三度目の仲直り

「ひどいよなあ、お前ら。この俺を置いて帰ろうとするなんて」

「ごめんって」

「ごめんね、陸くん…」

「まあ、桜井は知らなかったってことで百歩譲るけどさ」

「いや知ってたよね?」

「ん…?」


 空を見上げてとぼける遥。あれから、僕らは仲直りをした。お互い手を握って、向かい合って、謝りあって。笑い合って、お互いに許し合って、雑談なんかをしながら、美術館を後にした。そして今、二人して陸に叱られている。


「ったく、俺様になんてことを」

「は?」

「あぁ?」


 いつにも増して何を言っているのか分からない。確かに仲直りに陸の助けが必要だった。しかし、僕の中での本当の道標は…。


「つむぎ、だなぁ」

「え?」

「つむぎが、いつも僕らの道標になってくれている気がするんだ」

「つむぎが…?」

「つむぎって、桜井のとこのにゃんこ?」

「うん、そうだよ」


 遥は人差し指を立てて、わざとらしく考える。数秒後、何か思いついたのか、あっと声を上げた。


「そういえば、家から脱走するの、喧嘩してるときばっかりだ」

「うん。それに、絶対僕に逢いに来るんだ」

「偶然だろ」

「意外と分かってたりしてね」

「ふふっ、どうだろうね」


 河川敷の横を、三人横並びに歩く。何日ぶりだろう、こんな幸せな一日。喉につっかえるものが何一つ無くて、陸のことも、遥のことも、心から真っ直ぐと見ることが出来る。


「ま、そんなことよりお祝い行こうぜ!」

「お祝い?」

「桜井、優秀賞おめでとうのお祝い」

「ああ、いいね」 

「えええ、良いのに…」

「焼き肉か寿司どっちが良い?」


 少し困惑気味に考える遥。陸は何故かニヤニヤしている。うーん、と唸りながら、遥は少し遅れ気味に足を進め、僕たちはそれに合わせるようにスピードを緩める。


「あ、あのさ。ごはんはいいから、みんなで旅行…行かない?」

「旅行?」

「うん、綺麗な景色の所行って、みんなで創作したいの」

「良いじゃん!行きたい!行こうぜ」

「いいね、楽しそう」


 みんなで旅行なんて、行ったことが無い。冬休みも近いので、年末にどこかへ行けたらと思う。年末だから、雪の降るところが良いだろう。


「やったあ、絶対行こうね!」

「おう。…あのさ、二人、この後用事ある?」

「僕は何もないよ」

「私もフリーだよ」

「そんじゃ、喫茶店寄ってこうぜ。ちょっと話がある」


 陸がそう言うので、僕らは方向転換して喫茶店へと向かった。陸から話なんて、珍しい。

 …一瞬、嫌な光景が脳裏に浮かぶ。僕はそれを振り払い、二人に歩幅を合わせた。

 喫茶店に着くと、いつものお姉さんがテーブルまで案内してくれた。


「陸、お前こっち座れ」

「んぁ?何でも良いけど」


 僕は陸を隣に座らせ、メニュー表を広げた。今日はいつもと違うものでも頼んでみようか。


「私ココアにしよ」

「俺コーヒーで」

「…じゃあ、僕ミルクティー」


 遥は三人の注文を復唱すると、迷いなく呼び出しボタンを押した。店員さんが来ると、悩むこと無く注文を口にしていく。慣れているなあと、少し感心してしまう。


「で、話ってなんだったの?」

「あー、実はさ…」


 陸は手提げ鞄の中をガサゴソと探すように漁り、一冊の雑誌を取り出した。見たことの無い雑誌だったが、見た目でなんとなく内容は理解出来た。


「俺が応募した俳句がこの雑誌に載りました!!」

「え?!すごーい!陸君って俳句も詠めるんだね」

「たまにしか詠まないけどなぁ」

「すごいじゃん、おめでとう」


 陸は自慢げに、それでいて少し照れ臭そうににやりと笑った。するとすぐに雑誌を鞄に仕舞い、再びニヤニヤしながら口を開いた。


「本題はこれじゃなくて」

「え、そうなの?」

「うん。実は、コンクールに応募してた俺の小説も入賞したんだ」

「わあ!ダブル入賞じゃん!!」

「すご!おめでとう!!」

「さんきゅ!それでさ、俺…出版が決まったんだ」


 嬉しそうに笑顔を浮かべた陸。僕と遥は目を見合わせた。


「出版?!」

「そう、それ一冊だけだけどな」

「うそ、すごいじゃん!!てことは最優秀賞?」

「そういうこと」

「ええ!おめでとうすぎる!」

「なんだよそれ」


 やっぱり、陸には文才がある。陸は誰よりも文学を愛していて、人生をそれにつぎ込んでいる。遥は言った。好きになれたら、それは才能だと。その言葉を具現化したのが陸と遥だと思う。

 僕も、追いつけるだろうか。こんなに眩しい二人に、着いていけるだろうか。一抹の不安が頭をよぎる。いつか僕だけ置いて行かれて、なんてことになるかもしれない。


「あとはお前だぞ、優」

「え、僕…」

「良い報告待ってるよ!」


 ああ、違う。二人は、僕に歩幅を合わせてくれるんだ。いつもそうだ、僕は二人に助けられて、支えてもらっている。一度は絵を捨てた僕を、芸術から逃げた僕を、彼らは引き戻してくれた。

 二人なら、大丈夫だ。置いて行かれることなんて無いんだ。


「頑張ってみるよ」

「おう、頑張れ。…まずは、部活の方をなんとかしろよな。」

「ああ、そうだった…」


 完全に忘れていた。写真部はもはや崩壊状態で、肩書きをもらうためだけの部活になっている。正直、あいつらがまともに活動しているところを一度たりとも見たことが無い。


「美術部もなんとか立て直したんだから、大丈夫だよ!」

「うん…まずは部長に話をつけてみるよ」

「ありゃあマズいからな」


 思い出すだけで頭が痛くなる。いっそのこと退部して個人活動に移行するのもありかと思ったが、それだとコンクールの応募が少しややこしくなる。学校を通しての団体申し込みのほうが何かとやりやすいのだ。


「まあ、なんやかんや頑張れよ」


 陸はいつの間にか届いていたコーヒーをすすりながら言った。遥もホットココアを口に含み、ニコニコと微笑んでいる。

 最近、僕は遥に少しだけ惹かれている気がする。一つ一つの動作が愛しくて、陸が隣に並んでいると腹が立つ。恋愛なのか友情なのかはまだ自分でも分からない。だが、意識しているのは確かで。もしかすると、好きなんじゃないか…なんて、自分らしくも無い感情に悶々とする日々だ。


「なに?」

「ん?」

「ずっと見てくるから…私の顔、なんか付いてる?」

「いやあ、まさか。ごめん、ぼーっとしてたみたい」

「そう?ならいいけど。」

「あ、そうだ。桜井、今度さ…」


 陸に話題をすり替えられてしまった。僕も相槌を打って聞く。

 僕たちはそのまま二時間ほどゆったりとした時間を過ごし、じゃんけんで負けたので僕が会計をして帰路についた。


「たのしかったぁ」

「そういえばさ、遥ってさっき美術館来るまでコンクールの結果知らなかったんだよね」

「え…知ってたよ?」

「え?」

「ネットで公開されるもん。てか、それは教室で宣伝したじゃん」

「え、あ、そうだっけ…」


 僕は咄嗟に陸を睨む。陸はあからさまに視線を逸らし、口笛を吹き始めた、わかりやすすぎる。


「なんで言わなかったんだよ!」

「い、良いじゃん!結果的にお前ら仲直りしてんだからさ!」

「え、もしかしてそれが目的で優連れてきてたの?」

「ち、ちげぇし」

「私に連絡してきたのも…?」

「だあ!!言うなよ!」


 陸の慌てようでなんとなく察した。陸、僕たちが仲直り出来るようにすごい根回ししてくれてたんだ。


「陸くんってば出来る男〜」

「うっせ!いらん心配かけさせやがって!」

「それはごめんじゃん」

「優、今度焼肉奢れよ」

「コーヒー奢ったじゃん!!」

「足りるかあほ!」


 高校生の、他愛もない日常。何気に初めてかもしれない。みんなで出かけた帰り道、明日は何をしようかと思索する。こんなに楽しい日はないと、心から思った。こんな日が続いて欲しいと、切に願った。


「そんじゃ、また明日!」


 河川敷を曲がったところで、陸と別れる。ニカっと笑う陸は、とても夕日に映えていた。

 遥と二人、久し振りに帰路を歩く。前に伸びる影が、ゆらゆらと揺らめいた。


「優、私ね、ずっと優に謝りたかったの」

「え、僕に?」

「優が絵を描かなくなっちゃったの…私のせいだと思ってた」

「なんで?遥何もしてないじゃん」

「だって…だって、私の方が上手だった」


 思わぬ発言に、耳を疑う。いや、確かに遥の方が絵は上手だった。が、まさか遥もそう思っているとは思わなかった。


「それで…あの時も、才能がどうとか言ってたから…私、優のこと傷付けたかなって…」

「僕、そんなにメンタル弱くないよ」

「うん、そうなんだけど。負けず嫌いじゃん?優って」


 ああ、なるほど。

 数ヶ月前、つむぎの捜索を通じて遥と仲直りをしたときのことが脳裏に浮かぶ。あのとき遥は、確かに執拗に僕に謝ってきていた。


「お父さんが原因なんて、思わないもん」

「小学生だったしね」

「うん。でも、さっきの話聞いてホッとしたよ。話してくれてありがとう」

「とんでもない、ただの言い訳だよ。」


 そういうと、遥は静かに笑った。夕日に照らされたそれは、とても美しい笑顔だった。

 可愛い。愛おしい。離したくない。帰りたくない。

 ああ、完全に恋だ。友情なんかじゃない。僕は高鳴る胸に突き動かされるように、声を発した。


「遥、好きだ………っは、遥の、絵が」

「ありがとう、私も優の絵大好き」


 やってしまった。やっぱり僕には無理だ、言えない。意気地のない自分が情けない。

 そんな穏やかな雰囲気のまま、僕らは分かれ道まで歩いてきてしまった。僕と遥は、いつもここで別れる。


「バイバイ、また明日ね」


 家まで送るよ。


「うん、また明日。」


 出かけた言葉は虚空に消え、代わりに発した言葉は、とても薄くて浅いものだった。


 また、明日。

 それでも少し、嬉しかった。

 僕は去っていく遥の後ろ姿を、一枚写真に撮った。





                                              

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