分かれ道
気がついたら紅生姜がいなくなっていた、スマホも置きっぱなしでおかしい、と取り乱す姫蟻。とりあえず紅生姜のアパートへ戻り、金子は姫蟻をなだめようとした。しかし、金子の口からは、「おかしいですね」「帰ってくると思います」という、弱々しい言葉が出て宙を滑るだけだった。
二人は紅生姜の帰りを待ったが、日が暮れても彼女は戻ってこなかった。
姫蟻は、酔って寝てしまったのが悪かった、と自分を責めた。金子は、なぜ彼女がそんなに憔悴しているのか、初めはわからなかったが、姫蟻が言うには、紅生姜はさらわれてしまったかもしれないらしい。
「この前、吉持さんがあいつらと争って怪我したって話したじゃん。そこまでしてくれるのは、あいつらが紅生姜さんに無理に仕事を紹介しようとしたせいなんだって」
姫蟻は、メイクの落ちてしまった顔で鼻をすすりながら言う。
「あいつら、本当に悪いやつらだから」
「でも、連れ去るなんてことは……」
金子は、どうすればいいのかわからなかった。姫蟻の話は半信半疑だったが、このまま紅生姜が帰ってこなかったらどうしようということしか考えられない。
「呼び出されて、そのまま車乗せられちゃったら、わたしも気づかなかったと思う。あり得るよ。紅生姜さんは頑張って返すって言ってたし、正確に借金がいくらとか知らないけど、やばい額っぽいし」
「吉持さんに連絡はしたんですか?」
約束をすっぽかした気まずさはあるが、金子が知る限り、ほかに頼れそうな人はいない。
「いや。だってそうしたら、またやばいことになっちゃう。吉持さん一人でどうこうできるとも思えないし……」
金子は、吉持を気遣うという心が完全に自分には抜けていたことに気づいた。
姫蟻が警察に行く準備を始めた時、紅生姜から姫蟻のスマートフォンに着信があった。
「紅生姜さん!? よかったあ」
姫蟻が、「鶴寿とずっと待ってたんですよ、え、でもそんな、待ってください」と泣きだし、金子にスマホを差し出した。
「鶴寿」
紅生姜の声は落ち着いていた。
「心配かけたみたいでごめん。わたしは大丈夫だから。昨日話したこととはちょっと違うけど、やっぱり別の仕事することにした」
「紅生姜さん……本当に大丈夫なんですか?」
「うん。必ず帰るから。ごめん。本当にごめん」
それだけだった。金子の仕事を探してくれるとかいう話は、なかったことになったらしい。紅生姜の口調でわかった。もうそれどころではなくなってしまったのだと。
当然、姫蟻は動揺していたが、母の介護を任せている妹が明日は学校へ行かないといけないというので、家へ帰っていった。明日以降についての話はしなかった。
翌日、金子はいつものように店に行き、整える必要もない作業台を整えてからぼーっとしていた。姫蟻から連絡はない。表面上は、いつもの休日と同じ。しかし、その意味はまったく違ってしまっている。崖っぷちに立っているような気分。今は風が吹いていないから普通に立っているが、いつ風が自分の背を押して谷底に落とすか、ひやひやしている。
出入り口で足音がして、金子は立ち上がった。吉持だった。
「紅生姜、行っちゃったみたいだね」
彼は、金子が約束をすっぽかしたことは気にもしていないらしい。
金子は、なにを言えばいいのかわからなかった。吉持がどこまで知っているのか尋ねたかったが、どう聞けばいいのか、わからない。
「やっぱり、別の店に移りなよ。紅生姜が帰ってくるまででも」
「でも、姫蟻さんは」
「姫蟻にはもう断られた。自分でなんとかするってさ」
「そうなんですか」
「姫蟻は家庭の事情で、長時間勤務とか夜勤とかできないからね。鶴寿は大丈夫でしょ?」
「はい」
「一度、店を見学してみてよ」
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