懸案の「肌隠-キガクレ- tattoo ink」
外回りが落ち着き、弓野は、ほかのチームが審査したタトゥースタジオのチェック項目を分析する仕事を回されていた。弓野帝倉チームが審査した店の分析は、別の同僚が行っている。
地味な仕事を淡々とこなしていると、上司に呼び出された。人畜無害な上司の前に、特に緊張することもなく立った弓野は、「肌隠-キガクレ- tattoo ink」という店を覚えているかと尋ねられた。
「キガクレタトゥーインク、ですか」
弓野の脳裏に、刺青だらけのストリートファッション女と、ロリータの姿が浮かんだ。
「あ、はい。覚えてます」
「そこで二人の従業員と会い、二人とも、刺青施術者ライセンスを取得するつもりはないと話していた、と報告書にあるけど」
「はい。理由はその、報告書にある通りです」
弓野は生真面目に、あの二人の話を報告書にまとめていた。弓野なりに、制度にかかわる、それなりに重要な所見に思えたからだ。
「もう一度その店にうかがって、説得してきてもらえないかな」
上司は淡々と言った。
「説得、ですか」
こんな展開になるとは思わなかった。これは建前? そういうフリだけをすればいいのか、それとも、本気なのだろうか。もっと上からの指示? クソ真面目に報告書をまとめるなんてしなければよかった。
様々なことが頭を駆け巡る中、上司はうなずく。
「もちろん、弓野さんの説得に賭けるわけではなくて、説明会の案内を兼ねて、ライセンス取得のメリットを伝えてきてもらいたいんだ。再び彫師向けの説明会が行われることは知ってるね」
「はい」
「説明会の規模を調整するために、説明会に参加したいかどうかっていう彫師向けの電話アンケートを行ったんだけど、そこの店にはすぐに切られたようでね。資料送付もしたけど、多分、ゴミ箱行だろう。弓野さんのほうでアポを取ってもらって、帝倉さんと一緒に行ってきてほしいんだ」
仕事が丁寧すぎる。そこまでして講習料とライセンス発行料を取りたいのだろうか。
「はい、わかりました。あの、ひとつお伺いしたいんですが、ライセンス取得をしないと言ったのは、その二人だけなんでしょうか」
紅生姜の話を聞いた印象では、もっといてもおかしくない気がする。その全員に説得して回ろうというのだろうか。
「いや、もっといるらしい」
「そうなんですか」
だから、そのほかの人たちには説得をするのかどうか知りたいんだよ。
「実は、それだけの理由じゃないんだ。そのキガクレとかいう店に、反社の人間が出入りしているという情報があって、客の身許についてどう管理しているのか調査してほしいという依頼が当局からあったんだ」
「え、それはわたしがやるってことですか?」
「それとなく尋ねてくれるだけでいいから」
「いやいや、それって警察の仕事じゃないんですか?」
「まだ警察が動けるような段階ではないそうなんだ。ただ、こちらはこちらの仕事の範囲内で得た情報を警察に提供すればいいだけで、全然大袈裟な話ではなくてね」
「そうですか……」
それから、帝倉も交えてさらに説明を受け、弓野帝倉チームは、「肌隠-キガクレ- tattoo ink」に再び訪問するため、アポを取るように指示された。
弓野同様、帝倉もこの指示にはあまり納得がいっていない様子だった。
「反社が出入りしてるって、本当なんですかね」
帝倉は昼休みの休憩室で言った。
「あの店って、明らかに洋彫りが専門ぽかったですよね。ものほんの反社の人って、洋彫りは入れないっていう情報をネットで見たんですけど」
「そんなのはどうでもいいんだよ」
弓野はコーヒーをすする。
「とにかくわたしたちは、客の身許管理について、怪しまれないように聞き出せればいいの。判断するのはわたしたちの仕事じゃない。変な先入観は持たないほうがいいよ」
「はあい、わかりました」
不満そうながら、帝倉は素直にうなずいた。
上手くいけば、もしかすると、よもや、あるいは、自分の評価が上がることにつながるかもしれない、と弓野は思った。
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