14 勇者の介護

 無謀にもダンジョンの奥に突き進もうとするルシアスを、他のメンバー総出でなんとか宥め、「暁の星」は、トロール洞からの脱出を目指すことになった。


「ふんっ……俺の力なら今からでも攻略は可能だと思うがな」


「かもしれんが、他のメンバーが限界だ。ルシアスには悪いが、安全策で行こうぜ、な?」


 いまだにもごもごと文句を言っているルシアスを、サードリックが額に青筋を、頬に作り笑いを浮かべて宥めている。


「すみません。わたしのような新参がいるせいで、勇者様の計画通りには行きませんでした。わたしの想像以上に勇者様はお強いです。これからはちゃんとついていけるように努力しますので……」


 先ほどまでルシアスを責めていたアンも、「勇者様」を立てる元のヨイショへと態度を軟化させていた。

 ダンジョン内で勇者にヘソを曲げられてはたまらないと見たのだろう。

 これから努力すると言ってはいるものの、「このダンジョンから脱出できたら、こんなパーティにはもう二度と関わらない」と、怒りで白くなった顔に書かれている。


「さすがはルシアス。仲間の状態にまで気を配って、メンバーの意見を柔軟に取り入れる。生半可な勇者には絶対にできないことだわ」


 と、ディーネ。

 彼女の場合は、どこまで本気で言ってるかがわかりにくい。

 この中ではいちばん冷静そうな顔をしているディーネだが、ルシアスと愛人関係になってから、ルシアスを盲信している節があった。

 もともとエルフの里で育ち、魔法の才能がないせいで落ちこぼれ、人里にやってきたところをルシアスたちに拾われた。

 その恩もあれば、そもそも異性に慣れていなかったこともある。

 今の状況ですら、「ルシアスが持ち前のリーダーシップを発揮して窮地を乗り越えようとしている」と、肯定的に捉えている節すらあった。


 不幸中の幸いというべきか、蟻地獄へと落ちたことで、トロールたちは勇者一行を見失ったようだ。


 サードリックが罠の探知魔法をかけ、ディーネが避けられない罠を解除する。

 その際に、シルヴィアは罠の構造を分析し、解除方法をおそるおそる進言した。

 ディーネは面白くない顔をしながらも、シルヴィアの「進言」には従った。


「ええっと、このダンジョンは入り口から奥に向かって下りになってました。基本的には、上っている方へ向かえばいいはずです……た、たぶん」


 パーティはもはや、シルヴィアの、曖昧で自信なさげな言葉にすがるしかなかった。


「それにしても、回復の泉が見つからないな……。

 いつもなら、そろそろあってもおかしくない頃なのに」


 ルシアスがぽつりとつぶやいた。


「見つからないって……探してなかったじゃないですか」


 思わずといった感じでアンがつっこみ、それからしまったという顔をする。


「探す……?」


「え、いや、その……」


「言ってくれ」


「……回復の泉は、ダンジョン内のどこにあるか予想がつきません」


「それくらいは知っている」


 アンの言葉に、ルシアスが唇を尖らせる。


 アンは、これ以上ルシアスの感情を害さないよう、言葉を慎重に選びながら続けた。


「回復の泉は、煌めきの神のお力が、ダンジョン内に食い込んでできるものだと言われています。

 煌めきの神が、ダンジョンを進む勇者たちを助けるために、そのお力を恵んでくださったものです。

 ……ここまでは、博識な勇者様ならご存知ですよね?」


「そんなのは常識だ。どうせおまえは、俺のことを物知らずな勇者だと思ってるんだろう」


「そ、そのようなことは……。

 ともあれ、回復の泉は、どこにあるかわかりません。

 しかし、教団の長年の研究により、マップからその位置を割り出す方法が編み出されています。

 とはいえ、ダンジョンの内部構造は千差万別。マップから比較的簡単に割り出せる場合もあれば、結局総当たりするしかないこともあります。

 その……以前の方が、回復の泉を毎回短時間で探し当てていたのだとしたら、相当に優秀なマッパーだったのではないかと思います」


 アンの指摘に、ルシアスがむっつりと黙り込む。


「位置を割り出すってぇのは、そんなに難しいもんなのかよ、アンちゃん」


 そう言ってくるサードリックに、アンは軽蔑するような目を向けた。


「正確な歩測と精密なマッピング能力に加え、高度な幾何学の知識と、複雑な方程式による計算が必要だということです。一朝一夕に身につく能力ではありません」


「そ、そうかよ」


 アンがサードリックに軽蔑を隠さないのは、おもに、蟻地獄のあった場所でのサードリックの発言のせいだ。

 あれに比べれば、賢者のくせにこんなことも知らないのか、といった程度のことで、今さら驚く気にもなれなかった。


「つまり、なにかい? あたしらは、今どこをさまよってるかもわからなければ、回復の泉に行き当たるかどうかもわからない……と」


 エイダが、暗澹たる声でそう言った。


 それでも、「暁の星」は、着実にダンジョンを進んでいた。

 もう罠には引っかからなかったし、時折出くわすトロールも、数体ずつなら問題ない。

 「水耐性」と「物理見切り」にさえ気を付けていれば、Aランクパーティが苦戦するような相手ではない。


 だが、問題がまったくないわけではなかった。


「くそっ、MPが限界だぜ」


 ぼやくサードリックにルシアスが聞く。


「どのくらい残ってる?」


「三分の一ってとこか」


「アンは?」


「わたしは、残り94ですね。数え間違いがなければですが」


 しれっと答えたアンに、ルシアスが驚く。


「なぜそんな正確にわかるんだ?」


「えっ、むしろ、どうして数えてないんですか?」


「か、数えてるものなのか?」


「……もういいです」


 アンは、議論するのもばからしいという顔でため息をついた。


 それを背後で見ていたシルヴィアは、


(キリクさんなら。ルシアスさんやサードリックさんのMP残量を、一桁の誤差で把握していたはずです。もちろん、わたしのMPも)


 心の中でそうつぶやく。


 キリクは、パーティの魔法職のMPが尽きる前に、必ず回復の泉を見つけていた。

 サードリックのMPが切れたことはあったが、パーティの生命線であるシルヴィアのMPには、常に余裕を確保してくれていた。

 サードリックがMPを浪費しやすく、シルヴィアが節約志向であることまで考えて、サードリックが魔法を使いすぎないよう、戦う魔物の数や種類まで調整していた。

 ディーネの矢の残り本数まで、ざっくりとだが、考慮には入れていたようだ。

 リーダーであるルシアスが、ではなく、後衛のシーフであるキリクが、である。

 それがどんなにありえないことだったか。

 シルヴィアは今になってようやく思い知っていた。


 再び、気まずい行軍が続く。


 その途中で、シルヴィアが「あっ」と声を漏らした。


「どうした、シルヴィア?」


 聞いてくるルシアスに、


「その、見覚えのある地形だと思いませんか?」


 シルヴィアが答えるが、メンバーは顔を見合わせ首を振る。


「ここ、挟み撃ちを受けた場所だと思います」


「よくわかるな。本当か?」


「たぶんですけど……。四つ辻や曲がり角を数えてると、自然に他のことも目につくんです。あそこから垂れ下がってる鍾乳石に見覚えがあります」


 少し進むと、地面に穴が開いていた。

 そのすぐそばに、矢を発射する罠が残っている。

 他でもない、ディーネが解除を誤り、トロールを呼び寄せてしまった場所だった。


「穴の上の天井に、伝声管の小さな穴が見えます」


 シルヴィアの言葉に、一同が天井に目を凝らす。


「あんな小さな穴に気づくのか」


「しっ、声を出さないで。

 この先は通路が埋められてました。

 少し戻って、さっきの四つ辻を左に折れましょう。

 そこから道が続いていれば、またどこかで左に折れます。

 うまくすれば、出口の方向に向かえるはずです」


 シルヴィアの説明に、パーティは足音を忍ばせ、後ろに下がる。


 シルヴィアの言った通りに、さっき通ってきたばかりの四つ辻を曲がる。


 その先は、一本道になっていた。

 四つ辻や、左への曲がり角がなかなかない。


「くそっ。出口の方向はわかてるってのに」


 サードリックが苛立ちまぎれに石を蹴る。


「よくあること……だそうです。ダンジョン内では、方角がわかっていても、そっちへまっすぐ向かえる通路があるとは限りません」


 シルヴィアの「だそうです」に込められた、ここにはいない人物のことを、メンバーは思い出さずにはいられない。

 まるでキリクの亡霊に導かれるかのように、一行はダンジョンを静かに進んでいく。


 そのあいだにも、何度かトロールとは遭遇した。

 数が少なければ、ルシアスかエイダ、ディーネだけでも倒せるが、数が多くなると、賢者二人の魔法に頼るしかない。もし討ち漏らせば、すぐに四方八方からトロールどもが押し寄せてくるからだ。


「ルシアス、俺のMPがヤバいぞ」


「ヤバいじゃわからん。どのくらいだ?」


「もう五分の一ってとこだろう」


「アンは?」


「50を切りました」


「そうか……」


 さしものルシアスの顔にも不安が浮かびかけた頃、待ちわびていた四つ辻が見つかった。


「よっし!」


 ルシアスが、拳を握って喜びを噛みしめる。

 他のメンバーの顔にも安堵が浮かぶ。


「みんな、あと少しだ」


「ああ、そうだな。一時はどうなるかと思ったぜ」


「まったくだ。あたしの『ランパード』もあと一回が限度だよ」


「わたしも矢の残りが少ないわ。数の少ないトロールは、ルシアスとエイダで処理してほしい」


「油断しないでくださいよ。まあ、出口近くの魔物は奥より弱くなるはずですが」


 ディーネやアンですら、ひと山越えたという空気を出していた。


 一行は、四つ辻を左へ曲がり、やや細くなった道を、気持ち足早に進んでいく。


「やべえな。罠の探知にMPを使うと、攻撃魔法が使えなくなる」


 サードリックがそう言った。


「それなら、攻撃魔法はアンに任せよう。戦闘になったら、サードリックは無理せず下がってくれていい」


「……しかたありませんね」


「パーティ全体のためだからよ」


 アンとサードリックのあいだには、行きにはなかった距離がある。

 アンとルシアスのあいだにも。


 そのことにハラハラしていたせいで、シルヴィアは頭上から聴こえる異音に遅れて気づく。


 ずん、ずん、と、振動すら伴って、天井の上を何かが動く音がする。


「み、みなさん!」


「下がれ――じゃない、こっちに来い、シルヴィア!」


 ルシアスの言葉に、シルヴィアは前衛に向かって駆け出した。


 直後、シルヴィアのいた場所を土砂が埋める。


 いや、天井が崩壊したのだ。


 もうもうたる土煙の奥、土砂の山の上に、巨大な影が立っていた。


 ――グオオオオッ!


 大きな両手棍を持ったひときわ巨大なトロールが、鼓膜の破れそうな雄叫びを上げた。

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