なんか結構変わっててさ
弓野帝倉チームは、キガクレがなくなっていたことを上に報告した。それ以上、キガクレについて指示されることはなかった。別の場所で営業を続けるとすれば、名前を変えた紅生姜と姫蟻は、別の店の別の従業員として、再び調査対象とされることになるだろう。どんなに宣伝手段を選ぼうと、隠れきることはできない。
建前上は、五年以内にすべての彫師のライセンス保有を目指すという国の目標があり、現在のペースだと、その目標は達せられそうだとされている。
本当にそうだろうか。五年後、国の対応はどう変化するだろう。紅生姜と姫蟻はどうなるのだろう。諦めて、大人しくライセンスを取得してくれればいいのだが。
弓野と帝倉は、刺青施術の環境改善を目指すプロジェクトに参加させられ、店舗の調査結果のデータをもとにだらだらと会議をしたり、改善にかかる費用を計算したり、マニュアル作成をしたりと、いつ終わるともわからない作業を日々こなした。
吉持のことはしばらく忘れていたが、たまたまSNSで中学の同級生が結婚したという報告を目にし、吉持のことを連想した。弓野は、中学生の時に親しかった女友達にメッセージを送ってみることにした。一番親しかったのは確かだが、それでも最後に会ったのは何年前だったか。同窓会を最後に、連絡も取っていない。連絡しても面倒に思われるだけかも。
弓野は迷ったが、そんな自分が情けない気がして、あえてフランクな文面でメッセージを送った。
数時間後、返信が来て、弓野はかえって拍子抜けした。
『ふづき久しぶり! 驚いたけど嬉しい~ うちは元気だよ! よかったら電話しようよ』
電話番号が添えられていたので、弓野は電話をかけた。
「突然ごめんなさい。弓野富月ですけど」
「富月! 久しぶりぃ! 元気にしてた?」
連絡しようかどうか悩んだ自分が馬鹿らしくなった。
彼女は、弓野が厚労省で働き続けていることだけで感心し、細かいことは尋ねてこなかったので、弓野は内心安堵した。刺青関連の事業にかかわっていることは、なんとなく話したくなかった。ひとしきり近況を報告し合ったあと、弓野は切り出した。
「あのさ、吉持尊って覚えてる?」
「尊? ああうん、覚えてるよ」
「この前、偶然会ったんだ」
「へえ。偶然ってどんな?」
「いや、ほんと偶然。出先でばったり会って。ちょっと話したんだけど、なんか結構変わっててさ」
「へえ。どんな感じ?」
「うーん……昔は印象薄い感じだったけど、そうでもないような。なんか噂とか聞いたことある?」
「尊の? 別にないけどなあ。確かに、目立たない感じだった気が。背がちっさかったよね」
「だよね」
「尊は今なにしてるって?」
「それが、よくわかんないんだよね。ちゃんと答えてくれなくて。なんかさ、向こうはわたしのこと、嫌いなんだってさ」
「ええ? どういうこと?」
「まともなレールに乗った人間が気にくわないとか、そんなこと言われた」
「マジで? 尊がそう言ったの?」
「ほんとほんと。びっくりしたよ。だからちょっと気になってさ……」
「なにそれめっちゃ気になる」
彼女は、ほかの同級生にも尊のことを尋ねてみようと言いだした。
「いや、そこまでするほどでは」
「わたしが気になるんだって。久しぶりに連絡取りたい人もいるし。なにかわかったら報告する」
流されるままにそういうことになり、一週間後。彼女から電話がかかってきた。
「尊のことだけどね、ちょっとすごいことがわかっちゃったよ」
「え、なに?」
「尊、高校を卒業したあと、地元で就職したんだけど、傷害事件を起こして逮捕されたんだって」
「傷害事件?」
「喧嘩に巻き込まれたとかで。相手は骨折かなんかの重傷だったらしいよ」
「それ、本当なの? 全然中学の時の印象とそぐわないんだけど」
「お兄さんが、暴力団というか、半グレ集団みたいなのに入ってて、有名だったらしいよ」
「お兄さんいたの? 知らなかった」
「わたしも。隠してたのかもね。でも、上にきょうだいがいる人は知ってたみたい」
「なんか、そういう集団が地元にいるっていう話はちょっと聞いたことあったけど」
「何人も逮捕者が出た事件だったらしいよ。それで職場をクビになって、そのあとのことはわからなかった」
「そっか……」
衝撃の事実ではあるが、知りたいのは現在の吉持尊のことだ。吉持の地元の友人とのつながりは、かなり前に途絶えているらしい。
「お兄さんは足を洗って、東京で会社起こして成功したとかいう話だったけど」
「へえ」
食うや食わずの弟とはずいぶんな違いだ。ほかにわかったのは、その兄の会社の名前だけだった。
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