⑤冷たい罪

◇◇◇



 目の前の水は、一点の濁りもなく透き通っているのに、不思議と奥までは見通せない。


 自ら飛び込む度胸がない代わりに、ここへ来るたび花を投げ込んだ。そうやって水を汚せば、神様が彼と同じところまで連れて行ってくれるかもしれない、そんな浅はかな考えで。

 だが不幸は、全く別の形で注がれた。神様も、彼も、よく知っていたのだ。直接命を奪うより、周りを巻き込み遠回しに心を破壊していく方が、愚か者により深い苦しみを与えられることを。


「もう誰もいなくなっちゃった……」


 林に背中を向け、湖の傍らで膝を抱える少女。彼女は虚しく笑う。


「私と遊んでくれる子、もう誰もいないの……だから、今度こそ私のところに来てよ……」


 静まり返った水面を見つめ、少女は自らの罪を想起する。村の誰も知らない、重く幼い秘密を。


 雪の降る寒い冬。彼女が勇気を出して明かした想いを、彼はあっさり切り捨てた。舞い散る結晶よりもずっと低い温度の声で。

 その冷たささえも、心を離してくれなくて。

 閉じ込めたかった。だから彼を突き落とした。誰にも奪われない、深くて暗い水底へ。


 遥か彼方に輝く月が、刹那、薄い雲に隠れる。


「ごめんね……亮君」


 半年の月日を経て、ようやく声になった謝罪。

 後悔に頬を濡らす少女は気付かない。背後から、冷淡なで自分を見下ろす少年の姿に。



 地上になど目もくれず、空中で遊び終えた蝶々達は、一斉に、水中へと舞い戻っていった。

 

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水底の子ども達 雪翅 @kasatoriumu

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