最後の試練

「授業を終わります、号令なし各自解散」


 四限の授業が終わり、各自リュックから弁当を取り出す。僕も、今朝優樹が渡してくれた弁当を持って廊下に出た。


「やっと終わったぁ」

「眠すぎ〜」


 既に廊下で待っていた陸たちと合流し、あれが分からん、これが分からんと授業の愚痴を言いながら廊下を歩く。着いた先は校舎裏。日も当たるし、先生にもバレない。お昼ご飯を食べるのには絶好の場所だ。


「優、今度数学教えて」

「俺も!」

「別に良いけど、僕教えるの下手だよ?」

「いいのいいの!」


 お弁当を開きながら言う遥は、暖かい日差しに当たっている。短くなった髪がキラキラと揺れ、とても…。

 そういえば遥、髪切ってたんだった。突っ込む余裕がなく、気付けばそのまま素通りになっていた。


「遥って、髪切ったよね?」

「あ、やっと気付いた?」

「もともとショートじゃなかったもん、気付いてたよ」

「なぁんだ、気付いてたんだ」


 遥はつまんなそうに口先を尖らせた。どうやら気にして欲しかったらしい。どう考えても切るタイミングが悪いと思うのだが、そこは口をつぐんでおいた。


「なんで切ったの?」

「ん?まぁ、失恋…的な?」

「ええっ?!」


 思わず身を乗り出す。陸も目を丸くして驚いていた。


「桜井、好きな人居たの?!」

「まぁ、うん…」

「え、告白したの?」

「いや、してないっ!」

「じゃあなんで失恋?取られたとか?」

「いや、そうでもないんだけど…」


 遥が言いづらそうな顔をしたので、僕は前のめりになる陸を押さえる。まさか遥に好きな人が居たなんて、知らなかった。


「そ、そんなことより、旅行の話進めよ!」

「あ、おう」

「二人ともどこ行きたい?」


 強引な話題変更に、僕もなんとか着いていく。遥の頬は、少し赤らんでいた。


「日帰り?」

「泊まりたいな〜」

「それなら東北とかはどう?雪景色が綺麗だよ」

「確かに!」


 遥はスマホで観光地を探しながら、親が作ったのであろう弁当をつまんでいる。陸はといえば、購買パンを片手に図書室から借りてきたらしい旅行用の雑誌を読んでいる。


「陸くん、それどこの?」

「東北地方なんだけど…あ、温泉とかどう?」

「いいね!旅館とか泊まりたいかも!」

「風情があっていいね」

「そんじゃ、候補に入れとくな」


 陸はメモ帳にいくつかの地名を書き留め、ページをめくっていく。遥もスマホを使って調べているので、僕もスマホを開いて東北について調べてみる。


「雪が降るところならスキーが出来るみたい」

「私やったことないなぁ、やってみたい!」

「俺もスキーやりたい!」

「それならもう大分絞られてきたね」


 僕はタブを変えて、東北地方のスキー場を検索してみる。流石、豪雪地帯ということもありかなりの件数がヒットした。旅館が近いところ、広いところ、初心者向けなところ。色々な条件をつけて検索をしていくと、段々と件数が絞られていった。


「ん…?あ、チャイム鳴ってるよ!」

「え?うわ、ほんとじゃん」


 耳を澄ませば、確かにチャイムが鳴っているのが聞こえてきた。校舎裏なので少し音が聞こえづらいのだ。


「予鈴だからまだ大丈夫だね」

「そんなあなたに悲報でーす」

「え?」

「こちら、なんと本鈴になりますっ」


 陸はふざけながら、何故か嬉しそうに言った。頭の中がハテナで埋め尽くされる。どうやら気がつかない内に予鈴は鳴っていたらしく、時間を見れば確かにもう授業は始まっていた。僕たちは急いで弁当を片付け、ダッシュで教室まで向かう。不運なことに、次の授業の教科担任は怖いで有名な生徒指導部の先生だ。前にカメラの持ち込みで指導されたことがあるが、噂通りかなり怖かった。思い出しただけで背筋が凍る。

 教室まであと数メートル。到着したら滑り込んで、大きな声で謝罪。何度も頭の中でシミュレーションをし、僕は教室に飛び込んだ。


「遅れてすみません!!!」


 深く頭を下げ、大きな声で謝る。想像通り怒号がくるかと身構える。しかし、聞こえてきたのはクスクスという笑い声だけだった。恐る恐る頭を上げる。


「優、先生遅れてるっぽい」

「ふふっ、良かったね」

「うっそ、良かった…けど恥ずかし…」


 僕たち三人はさそくさと席に座り、まだ終えていなかった授業の準備をした。結局教科担任はその五分後に悠々と現れ、何事もなかったかのように授業を始めた。


 五限、六限の授業が終わり、帰る準備を始める。月曜は七限が無いからいつもより楽だ。


「じゃあね、優」

「うん、また明日」


 遥に別れを告げ、僕もリュックを背負う。今日は、まだ帰れない。部活に行かなければならない。きっと説得してみせる。そして、ちゃんと活動をする部活にしてやる。誰に嫌われたって良い、僕がやりたいんだ。

 そんな心持ちで部室の前までは歩いてきた。しかし、やはり足が進まない。別に、今日じゃなくてもいいんじゃないか。そんな思いが脳裏に浮かぶ。イマジナリー天使とイマジナリー悪魔が、両耳に囁いてくる。


「あ、優くんだ」


 突然名前を呼ばれ、思わず飛び上がる。声のした方を見ると、そこには写真部の部長が気怠そうに立っていた。


「部長…」

「今日も真面目くんは撮影行くんですか?」

「あ…いや」


 負けるな、僕。言ってやれ、僕。心の中で、僕が僕を鼓舞する。心の僕と体の僕が、まるで違う人間になったようだった。


「部長…僕、その」

「ん、何?」

「ちょっと、お話があって。お時間宜しいですか?」

「あぁ…俺このあと進路指導だからさ、話したいなら明日か、二時間ぐらい待ってもらうことになるんだけど」

「じゃあ、待ちます。進路指導頑張ってください」

「待つんだ…。まぁいいや、ありがとう」


 部長は苦笑しながら僕をもう一度見ると、何も言わずに去ってしまった。僕は部室に入り、無造作に置いてある椅子に座って一息つく。


「んで来たんだよ」

「速く撮影行けよ…」


 こそこそと悪口が聞こえる。耳を塞ぎたくなったが、今日は耐えなければならない。この空間から、ずっとずっと逃げてきた僕だから、今日ばっかりは。


「他の部員は?今日部活の日ですよね?」

「知らねーよ、帰ったんじゃねえ」

「欠席連絡も無しに休んだんですか?」

「じゃねーの。なに今更」


 二人の部員が僕を睨む。他の三人はガン無視だ。本当は部長含めてあと六人居るはずなのに、何故これだけしか居ないんだ。


「あのさぁ、お前、部活辞めた方がいーよ」

「はぁ?」

「向いてない。写真ほんとにやりてーなら、部活なんかやめて勝手に撮影してれば」

「向いてないのはお前だろ…」

「おいおい、俺三年なんだけど?」

「知能レベルは僕以下じゃないですかぁ?」


 マズイ、苛立ちからつい煽ってしまった。先輩は今にも手を出しそうだ。


「…取り乱しました。」

「チッ、消えやがれ、無能」

「消えるのはそっちで…いや、なんでも」

「さっさと出てけ!」 


 ついに怒鳴られたので、僕は先輩達を少し睨んで部室から出た。扉のすぐ外にいたのは、目を丸くした陸だった。


「え、なんで陸…?」

「ああ、ごめん。壁に耳ありというか」

「盗み聞きって言えよ。今日部活は?」

「今日無いんだよなぁ」


 陸が暇そうにしていたので、僕は無理やり腕を引いて図書室まで向かった。二時間空きが出来たので、ヒートアップしないよう愚痴でも聞いてもらおう。


「なんだよぉ」

「話付き合ってよ」

「まぁ良いけど。部長は?」

「進路指導」

「なるほど」


 陸と僕は図書室の端の椅子に腰をかけ、肘をついてため息を吐いた。


「お前さ、なんで部員とあんなことになったんだっけ?喧嘩だったのは覚えてるけど」

「あぁ…僕の写真を馬鹿にされたから」

「え、そうだっけ。」

「うん。僕が入部したときは、写真部もちゃんと活動してたんだよ。だけど、前の三年が卒業したと同時にグダグダになった。」


 ふうん、と頷きながら聞いてくれる陸。こういう陸の話を聞く態度に、僕はいつも支えられているのだ。


「真面目にやってる奴が笑い物にされて、だんだん部員も減って。それでも僕はずっと撮影を続けてたんだけど」

「ああ、思い出した。コンクールが発端だったっけ」

「そうそう。コンクールに僕が写真を出したんだけど、その写真をすごく馬鹿にされて…部長まで馬鹿にしてきたから、それから僕…」

「部員を無視し続けたんだったなぁ」

「うん、一言も喋らなかった」


 でも、僕にしては正しい判断だった気がする。もしあそこで口を出していたら、大喧嘩どころでは済まなかったかもしれない。怪我をさせた、させられた、物を壊した…最悪停学にまでなったかもしれない。それぐらい、苛立っていた。


「で、こっからどうすんの?」

「…馬鹿にしない?」

「しないしない。言ってみ?」

「これから…部長と話して、説得して」

「うん」


「僕が部長になる」

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