初めての出産

 月経が来なくなった。初潮を迎えて、約半年後のこと。

 初めての出血があった日、汚れた下着を発見した父は、混乱してベッドで震えている金子に、月経について丁寧に説明した。生理用品を与え、使い方も教えてくれた。とりあえず、怪我でも病気でもないということを教えられた金子は、安堵すると同時に、なぜか少し落胆した。

 金子は、誕生日を祝われたことがない。自分が生まれた日は教えられて知っているが、そこになんの感情もない、ただの日付だ。学校に行っていないから、自分の年齢を金子は知らなかった。ただ、父の説明によって、自分は大人に近づいたか、もしくは、もう大人であることを理解した。

 いつも通りに生理が来ないことを、金子は父に話さなかった。毎月同じように来るわけではないということを教えられていたからだ。そういうこともあるのだとしか思わなかった。

 しかし、金子の腹を見た父は気づいた。ごくわずかなふくらみに触れ、父は、「赤ちゃんができたんだよ」と喜んだ。

 自由に名づけていいと言われたので、金子は、お腹の中の新しい生命に、と名づけた。スミちゃんの動画で、飛鳥時代のことを取り上げていて、飛鳥というのは、飛ぶ鳥という意味の漢字を書く、特別な読み方だと知った。金子はその意味が気に入り、男でも女でもいいから、この家に仲間が加わることを待ち望んだ。できれば、自分だけの仲間になってほしかった。自分の体内から生まれるのだから、わたしのもの。わたしだけのものでいいでしょ。

 でも、いつか大きくなったら、自分の力で元気よく生きていってほしい。鳥みたいに飛べる力があるような人になってくれたら、どんなにいいだろう。自分の代わりに、外の世界で、いろいろなことを知ってほしい。自分はきっと、そんなたいそうなことはできないだろうから。

 飛鳥と名前をつけた、と言った金子に、父はいぶかしげな顔をした。金子はかすかに震えながら父の目を見たが、父はなにも言わなかった。

 出産はすさまじい苦痛だった。しかし、産声が聞こえた瞬間、嘘のように痛みが消え、頭の中が空っぽになり、宙に浮かんでいるような感覚になった。

 父は生まれたばかりの赤ん坊を両手に持った。驚くほど大きな泣き声。金子は頭を持ち上げ、我が子を必死に視界に収める。男の子だ。

 父はそのまま、部屋から出て行った。

 金子は父を呼んだ。起き上がろうとしたが、体に力が入らない。声を振り絞った。しかし、自分の部屋の閉ざされた扉の外は静まり返っていた。疲れと不可解さで放心状態になり、どれほど時間が経っただろう。金子の部屋には時計がない。

 戻ってきた父の手に、飛鳥はいなかった。父は、残念だけど、赤ちゃんは死んでしまった、と言った。

 その時、金子は初めて父を罵った。殺したんだね、と。それは、単に事実確認をしているようなか細い声であったが、金子にとっては、全身全霊の罵倒だった。

 父は否定した。あの子には生きる力がなかった、かわいそうだけど、よくあることなんだ、と言った。金子は納得しなかった。あんなに元気よく泣いていたのに。お腹の中でも、ぐるぐる動いていたのに。

 金子には確信があった。父の言葉を信じなかった。

 しかし、自らの疑問と怒りを表現する言葉をまとめることが、金子にはできなかった。ただ泣き、放置された。

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