金子は、画集の上に紙を載せ、透けた線を鉛筆でなぞるようにして模写した。絵の全体の半分ほど進んだ時、日が暮れて暗くなっていることに気づき、廊下の照明をつけようと立ち上がろうとした。

 めまいがして、床に倒れ込んでしまう。ずっと床に座っていたから、お尻が痛い。少しだけ休もうと、金子は画集と紙と鉛筆を持ち、自室に戻った。ベットに倒れこみ、目を閉じる。

「金子」

 目を開けると、ベッドの横に父がいた。暗がりの中、開いた扉から差し込む光を背にして、父は巨大な影だった。

 いつの間にか眠り込んでしまったのだ。ベッドに横になった金子の胸には、画集が抱きかかえられていた。

 金子は慌てて起き上がった。父は落ち着いた声で言う。

「お父さんの部屋に入ったのか」

「ごめんなさい」

 父の部屋には勝手に入るなと言われていた。父の言いつけを破ったことなどなかったから、叱られることもなかった。今までは。

 金子は深く頭を下げながらも、無意識に画集をしっかりと抱きしめていた。

「いいよ」

 父は軽い口調で言った。

「その画集が気に入ったなら、持っていなさい」

 父はすぐに扉へ向かい、少し振り向くと、「ごはん食べてないんだろ? すぐに温めるから」と言い、階下へ降りて行った。

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