5 キリクのステータス
いまだ名前すら聞いていない悪魔の女に語った話は、長い上に錯綜していた。
悪魔の女は、なぜか大人しく俺の話を聞いてくれたが、そんな態度を誰にでも求めるのは間違ってる。
わかりやすくまとめ直した方がいいだろう。
まずは、俺のステータスを見てくれ。
これをどう思う?
キリク・サングラム
マスターシーフ☆
レベル69(MAX)
HP 179/179
MP 164/164
STR 120
INT 54
DEX 255(MAX)
JOB SKILL 「ぬすむ☆」
われながらレベルは高いと思う。
それもそのはず、俺が所属していた勇者パーティ「暁の星」は、煌めきの教団からAランクに認定されていた。
すげえと思うだろ?
だが、次のステータスを見てもらうと、見方がまた変わってくるはずだ。
ルシアス・クライスハーゼ
勇者
レベル74
HP 344/344
MP 257/257
STR 219
INT 197
DEX 188
JOB SKILL 「勇者魔法」
パーティのリーダーにして主力である勇者ルシアスのステータスだ。
一般的に知られていることだと思うが、念のために各パラメータについて補足しておこう(それくらいわかってるという熟練者は飛ばしてくれても構わない)。
・HP
生命力、体力などと呼ばれる。敵の攻撃や毒などの継続ダメージによって減少し、回復魔法や回復の泉、長時間の休息などによって回復する。この数値がゼロになると「戦闘不能」状態になり、一定時間以内に蘇生できないと、その人物は死亡する。
・MP
魔力。この数値の分だけ、MPを消費するスキルが使用できる。魔法以外のスキルでも、ものによってはMPを消費する。回復の泉や長時間の休息によって回復するが、MPを回復できるアイテムは稀少である。
・STR
力の強さ、筋力。物理攻撃で敵に与えるダメージに影響する。
・INT
知力。魔法攻撃や一部のスキルで敵に与えるダメージに影響する。状態異常魔法など、一部のスキルの成功率や回避率にも影響する。
・DEX
敏捷性、すばやさ、器用さ。移動速度や攻撃速度、攻撃の命中率・回避率、一部スキルの成功率・回避率、攻撃が急所を捉える確率|(いわゆるクリティカル)などに影響する。
以上を踏まえて、俺のステータスと勇者のステータスを今一度見比べてみてほしい。
比べてみると、一目瞭然だろう。
俺のステータスは、明らかに勇者のステータスに見劣りする。
唯一DEX――すばやさだけが高いものの、魔王軍と戦う上では、DEXがカンストしてる必要はあまりない。
魔王軍の魔物は、一部の例外を除いて、基本的にこちらより身体がデカい。
その分パワーがあったり、膨大な魔力を溜め込んでたりはするのだが、身体がデカくなるほどにすばやさは下がる傾向にある。
ルシアスくらいのDEXがあれば、魔物の群れに先制攻撃をかけるには十分だし、DEXの差で攻撃が当たらない・避けられないということもない。
塔の上で戦った悪魔の女は、珍しい例外だ。
つまり、俺の高いDEXは、魔物相手には無駄なのだ。
その分がSTRやINTに入ってくれてればどれだけ助かったことか。
STRやINTは、物理攻撃や魔法攻撃の威力に関わるので、どれだけあっても高すぎるということはない。
魔物は膨大なHPを持ってるから、一撃の威力が少しでも上がれば、その分早く魔物を倒せることになる。
戦いが短く済めば、ダメージもMPの消費も少なくて済む。
どこまで続いてるかわからないダンジョンを攻略する上で、パーティの火力は継戦能力を左右する重要なファクターだ。
俺にはたしかに、多彩な攻撃手段がある。
だが、強い魔物相手には通用しないものも多いし、たとえ通用したとしても火力が足りない。
「そんなわけで、俺はパーティではお荷物扱いされていた。とくに、俺のレベルが69で打ち止めになってからはな」
「馬鹿な……」
自嘲気味に言った俺に、悪魔の女が疑うような声を漏らした。
ちなみに、仮にも上級職であるマスターシーフのレベルが69で打ち止めになるのはかなりの例外だ。
レベル上限はジョブごとに決まってて、通常のマスターシーフの上限は99。
それが、俺に限って早くも69で止まってしまった。
俺にはシーフとしての才能が欠けている――ルシアスたちがそう思ったのも無理はない。
悪魔の女は、何かを思い出すように斜め上を見つめてから言ってくる。
「だが、それでは説明がつかない。
マスターシーフはシーフ系の最上位職とはいえ、私を捉えた網のようなものを出すスキルはないはずだ。
塔の魔物に状態異常をかけていたが、マスターシーフが扱える状態異常攻撃は毒と猛毒だけのはず。そのスキルも、耐性を持つ魔物には効かないはずだ」
すらすらと言った悪魔の女に、俺は少し驚いた。
「詳しいな、あんた」
「と、当然だろう。
ダンジョンマスターとして、ダンジョンを攻略に来る人間どもの能力を把握しておくことは重要だ。
多くの魔族は、慢心して怠りがちではあるのだがな」
少し照れたような顔で、悪魔の女が言った。
褐色の頬がわずかに紅潮してる。
そんな様子は、人間の女と変わりがない。
「なるほど、優秀なダンジョンマスターだったわけだ」
「貴様に言われても嫌みにしかならぬ。
それより、貴様がマスターシーフでは使えぬはずのスキルを使えるのはなぜなのだ?」
「ああ。その答えはある意味では簡単だ。
俺は、厳密にはマスターシーフじゃないんだよ。
ステータスでは、『マスターシーフ
ステータスは、煌めきの教団の支部に行かないと見ることができない。
ここで悪魔の女に見せることはできないが、ざっくりしたところは教えてやった。
この女ならどうせ、前の戦いでこっちのステータスに当たりくらいは付けてるはずだ。
「☆、か?」
「ああ。JOB SKILLの『ぬすむ』にも☆がついている。
実際、普通の『ぬすむ』と俺の『ぬすむ☆』はまったくの別物だと言っていい」
「どう違うのだ?」
聞いてくる女に、俺は一瞬ためらった。
このことについては、他人に詳しく話したことはない。
ルシアスたちにも、特殊なスキルが使えるとだけ教えていた。
そのことが連中の疑念を招いた面もあるかもしれない。
シーフのくせに魔物からアイテムを盗めず、代わりにおかしなスキルばかり使ってる。
そのスキルも、パーティでの戦いに向かず、火力も出にくいものが多かった。
レベルが通常より30も低い段階で打ち止めになったこともあり、あいつは使えないシーフだという認識に落ち着いてしまったのだ。
だが、それぞれのスキルについてなんて、仲間であっても詳しくは教えないのが常である。
それぞれのジョブがどんなスキルを覚えるかは大体のところ決まってる。改めて教え合う必要があまりない。
俺は、スキルのことを教える前に、大事なことを聞きそびれていたことに気がついた。
「……なあ、あんたの名前を聞いてもいいか?」
この女は、人間のスキルに詳しく、初対面とは思えないほどに話が噛み合った。
(それだけじゃないな)
なんとなく、ものの考え方が似てる気がする。
そのせいで、つい前からの知り合いのような気になってたが、考えてみればまだ名前すら聞いていない。
「名前か。そう言えば名乗ってもいなかったな。
しかし、奇妙なものだ。つい昨日までは敵として戦っていたというのに」
悪魔の女がそう言った。
親近感を抱いていたのは、俺だけでもなかったらしい。
悪魔の女は、一拍溜めてから自分の名前を口にする。
「私は、魔王軍従三位ダナンスト・フィレドア・エルベローイだ」
「ダナ……ややこしい名前だな」
「ダーナで構わない。
どうせ、破滅の塔の一件で、私も魔王軍から追われる身だ。
従三位の地位も、父母の姓も、遠からず剥奪されることだろう」
「噂には聞いていたが、厳しいもんだな」
「魔王軍では力がすべてだ。そうでもしなければ統率が取れぬ」
「じゃあ、ダーナって呼ぶぞ」
「わかった。私はキリクと呼ぼう」
名前で呼び合うと、妙なこっぱずかしさがあるな。
俺とダーナは微妙に視線を逸らし、それぞれが、砦の何もない岩壁と天井を見る。
俺は、さっきの話に戻ることにした。
「俺の『ぬすむ☆』が普通の『ぬすむ』とどう違うかって話だったな。
結論から言うと、
「何を盗むか?」
「ああ。普通の『ぬすむ』は、相手の所持品をランダムに盗むものだ。
魔物が相手の場合、所持品以外のものが手に入ることもある。
いわゆる『ドロップアイテム』よりも、いいものが手に入ると言われてるな」
ドロップアイテムについては説明は不要だろう。
魔物を倒した時に確率で落ちるアイテムのことだ。
魔物を倒すとアイテムが落ちる――このことは常識ではあるものの、考えてみると、なぜそんな現象が起こるのかは謎である。
「ぬすむ」によってそれとは別のアイテムが盗めることも、よく考えてみると謎が深い。
「ぬすむ」のスキルと、一般的な意味での「物を盗む」はまったく別の現象だ。
相手が手にしているもの、身につけているものを物理的に掏り取るだけなら、シーフでなくても誰でもできる。
だが、魔物が「持っている」はずのない特殊なアイテムをどこからともなく盗み出すことは、シーフの「ぬすむ」でしか不可能だ。
(他のシーフにそんな話をしても、「当たり前だろ」とか「考えてもしょうがない」とか「煌めきの神のおかげだ」とか言われるだけだ)
それではただの思考停止だ――俺はそう思うのだが、実際問題、考え続けたからといって答えが出ないことも事実である。
だが、ダーナは俺の言葉のニュアンスがわかったらしい。
「うむ。考えてみれば奇妙な能力だが、煌めきの神のすることを疑問に思ってもしかたがない。分析を深めることは重要だと、私は思っているがな。
では、貴様の『ぬすむ☆』はどうなのだ?」
「俺の『ぬすむ☆』が盗むのは、相手のスキルなんだ」
「スキル……だと?」
「成功すると、相手のスキルが消滅し、俺はそのスキルを使えるようになる。
手に入れたスキルは、俺の脳裏に一覧として表示される。
それを選択するか、スキル名を唱えることで、盗んだスキルを使用することができるんだ」
さらりと言った俺に、ダーナが目を剥いてのけぞった。
「なっ……そ、そのようなことが可能なのか!?」
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