21 絶望

「『INT削減攻撃』」


 俺はさらに短剣を振るう。

 シルヴィアの腕を斬る。

 シルヴィアの胸を斬る。

 シルヴィアの首筋を斬る。

 シルヴィアは抵抗しなかった。


「……満足、ですか?」


 シルヴィアが、身じろぎもせずにそう言った。


 一体どんな心境の変化があったのか。


 シルヴィアの意外な強さに、俺は打つ手を失った。


 俺はため息をついて言った。


「わかったよ。おまえは後回しだ。

 『青メデューサの瞳』、『ドロースペル:ゴールデンソーン』」


「ぐっ……!」


 シルヴィアの頭を、金色の棘の冠が締め付ける。

 シルヴィアは頭を押さえてしゃがみこむが、歯を食いしばって悲鳴を堪える。


「なんだってんだ……ったく」


 ぼやいた俺の背中を、真っ直ぐにルシアスの剣が斬り下ろす。

 もちろん、これも貫通だ。


 いい加減タネを明かすと、これは「物理無効」のスキルの効果だ。

 トロール洞を支配していた魔族は、二体のワイトキングを従えていた。

 そのワイトキングから盗んできたのが、この身もふたもないスキルの正体だ。

 なお、あのダンジョンのトロールが「物理見切り」を持っていたのは、ワイトキングが「物理無効」を持っていたことが影響してるものと思われる。


「よくその状態で動けるな」


 俺は振り返ってルシアスに言った。


 ルシアスは「ゴールデンソーン」で頭から血を流したまま、剣をめったやたらに振り回す。


 そのすべてが、俺の身体を貫通した。


「無駄だって」


「なら勇者魔法で……! 『マグマ・イラプション』!」


「おっと。『捕食蔓ほしょくづる』」


 俺は空中のダーナに緑色の光の蔓を放ち、ブランコの要領でその場から大きく飛び退いた。


 俺がいなくなった場所を、マグマの海が呑み込んだ。

 空中からダーナが言う。


「キリク。能率が悪くなってきたようだ」


「そうか。単に痛めつけるだけじゃ、多少は慣れてくるもんな」


「というより、キリクは拷問に向いてないのではないか?」


「それは言えてるな」


 シルヴィア一人脅せないようでは、向いてないと言うしかないだろう。


「ダンジョンコアの育成はこんなものでよかろう。そいつらを生かしたままで搾り取れるものは搾り取った」


「じゃあ、そろそろ殺していくか」


 俺とダーナの不穏な会話に、シルヴィアが言った。


「ど、どういうことです?」


「つまり、これは復讐でもあるんだが、必要なことでもあったんだ。勇者を追い込んで、その苦痛や絶望をダンジョンに食わせる。ダンジョンはさらに成長する」


「そのために、わたしたちをなぶるような真似を?」


「俺は決めたんだ。ダーナと一緒にこの世界を壊すってな」


「それは、ルシアスさんたちと何が違うんです?」


「知るか、んなこと。

 だいたいだな、考えてもみろ。

 旅の途中で盗賊に襲われれば、基本的に賊は殺すよな?

 放っておけばまた悪さをしかねない。

 でも、魔王軍との戦いに明け暮れる人間の国や街に、盗賊を収監しておく余裕なんざねえ。

 だから殺す。

 実際、俺やおまえだってそうやって人を殺して生きてきた。

 ま、シルヴィアが直接手を下すことはなかったかもしれんが、今更そんな言い訳はしねえだろ」


 俺は、地面でのたうちまわるサードリックに手を向けた。


「やめろっ!」


 俺の意図を察したルシアスが叫んだ。


 もちろん、やめるはずもない。


 赤い棘が、サードリックの眼窩を貫いた。


 サードリックは、びくん、と震え、それっきりぴくりとも動かなくなった。

 頭を締め付けていた金の冠も、対象者の死亡と同時に消滅する。


「あ、あっ……」


 ルシアスが目を見開いて、サードリックのほうに手をさまよわせる。


「こいつがやってきたことを思えば、もっと苦しめたほうがよかったんだろうけどな。

 でも、正直胸くそ悪くなってきた。

 復讐なんて、やっぱくだらねえな」


 そううそぶいて、俺はディーネに手を向ける。


「やめろおおおおっっ!」


 斬りかかってくるルシアスには構わず、棘を飛ばす。

 ディーネの喉笛を棘が貫く。

 白くて血色の悪い首から、棘をつたって鮮血が溢れ出してくる。

 ディーネも死んだ。

 驚くほど簡単にな。


 そのあいだ、怒り狂ったルシアスの剣が、俺の身体を何度も通過している。


「さあ、もう一人」


 今度はエイダに手を向け、棘を飛ばす。


 「停止」したままのエイダの口に、棘が飛び込む。

 ごひゅっ、と音を立てて、口から血が噴き出した。

 対象の死亡とともに「停止」が切れ、エイダが地面に崩れ落ちる。

 うつ伏せに倒れた延髄の後ろから、赤い棘の先が飛び出していた。


「やめろ、やめろ、やめろおおおおっっ!!」


 ルシアスは正気を失い、もう勇者魔法を使う余裕すらなさそうだ。

 タイミングよく「屠竜の構え」を使って、ルシアスの攻撃を反射する。


「ぐはっ……!」


 胸から血を噴き出し、ルシアスがその場にくずおれる。


 そこで、ダーナが興奮した声で言ってくる。


「おお、その勇者の絶望はなかなかよいぞ! さっきまでの数十倍の絶望が一気に流れ込んできた!」


「そりゃいいや。

 ルシアス、聞いたか?

 おまえの絶望は俺たちの餌になる。

 安心しろ、いつかはちゃんと魔王も倒してやるからな」


「キ、リ、クぅぅぅぅぅっっ!!」


 ルシアスの剣は俺の身体を素通りし、屋上の床に食い込んだ。

 直後、反射攻撃を食らって、ルシアスがすさまじい勢いで吹き飛んでいく。

 右腕が完全にちぎれてる。

 ルシアスはもはや、剣を持つことすらできなくなった。


「どうするかな。シルヴィアを殺して、それでルシアスの絶望が深まるか?

 逆に、ルシアスを殺してから、シルヴィアの絶望をダンジョンに食わせるか?」


 どっちも微妙な気がする。

 絶望の回収は、もうこれで手詰まりかもしれない。


「どうして……どうしてこんなことに……」


 シルヴィアが顔を覆ってうずくまる。

 シルヴィアも血まみれだった。

 よく「ゴールデンソーン」の責め苦に耐えてるもんだ。


「決めた。ルシアスからだ」


 失った腕を押さえもせず、焦点の合わない目で床を見つめながら、ルシアスは何事かをぶつぶつとつぶやいている。


「おかしい……なぜだ……どうして俺が……俺は勇者なのに……なぜだ、どうして、こんなことがあるはずがない……俺には神の加護が……」


「さすがに哀れ……でもないか。こいつがやってきたことを思えばな」


 俺はルシアスの頭部に向けて手をかざす。


「じゃあな」


 俺が、赤い棘を放とうとしたところで、



 ――時が、凍った。

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