闇社会

 兄と食事をしてきたばかりだそうで、今回は食べ物では釣れなかった。しかし、しつこく食い下がると、吉持は道端で立ち止まって説明してくれた。

 といっても、彼にもよくわからないらしい。兄が自分を利用しようとしていることだけは確かだが、と。

「呼び出されて、格闘ショーに出ろと言われて。当然断って出ようとしたらそれがやつの思うつぼで、そこからショーが始まったってわけ」

「ショー?」

「例えだよ。動画撮られたってこと」

「その動画、なにに使われるの?」

「詳しくはわからないけど、兄の仕事の拍づけに使われることは間違いないと思う」

「イベント会社経営でしょ?」

「裏のな」

「裏?」

「スカトロショーは清掃員を多重債務者で賄ったからかなりの儲けが出たらしい。獣姦ショーは豚五頭を手配するつもりだったけど管理が難しいから一頭にしたら不評で客が離れて失敗だったと言ってた」

「は?」

「兄自身は変態でもなんでもない。暴力的だけどSでもない。自分の感情をコントロールできないだけで。ただ商売でやってる」

「それって違法だよね?」

「もちろん」

 吉持の口角には、馬鹿な子供を見下すような笑みが張りつく。

「そりゃ、ね」

「……尊もそのお兄さんのその、仕事っていうか……かかわってるの?」

「かかわってたらどうする?」

「いや、その」

「もしかかわってたら、前に会った時に腹空かせてたりしなかっただろうよ」

「かかわってないんだね?」

「こわいからな。ヤクザの下請けみたいなもんだし、今はそれなりにうまくいってるみたいだけど、失敗して借金でもつくったらどうなるか。俺にとっちゃ、不安にさいなまれるよりは空腹に耐えたほうがマシだし」

「ちゃんとした仕事すればいいじゃん」

「簡単に言ってくれるよなあ」

 彼は、前に会った時にも見せたあきれた笑みを浮かべる。

「いろいろ難しいんだよ。俺にとっては」

「わたしの担当じゃないけど、いろいろな就労支援もあるよ。前科がある人向けのとか」

「知ってたんだね。でも、それだけじゃない。うまく言えないけど」

「ほかにもいろいろ事情があるのかもしれないけど、頑張ればなんとかなるよ。あんまり学校とかで習わないから知らない人も多いけど、行政の支援ってかなり細かくたくさんあるんだから。民間も含めればもっとだし。そんなお兄さんとは縁切って、仕事探してさ」

 仕事のスイッチが入りかけて饒舌になる弓野に、吉持は首を振った。

「事情なんてないんだ。そういうことじゃない」

「じゃあどういうこと?」

「単純なことじゃないんだよ。なにか障害があって、それを取り除けばうまくいくとか、そういう問題じゃないんだ」

「もしかして病気とか? 治らないの?」

「事情なんてないって言っただろ。なんにもないんだ」

「それなら……」

 誤魔化しているようには思えなかった。

「大丈夫、って思えばいいんだろうな」

 吉持は息を吐き、今度は嫌味のない笑顔になった。

「なんか心配してくれたみたいで悪いな」

「いや、別に」

 心配なんて、することはないのだ、きっと。だって彼はあんなに強いじゃないか。そもそも、元同級生といっても、今は他人だ。時と場合によっては、もちろん助け合うべきだが、必要以上に干渉することはない。

 そう思ったが、完全にこれきりにするのは忍びない気がして、なにか相談があれば連絡してくれと無理やり連絡先を渡して別れたが、吉持から連絡が来ることはなかった。

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