4 悪魔との会話

「……ん? ここは……」


 聞こえてきた声に、俺は顔を起こして女を見る。


 寝台に寝かせた女と向かい合う位置で、俺は壁にもたれ、外套にくるまって眠っていた。

 寝台を女に譲った……面もあるが、もしこの女が目を覚ました時に、即座に動けるようにするためだ。

 なにせ、Aランク勇者パーティ「暁の星」と、互角に近い戦いをした相手だからな。


「起きたか」


 俺の言葉に、女が身構えながら振り向いた。


「き、貴様は……!」


「よう。その様子なら、病素はもう大丈夫みたいだな」


 砦の奥にあるダンジョンに飛び込んだ俺は、ダンジョンを途中まで踏破し、回復の泉から霊水を持ち帰った。

 霊水は、泉から持ち出すと、一時間も経たずにその効力を失ってしまう。

 俺の足をもってしても、ここまで持ち帰るのはギリギリだった。


「貴様は、勇者どものシーフだった男だな!? あの得体のしれないスキルを使う……!」


「覚えてたか」


「忘れるものか! 瘴気で満たした破滅の塔をやすやすと踏破し、人間どもの状態異常など効かぬはずの魔物を状態異常にかけて無力化した! 私との戦いでも、私の翼を正体不明のスキルで封じたな!? 勇者を追い詰めた私に強烈な一撃を食らわせてきたのも貴様ではないか!」


 悪魔の女は、俺をきつく睨んでそう言った。

 どうやら、この女には相当に恨まれてしまってるらしい。


 悪魔の女は、そこまで言ってからはたと気づく。


「……む? 待て、どうして貴様と言葉が通じるのだ?」


「ん? どういう意味だ? たしかに、戦いの時は言葉なんて交わさなかったが」


「知らないのか? 煌めきの神に呪われた勇者とその仲間どもには、魔族の言葉が通じなくなるのだ」


「なんだって!?」


 俺は驚いた。


(でも、言われてみれば……)


 これまで「暁の星」の一員として、悪魔とは何度となく戦ってきた。

 その悪魔たちは、こっちには理解できない言葉を口にするばかりで、まともに会話が成り立ったことがない。


「教団の祝福で悪魔の言葉がわからなくなる……か。

 俺はてっきり、悪魔は悪魔語をしゃべってるもんだと思ってたぞ」


 しかし思い返してみれば、目の前の女は盗賊どもと会話を成立させていた。

 盗賊どもに「悪魔語」の素養なんてあるわけもない。

 だいたい、俺もその会話を聞いて理解できていたのだから、あの会話が「悪魔語」であったはずがない。


「煌めきの神は、選ばれし者とその仲間に呪いを与える。

 魔族と戦う力を授けると同時に、魔族への激しい敵意を植え付けるのだ。

 その呪いによって、勇者どもにはわれわれの言葉が通じなくなる」


「そ、そんなことになってたのか」


「だが、貴様には私の言葉が通じているな。

 塔で戦った時には通じている様子はなかった。

 だとすれば……そうか、貴様は勇者の『仲間』ではなくなった。そういうことか?」


「…………」


 悪魔の女の言葉に、俺は思わず黙り込む。


「当たり、か。

 だが、なぜだ?

 なぜおまえは、勇者の仲間たることをやめ、私をこうして……助けたのだ?

 貴様なのだろう、病魔に侵された私を助けたのは」


 悪魔の女は、周囲を見回してそう言った。


「だんまりか。

 まぁいい。

 それより、ここはどこだ?」


「おまえを襲おうとしてた盗賊が根城にしてた古い砦だ」


「奴らは?」


「俺が片付けた」


「なぜだ? 同じ人間だろう?」


 女の言葉に、俺は弾かれたように立ち上がる。


「同じ人間だと!? ふざけるなっ! ほしいままに人を傷つけ奪うあいつらと一緒にするな!」


「好き勝手に他者を傷つけるという意味では、勇者とて同じことだろう」


「魔王や悪魔が何もしなければ、勇者も何も必要ない!」


「魔族からすれば、話はまったく逆なのだがな。

 われわれは侵略された。

 だから、二度とそんな気が起きないよう、人間どもを叩いておこうとしているだけだ」


「勝手なことを……!」


「それはこちらのセリフだ」


 俺と悪魔の女が睨み合う。

 そのまましばし膠着状態が続いた。


「……まだ聞いていなかったな。貴様はなぜ私を助けた?」


 女が聞く。


「気まぐれだ。敵とはいえ、あんな下衆どもの慰み者にされるのを黙って見ているのは気分が悪い」


「そうか? 私は破滅の塔を使って、周辺に瘴気を撒き散らし、人間どもの活力を奪い、緩慢な死を迎えさせようとしていたのだぞ?」


「それは……」


「ふっ。あるいは、賊どもにくれてやるくらいなら、自分のものにしてやろうとでも思ったか?」


「……そんなことは考えもしなかったな。

 おまえこそ、よくそんなことを考えつくな?」


「な、なぜ私の発想が邪なように言われねばならんのだ。よくあることであろうが」


「まぁ、サードリックあたりなら考えそうだな」


「あの男賢者であるか?」


「わかるのか?」


「戦いの最中、私に散々いやらしい視線を向けてきたからな。魔族はああした邪念には敏感なのだ」


「あいつは……」


 敵にすら欲望を見透かされるようではな。


(そういえば、あいつはシルヴィアに欲望を向けてるようだったが……)


 俺がパーティからいなくなった今、押しの弱いシルヴィアがあいつの罠にはまらないか心配だな。


(まあ、そのシルヴィアだって、俺の追放を黙って見過ごしたことに変わりはない)


 引っ込み思案のシルヴィアのことは、後衛同士のよしみで、何かと面倒をみてやることが多かった。

 もっとも、それは恋心というには淡すぎる。

 妹のように思ってたって感じだな。

 そんな相手が俺の追放に反対しなかったのは、少なからずショックだった。


(妹といえば……)


 俺の脳裏に、ペンダントのロケットがエイダに踏みにじられて砕け散る光景が蘇る。

 俺は思わず顔をしかめた。


「どうした? 連中に遺恨でもあるのか? おまえほどのシーフを放り出すくらいだ、よほどのもめごとがあったのだろうな」


「俺は何もしてねえよ。ただ一方的に、戦力にならんから除名すると言われただけだ」


「は? 貴様が戦力にならんだと? そんなはずがあるまい」


「すくなくとも、あいつらはそう思ってたってことだよ」


 悪魔の女は、なおも俺を疑うようにじっと見る。

 俺が本気で言ってることがわかったのか、まだ半信半疑の様子でこう言った。


「貴様に比べて他が数段劣るとは思っていたが、それほどまでに愚かだったとはな」


「いや待て。んなことはないぞ。俺は器用貧乏なだけで、パーティの火力にはほとんど貢献できていなかった」


「火力だけが全てではあるまい。

 実際、私を追い込んだのは貴様ではないか。

 断じて、あの隙の多い勇者ではない」


 悪魔の女にきっぱり言われ、俺は複雑な気持ちになる。


「あんたがそう言ってくれるのは光栄っちゃ光栄だけどな……。いくらなんでも買いかぶりすぎだ」


「ずっと気になっていたのだ。

 貴様はシーフ系の上級職であろう。

 だが、私の知る限り、シーフの上級職にあのような戦い方ができるスキルは存在しない」


「ああ……そのことか」


 敵であるこいつにしゃべるようなことじゃない。


 だが、どうせもう勇者パーティからは追放された。


 勇者による除名は、よほどのことがない限り行われない。

 仮に方針の違いが表面化しても、穏便にパーティを去るよう説得するのが一般的だ。

 ルシアスがいきなりそんな極端な手段に出たのは、十中八九、サードリックの入れ知恵だろう。

 勇者から除名処分を受けたとなれば、有力な他の勇者パーティに参加するのは不可能に近い。


 ――魔王を倒す。

 俺の人生を支えてきたその柱が崩れ去ったことで、俺は少なからずやけっぱちになっていたようだ。


 俺は、気がつくと自分のことをしゃべっていた。


「そうだな……そのことを説明するには、俺のステータスの話から始める必要がある」


 住人のいなくなった崩れかけの砦の中で。

 俺は、敵だった女に、長い話を始めていた。

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