④儚い光――2


「美樹!!」

「おじいちゃん……っ!」


 高齢者らしからぬ速さで一直線に距離を縮めてくる祖父の胸に、美樹は堪らず飛び込もうとする。

 が、祖父が腕を広げることはなく、駆け寄ってくる孫に抱擁ではなく拳骨を与えた。


「いっ……⁉」

「おじいちゃん、じゃないわっ! 馬鹿もんがぁっ‼ 夜に出歩いて何かあったらどうするんじゃ⁉ 田舎だと思って舐めちゃいかん‼ 見回りしとった玉木さんも見とらんと言っとったし、めちゃくちゃ捜し回ったんじゃからな⁉」

「ご、ごめんなさい……」


 容赦ない雷と、脳天を揺さぶる痛みに、美樹は肩を縮める。しかし、萎縮はするものの、怖くはない。

 睨んでくる鋭い瞳は潤んでおり、孫を叱る言葉の端々では息が乱れている。

 祖父の厳しい叱責が、今は美樹の心を温めた。同時に、こんなにも心配をかけてしまった自分の軽率さを深く反省した。


「もう絶対に夜は一人で外に出ちゃいかん! しかも灯りも持たんでっ……!」

「あっ……提灯は持ってたんだけど置いてきちゃって……それに、一人じゃないんだよっ」

「ん? 誰かと一緒なんか?」

「うん! 亮と一緒なんだ!」


 美樹はたった今抜け出してきた林を指す。


「林の中で蔦が絡み付いちゃったみたいなんだ。早く助けてあげないとっ……」

「おい、ちょっと待て……美樹」


 急激に音程を低めた声が、引き返そうとする孫を呼び止める。

 先程とは打って変わって青ざめた祖父。張りの無い顔は、いつもよりなお血色が悪い。


「亮って……ひょっとして、一ノ瀬さん家の亮君のこと、言っとるんか?」

「え? うん。そうだけど……」


 美樹が頷くと、祖父は深刻な様子で目を瞑り、息を吐く。そのまま腰を屈めて提灯を横に置き、包むように美樹の両手を掴んだ。


「美樹……すまん。お前が悲しむと思って言えんかったんじゃが、実は……」


 提灯の障子紙に止まる羽虫。重なり合う、二つの影。




「亮君はな、半年前の冬に亡くなったんじゃ。水神様の住む、あの大きな湖に落ちて」




 人工色の丸い光が、儚く揺らめいた。

 

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