物珍しさに、周りをキョロキョロと見渡していた。
しばらく歩いていると、俺は自分が上京したての田舎者の動きをしているのに気が付いて、恥ずかしくなり、その場をそそくさと離れた。
そうして俺は2つ目の門の前に着いた。
この門の前には冒険者区の門と違い、行列が作られていることはなく、その代わり平民区の門よりも厳重な警備が置かれていた。
兵士の数は何倍にも増え、装備も重装備でなんだか物々しい感じだ。
たまに門をくぐるのもだいたいが馬車で、徒歩の俺は場違い感が半端ない。
正直近づきたくないが、俺は覚悟を決めた男ギル・アイデールだ。
堂々と胸を張って兵士の人に声をかける。
「あの、この中へ入りたいのですが、通ってもよろしいでしょうか?」
「許可証を」
許可証。残念ながらそんなものを持ち合わせている覚えはない。
どうしたもんか。
「許可証もしくはそれに匹敵するものがなければ通すわけにはいきません。無い場合はお引き取りを」
まずい。そもそもこんな警備が厳重なところなのだ。それくらいのものが必要なのは予想しておくべきだった。
「無いようなのでお引き……」
兵士がそう言いかけたとき、俺は推薦状を貰った時にノアに言われていた言葉を思い出した。
『王都で困ったらこれを見せろ。大抵のことは何とかなるぞ、多分』
「あ、あります!ここにほら!」
俺は咄嗟にそういうと、荷物の中からノアの推薦状を取り出して兵士に見せた。
兵士はそれを受け取ると書かれていることを確認し、しばらく硬直した。
「これは……偽物?いや、この印は確かに……」
そしてぶつぶつ言うと
「少しお待ちください」
と言い、一際重装備の兵士のところへと走っていった。
そこでそいつとなにやら喋っていたが、しばらくすると戻ってきてこう言った。
「確認が取れましたのでお通りください」
「は、はい」
ノアの言葉を思い出してよかった。危うく門前払いを食らうところだったぜ。
しかし、あいつほんと凄いのな。あんな適当な奴がこんな影響力を持っていていいのかと心配になるくらいだ。
そうして俺は兵士の人に敬礼されながら門をくぐった。
「うわぁ~」
門を抜け、貴族区の街並みを見た俺の口からは、知らずのうちに驚きの声が漏れていた。
ここを言葉で表すなら豪華。それに尽きた。
目の前に建ち並ぶ屋敷はすべて贅の限りを尽くしたように煌びやかで、前世でも今世でも見たことのない景色だった。
さらに極めつけは、王城だ。平民区からもうっすらと見えてはいたが、ここまで来ると、もうはっきりと見える。
この貴族区の街並みも豪華だが、王城は別格だ。
白と金を基調としたデザインに、均整の取れた左右対称の造形。いたるところに華やかな装飾が施され、しかしそれが城全体の景観を損なわない絶妙なバランス。
まさに人類最大の国にふさわしい城だった。
俺はその貴族区と王城の景色に圧倒され、その場で棒立ちになっていた。
しばらくして我を取り戻すと、そのまま目を輝かせて道を進んだ。
俺は建物に興味を持ったことはないがこれは別だ。やはり一流のモノは人を魅了してやまないのだろう。
しかし同時にこれから先のことにある不安を持った。
俺、こんなところに住んでるやつと一緒に授業するのかぁ……
こんなきんきらな所に住んでいるお坊ちゃんと上手くやっていける自信は正直無い。
庶民の俺と価値観が合うとは思えないし、これは完全に偏見だが、庶民の俺のことをバカにしてきそうだ。
はぁ……いじめられたりしないかな……
景観に圧倒された俺は少し、いやかなり卑屈になっていた。
そしてスーパー卑屈状態の俺は、目的地までの道のりを見回り中の兵士などに尋ねながらとぼとぼと歩いて行くのだった。
_______
「ついた……」
俺はほどなくして目的地に到着した。
冒険者区や平民区のただ中央に向かえばいい時と違いうので、迷うかなとも思ったが、まっすぐに目的地へと到着することができた。
理由としてはただ一つ。俺の目の前にある建物がバカでかくて目立ったからだ。
それは王城とは反対に、黒と金を基調とした七つの塔でできていた。
中央に時計のついた一際大きな塔が聳え立ち、その周りを六つの塔が囲み、それらが繋がって六角形の形を作っていた。
これがイレネ王立学校。人族最高峰の教育機関と言われ、これから俺が14歳になるまで過ごすことになる場所だ。
しかし……なんとも厨二心をくすぐられるデザインだな。
悪くない!いや、むしろ最高です!
正面の二つの塔の間には、この学校の正門と思わしき門があった。
俺はもっと全体を見ていたいと思う気持ちを抑え、門の前まで行く。
すると、守衛らしき人が出てきた。
「君、この学校に何か用かな?」
俺は前回の反省を活かし、あらかじめ手元に用意してあった推薦状を見せる。
「こんな感じでして……」
「……!?ちょ、ちょっと待っててくれ」
推薦状を見ると、守衛の人は走って建物の中に引っ込んでいった。
そして30分くらいして、俺が暇だなーとか思っていた頃に、息を荒げながら戻ってきた。
「はぁ……はぁ……ま、待たせて申し訳ありません。校長がお待ちしておりますので、ご案内いたします」
校長!?ま、まあノアの弟子だって話だし、ノアの推薦状を出せばいきなり呼ばれても不思議ではないか。
むしろ、急に尋ねたのに対応してくれるのはありがたい。
俺は門の中に通されると、そのまま守衛の人に案内されていった。
おぉ……!内装も凄いな!特にこの灯りが蝋燭ってのが乙で、黒レンガとの相性が抜群だ!
やはり貴族や王族の通う学校。全体的に気品のある雰囲気だった。
内装のすばらしさに目を奪われると同時に、再度庶民の俺がここで過ごしていけるかも不安になってきた。
俺この世界の礼儀作法とか知らないんだが、口うるさい人だったらどうしようか。
『礼儀も知らん奴は入学を認めん!』
とか言われないだろうか。
うぅ……なんだか緊張してきた……
「このなかで校長がお待ちしております」
「は、はい!」
なんてことを考えていたら、もう着いてしまった。通ってきた道的に真ん中の塔だろう。しかも最上階。
なんだか重厚感あふれる扉だ。
この扉だけで、ここから先は特別だ、と感じられる。
俺は深呼吸をすると、意を決し、扉をノックする。
「入ってよいぞ」
すると扉の向こうから優しい声音の声がした。
俺はゆっくりと扉を開ける。失礼の無いようにできるだろうか。
まず目を奪われたのは部屋を彩る調度品の数々。机も椅子も飾ってある絵画も素人目で見ただけで一級の品であると分かった。
そして次に本棚にぎっしりと並べられた魔導書。魔導書というのは魔術について書かれた本で、強力な魔術について記された物は、差はあれど、どれも魔力を発しているものだが、この部屋にある物は全て魔力を発していた。
最後に、そんな部屋の中央に立つ、白髪の皺のついた顔で優しい笑みを浮かべている年老いた男性。
全体的に高身長でスラっとしている印象で、白のローブを着て、白い髭を胸のあたりまで伸ばしていた。ぱっと見ダン〇ルドア先生みたいだ。
とりあえず名乗らなければ。初対面で失礼な奴だとは思われたくない。
「ダナ村出身、ギル・アイデールです」
俺はそう名乗りピッチリ45度の角度で礼をする。
「こんにちは、小さな弟弟子よ。儂はジークムント・バルクス。ここイレネ王立学校の校長じゃよ」
校長は優しく微笑みながら自己紹介をしてくれた。
しかし、彼の緑の目は、ずっとこちらの全てを見透かしているようで、発している雰囲気と共に、彼がただ物ではないことを感じさせた。
「まぁ、立ち話もなんじゃから、とりあえず座りなさい」
校長はそう自己紹介をした後、ソファに座り、俺にも座るように促した。
「失礼します」
俺はお言葉に甘え、校長と対面するように座った。
「君のことは師匠から手紙で聞いている。『近々、お前の弟弟子がそちらに行くから面倒を見てやれ』とね」
ノアが話を通しておいてくれたのか。どうりでこんなにすんなり校長室に通されたわけだ。あいつには本当に感謝してもし足りないな。
「儂としても同じ師を共に戴く者として、君は大歓迎だ。ようこそイレネ王立学校へ、入学を許可しよう」
「あ、ありがとうございます!!」
俺は嬉しさから少し前のめりになってしまった。
だが、よかった。無事入学の許可をもらうことができた。
それに校長も優しそうな人だし、少し緊張もほぐれてきたぞ。
「フォッフォッフォッ。若者は元気があってよいの。……それで、ギルよ。よければなんじゃが師匠の話を聞かせてはくれないかの?」
「ノア様のですか?構いませんよ」
もちろん断る理由もない。むしろそれだけでいいのだろうか。いや、今の俺にできることなんてたかが知れているが。
「おぉ、ありがとう。あの人は世界中を飛び回っているから手紙等で連絡ができなくてのぅ、実を言うと10年音信不通だったのじゃ。10年も経つと、あの我儘の塊のような人が今、何をしているか気になっての」
なるほどな。だからノアの話を聞きたいわけか。しかしあいつ、たまには連絡とってやれよな。
「それでしたら、まずは出会いの時の衝撃的な名乗りから……」
それから俺は、今までのノアとの思い出を校長に話して聞かせた。もちろん、神杖に関連することは伏せておいた。
校長は懐かしそうな顔をして俺の話を聞いていたが、俺が話し終わると、自分の時の話もしてくれて、俺たちはしばらく兄弟弟子トークに話を咲かせたのだった。
「師匠はとにかく部屋を汚くするのが得意でして、きれいに掃除した次の日には、また汚くなっていましたね。いつもはメイドのナタリアが掃除してくれていたのですが、何度かそれを手伝う度に驚かされました」
「うむ。分かるぞギルよ。あの人の汚部屋を作り出す才能は驚異的じゃ。儂の時も、毎日儂が掃除をさせられていた……おかげで掃除のスキルはついたがの」
「バルクス校長……」
「ギル……」
俺たちは熱い握手を交わした。お互いを認め合ったのだ。
しかし、次の瞬間驚きの出来事が起こった。
「コウチョウセンセイ、カイギシツマデ、オコシクダサイ」
校長室に置かれた鳥のような彫像が突然喋ったのだ。
「うわぁ!?」
俺は驚いて、思わずソファから立ち上がった。
「おぉ。もうそんな時間か。いかんな、時間を忘れて喋ってしまったわい。安心しなさい、これは通信用魔道具じゃよ」
通信用魔道具。そんなものまであるのか。すごいな。てか、これちょっと不気味じゃない?
バルクス校長もソファから立ち上がり、そのまま俺と一緒に部屋の外に出た。
「ギルよ、楽しい話をありがとう。お礼に貴族流の挨拶の作法を教えてあげよう。右手を胸に当て、頭を少し下げる。ほら、やってみなさい」
バルクス校長は美しい所作で、挨拶の動きを実演してくれた。俺もそれに倣いやってみる。
右手を胸に当てて、頭を少し下げる……こうか?
「うむ。いい感じじゃ」
「ありがとうございます」
やはり、前世の挨拶での仕方ではダメだったらしい。貴族や王族のゴロゴロいるこの学校で挨拶の作法も知らないとなると、恥をかくところだった。ありがとう兄者。
「寮の部屋は手配してあるからそこの彼に案内してもらいなさい。では明日は頑張るのじゃぞ。」
校長はそう言うと去っていった。
ちなみにそこの彼とは、最初にここまで案内してくれた守衛の人だ。
しかし、寮生活か。前世と合わせても初めてだな。寝坊しないか不安だが、頑張るとしよう。
その後、寮までの道を案内される途中で俺はある疑問に至った。
ノア、何歳なんだろうか。
かなり昔から生きているのは間違いないが……
だが、そのことを考えようとすると不思議な悪寒に襲われたので、自分の身の安全のために止めておいた。
世の中には知らないほうがいいこともあるのだ。
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