④儚い光――1


 追いかけられている気配は無いのに、湖が見えなくなってからも、暗闇を駆け抜ける勢いは止まらない。

 器用に草むらをかき分けていく亮は一度も振り返らなかった。まるで逃げていくかのような速さに不安を感じながらも、美樹は自分を引っ張ってくれる力強い手に従う。

 提灯を置いてきてしまった今、頼れるものは、闇に慣れ始めた夜目の効果と、柔らかな月の光だけ。


 やがて、重なり合う鈴虫の声が帰ってくる。


 もう少し走れば林を抜ける。そんなところまで来て、亮はいきなり動きを止めた。


「え……亮?」

「…………俺も、お前がいてよかったよ」

「え? ごめん、今なんて……」

「いってっ‼」


 友の声を聞き逃した美樹が訊き返す前に、亮がその場にしゃがみ込んだ。同時に二人の手も離れる。


「りょ、亮? どうしたの?」

「蔦が足に絡まった。ほどくのに時間かかりそうだから、お前は先に行け」

「えっ⁉ 僕も手伝うよ!」

「馬鹿っ! あれが聞こえねぇのか!?」


 触れかけた美樹の手を払い、亮は湖とは反対の方に顎を向ける。


「……きぃ……し……」


 風が耳まで運んできた声。遠い場所で叫んでいるその人の正体を、美樹はすぐに悟った。


「あの声っ……!」

「多分走り回ってるぞ。早く安心させてやれっ」

「うんっ!」


  もう一秒の躊躇いもなく、美樹はその場から駆け出した。

 早く戻って安心させたい。あの人のところへ帰りたい。その一心で林から抜け出すと、闇の中をあちこちに動き回る橙色の光が見えた。


「よしきっ……何処行ったんじゃ、よしきぃ!」


 提灯を片手に、周囲を忙しなく見回しながら、懸命に砂利道をうろつく一人の男。

 美樹は迷わずその人の元へ向かう。


「おじいちゃん!」


 男が孫を姿を認めると、手元のぼやけた光は彷徨うのを止めた。

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