どうしてそうなる、後輩

「先輩、プロジェクトから外されたんですか?」

 パソコンの前で眼鏡をずらして目をもんでいると、帝倉がこそこそと話しかけてきた。

「ああ、うん」

 弓野はあくびをかみ殺す。

「大丈夫ですか?」

「なにが?」

「なんか変な噂聞きましたけど。先輩が犯罪組織とつながりがあるとか、殺し屋の愛人だとか」

「ふはは、それは知らなかった」

 久しぶりに愉快な気分になった。

「そんなわけないですよね」

「まさか本気にしたわけじゃないよね」

「しませんよ。あの、ちょっと報告したいことがありまして」

「なに?」

「僕、刺青情報統合プロジェクトに参加することになりました」

「え、なにそれ」

 弓野は椅子を回して帝倉に向き直る。そんなプロジェクト、あっただろうか。

「新しく立ち上がったプロジェクトでして。前、先輩に話したじゃないですか。タトゥーの国営カタログサイトがあったほうがいいんじゃないかって」

「ああ」

 馬鹿なアイディアだと言ったような、言わなかったような。

「それ、企画書提出してみたら、通ったんですよ」

「はあ!?」

 思わず大きな声を出してしまい、弓野は自分の口をふさいだ。

「ほんと、僕も自分で驚いちゃったんですけど。でも、いい試みかもしれないって言ってもらえて、中心メンバーとして一から始めていくことになりました」

「ここってベンチャー企業だっけ?」

 思わず皮肉を言ってしまった。

「ほんと驚きですよね。多分ですけど、上もこの部署をどう充実させればいいか、悩んでるんじゃないですかね。だから、僕みたいな下っ端の意見も聞き入れてもらえたのかも」

「充実ってねえ……」

 悩むくらいならやらなければいいのに。新しい制度のせいで困っている現場の人もいるのだから。

 弓野は、吉持から聞いた女彫師のことを思い出した。彼女は今もライセンスのことで悩んでいるのだろうか。

 帝倉は熱っぽく続ける。

「先輩にその話して、やっぱりダメなアイディアだなって思ったんですけど、顧客だけじゃなくて、彫師側にも有益なものにすれば、価値があるんじゃないかと考え直したんです。先輩と話してまとめた考えが通ったんで、先輩にお礼が言いたくて」

「ああ、そう」

 お礼を言われること自体はいいのだが。

「どういうものの閲覧数が多いのか、作品のデータを提供した彫師にフィードバックすれば、役立ててもらえるんじゃないかと。それに、作品の写真だけじゃなくて、彫師には、使っているインクやアフターケアに関する情報も載せてもらって、それによってどう顧客の興味が左右されるのか調べれば、衛生や健康に関する顧客の意識調査にもなりますし、彫師の意識向上にもつながると思うんです」

「それってさ、民間のサイトっていうか、それこそSNSでこと足りるんじゃないの? どういうものが受けるのかとか、自分たちで調べてるでしょ、普通に」

 弓野は素朴な疑問を呈した。帝倉は続ける。

「SNSだと、いくらでもよく見せることが可能じゃないですか。SNS映えを優先したタトゥーは彫師の間でも問題視されてるらしいです。彫りたては綺麗に見えても、持ちが悪いものもあるらしくて」

「ふうん」

 帝倉は、刺青に関する知識には自信があるらしい。

「そういうものとは一線を画した、データベースとして価値のあるものをつくってみたいんです」

「そうなんだ。まあ、頑張って」

 その間、わたしはひたすら事務作業をしてるからさ、と心の中でつけ加える。

「今度、局長ともプロジェクトについて話さなくちゃいけないらしくて緊張しますけど、頑張ります。ほんと、先輩には感謝してます」

「いやいや」

 局長とは、挨拶したことがあったかなかったか。なにを考えているのかわからないお偉いさんが価値を感じていたとしても、弓野には税金の無駄遣いとしか思えない。

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