幼なじみ登場

 アポは取れなかった。連絡自体が取れない。上司に報告すると、とにかく店舗に行ってみろと指示されたので、弓野と帝倉は「肌隠-キガクレ- tattoo ink」に赴いた。

 店舗があるマンションの部屋の呼び出しブザーを押しても、応答がない。帝倉が店のウェブサイトとSNSをチェックしたが、数日前から更新が途絶えたままだった。

「今日は休みじゃないはずですけどねえ」

 帝倉はのんきな口調で言う。

「予約が入ってないと休みにしちゃったりとかするんですかね」

「もしかして、店閉めたんじゃないの?」

 弓野は、もとから表札もなにもない、のっぺりしたドアを見つめる。

「まだ昼ですけど」

「そうじゃなくて、もうここに店はないんじゃないの?」

「でも、サイトにはなにも」

「闇に潜っちゃったのかも」

「闇に?」

「わたしたちにライセンスは取らないと宣言した時に、もう覚悟はしてたのかもしれない」

「覚悟?」

「闇営業への覚悟よ」

「なんか情報あったんですか?」

「そうじゃないけど、なんとなく今そう思っただけ。連絡が一切取れないなんておかしいじゃない。こっちは仮にも厚労省なんだよ」

 その時、突然ドアが開き、弓野はもう少しでドアに額をぶつけるところだった。

 中から出てきたのは、ダンボール箱を抱えた男だった。小柄だが、鋭い目つきには威圧感がある。

「ここの店ならもうないですよ」

 男はそれだけ言い、足早に立ち去ろうとする。が、すぐに振り向いた。弓野の顔をじっと見る。二人は数秒間見つめ合ってしまった。

「富月?」

 男は言った。そう言われた瞬間、記憶の靄が晴れた。

たける?」

 二人は、「あー……」というような声を出し、理解と混乱と疑問が渦巻く空気が流れた。

「先輩、お知り合いですか?」

「うん。小中の同級生。久しぶり」

「久しぶり」

 弓野も、吉持よしもち尊も戸惑っていた。二人の故郷では、小学校は一クラス、中学校も二クラスしかなかった。そのため、みんな下の名前かあだ名で呼び合っていたが、全員と親しかったわけではない。気づいてみると、吉持は、しっかりと当時の面影を残していることがわかったが、すぐに思い出せるほどではない程度の関係だった。

「なにしてるの?」

 とにかく、まずそこだ。

「引っ越しの手伝い。そっちこそなにしてんの?」

「えーと、わたしは、仕事で、ここのお店に用があって。ここ、キガクレタトゥーインクっていうお店だったよね?」

「もしかして、厚労省?」

「お、当たり。どうしてわかった?」

「服装とかで、なんとなく。お前、頭よかったもんな」

「よく覚えてるね」

「俺、記憶力だけはいいから。キガクレはもうないよ」

「えっと、吉持くん、引っ越し屋さんなの?」

「そう見える?」

「……見えないけど」

 吉持は、上下黒の普段着姿だった。

「個人的に手伝ってるだけ。俺一人だよ」

「ちょっと話聞かせて」

「無理。作業中だから」

「少しだけでいいから。散らかっててもなんでもいいんで、中に入れてもらえませんか」

「無理。そこの店で昼飯奢ってくれるならいいよ」

 吉持は無表情で高級焼肉店の名前を出した。

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