特別か、普通か
上達したね。
父の声が聞こえる頻度が増えた。それは自分の心の声であり、自分が思うこと以外は言わないのだと理解しているが、耳元でささやかれているとしか思えない。
タブレットに向かって下絵のデザインを描いている時、父は褒めてくれる。確かに上達はした。店に張られているフラッシュの中に自分の絵が混ざっても、遜色はないと思う。もちろん、デザインは奥深いもので、ある程度のレベルに達すればそれでオーケーというものではないことは承知している。だが、焦らなくてはいけない段階ではない。
オーナーの基準は厳しいが、本格的なデビューが許されるのはそれほど遠くはないと思えた。
しかし、なぜか高揚も安堵もしない。あるのは不安ではなく、もどかしさだった。
ほとんどのことは上手くいっている。同期とは親しくなれないし、精神的に不安定になる時もあるし、幻聴に悩まされてはいるものの、大筋としては、望んだ人生に近づいている。自分ができる仕事で生計を立て、社会の一員としてひっそりと生きていくという、この国で生きている人にとっては、決して高望みではない理想。
それなのになぜ。どうしてこんなに、なにかが違うという感じがするのだろう。父の声は明るいが、それに反して気持ちは落ちていく。
元気出して。金子なら大丈夫だよ。金子は強いから。
父の声がうるさい。
自分は特別な存在だと思ったことはあるかい? それが嘘だとわかった時はいつだった? もしくは、本当だと確信した時は?
いきなりなに?
金子は思わず心の中で問い返していた。
考えてみてよ。
普通だし、特別でもある。金子は答えた。
その通り。今は選んでないけど、どちらかを自分で選ぼうとしている。
いや、そんなことない。みんな同じだよ。普通で特別なのは。
選ぼうとしてるんだよ。どっちにする?
金子は考えた。
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