35、不死身の鳥人族、再び!

 川岸から火魔法が飛んできた!


「水よ!」


 俺はまた結界を張ることとなった。


「今度はなんだよ!?」


 声を上げた俺はすぐに気が付いた。目の前の茂みから船が現れて、俺たちを足止めするように行く手を阻んで止まったのだ。大型船ではなく釣り船サイズだが、こっちは筏と遜色ない小舟なので明らかに脅威である。


「敵は二手に分かれているみたいね」


 レモがまばらに低木が生える川岸をにらんだ。そう、火魔法は岸の方から飛んできたはず。だが木のうしろに姿を隠したのか、陸に敵の姿は見えない。


 一方、目の前の漁船には少年や少女が乗り、弓矢で俺たちをねらっている。なんだか年齢層が低いような、と思ったとき、


「撃て!」


 陸の方から命令が聞こえ、船から小さな炎を灯した矢が放たれた!


「凍れる壁よ!」


 俺が叫ぶと同時に水の結界は凍り付き、火矢を阻む。


「命令してるのは鳥人族か?」


 俺がメレウトさんに尋ねると、ユリアが答えた。


「さっき木の間からちらっと顔出したおじちゃん、お耳のところに羽が生えてたよ」


 間違いねえな。


「不死になった鳥人族め、またほかの部族を言いなりにしているのか!」


「私が助けてやった鳥人族たち、火の神殿までの道に伏兵はいないって言っていたのに――」


 レモが不満を口にしかけたとき、


「うわっとぉ!」


 突然ユリアが叫び声をあげたと思ったら、両手で大きな石を受け止めている。


「敵さん、石投げてきたよ」


 炎の攻撃は氷の結界に阻まれて届かないと分かったからか。


「えい」


 ユリアが氷の結界の割れ目から、石を投げ返す。


「ぐわっ」


 向こうの船の上から悲鳴が聞こえた次の瞬間、


吹飛嵐ヴォーラヴェント!」


 レモが氷の裂け目から風魔法を放った。強風を起こすだけで巻き起こる風自体には殺傷能力がない、生活魔法の一種だ。


 だが相手は船の上。見る見るうちに流されて遠ざかっていく。火矢も投石も役に立たず、ぽちゃんぽちゃんと川へ落ちるだけ。


 命令されてるだけの奴らに攻撃しても意味ないもんな。


「やっぱりレモは優しいな」


「雑魚の相手しててもつまんないからね」


 あれっ?


「えっと、不死身の鳥人族をやっつけにいくんだよな?」


 俺は水を操り筏を岸へと寄せる。メレウトさんが縄を投げて木の幹に掛け、筏を岸へと引き付けた。俺たちが次々に陸へと飛び移る間にメレウトさんは手早く縄を結び、筏を係留した。


「さて、敵はどこにいるんだ?」


 俺は低木の幹を盾にしながら注意深く辺りを見回す。


「あっち」


 ユリアが木々の先を指差すと同時に、まさにその方角から火魔法が飛んできた。しかし大した速さではない。


「水よ、炎を包みて滅したまえ!」


 俺が余裕をもって呼びかけると、シュっと音を立てて火魔法は消え去った。


「ジュキくん、私は防御魔法を張って舟とアンジェリカさんを守ります!」


 師匠がふところから聖石の光る杖のような魔道具を出しながら叫んだ。


「頼みます!」


 答えて俺は駆け出した。留守にしている間にガキどもの釣り船が戻ってきて、筏を燃やされちゃあかなわないからな。


 行く手を阻むように火魔法が飛んでくるが、先頭を走るユリアが戦斧バトルアックスで全てはたき落としてくれるので安心だ。


「ちょろいのー」


「ベヌウが弱っているから火魔法もひょろひょろなんですよ」


 走りながらメレウトさんが唇をかんだとき、数本先に見える低木のうしろから鳥人族が一人、姿を現した。


「止まれ! 我は不死身ぞ!」


 俺が腰の聖剣を抜くと同時に、レモが足を止めずに突っ込み、唱えていた聖魔法を解き放つ。


聖還解呪リトルナ・アル・ゼロ!」


 ふわりと白い光が広がるが、男は攻撃魔法だと思ったのか避けてしまった。


「なんだその弱そうな魔法は! グワハハハ!」


 品のない笑い声を上げながら俺の前まで転がってきて、起き上がりざま、手にした剣で斬りつけてくる。俺は聖剣を構えたまま一歩うしろに引いて、大雑把な攻撃を避けた。


 男は不死身となった慢心からか、一切防御せずに向かってきた。迷いなく斬り結んだ俺に、意地の悪い笑みを向けた。


「お前たちの行動などゲレグ様が全てお見通しなのさ、白蛇の化身のお嬢さん」


「俺は白竜の末裔の男だ!」


「ウム族の入り江を守らせていた将軍から、一晩経っても何の報告も上がってこなけりゃあ、ゲレグ様はすぐに未来をご覧になるんだからな」


 こいつ、俺の訂正を無視しやがったな!?


「水よ、この者を包みたまえ!」


 大きな水球が現われ、俺の言葉通り男の頭をすっぽりと包む。


「おぶっ!?」


 男の剣から力が抜けた瞬間、俺は男の腹めがけて剣を繰り出した。


「おおっと無駄だぜ、白蛇の嬢ちゃん。我は不死身なんでね、息が出来なくても問題はない。ちょっと驚かされたがね」


 下段で俺の剣を受け止めた男は、水球の中からごぼごぼ言いながら不敵に笑いやがった。


「我々鳥人族は不死の肉体を手に入れた上、ゲレグ様はつねに未来を知ることができる。逆らうなんて愚かだと思わんかね?」


「思いませんね」


 静かに答えたのはメレウトさんだった。その手のひらの上では炎が燃えている。


 鳥人族の男は、たった今気づいたかのようにメレウトさんを振り返った。


「おや、家出された坊ちゃんじゃありませんか。パパが神殿で心配してまちゅよ」


 馬鹿にした物言いにも、メレウトさんは眉ひとつ動かさない。


「父の予言は精神力を浪費しますから、毎日使っていたら廃人になります」


「不死身になられたゲレグ様には関係ないんでございますよ、坊ちゃん」


 片頬を吊り上げて嫌味たっぷりに笑う男へ、メレウトさんは厳しいまなざしで告げた。


「確かに父はベヌウの血を吸ってから、以前のように力を使いすぎて寝込むことはなくなった。その代わり最近の父は喜怒哀楽を感じないのか無表情だし、前より無口になった。髭も伸び放題で別人のようだ」


 そんな変化に気付くのはメレウトさんが息子だからだろう。


「父の予言は質問に対して答えが返ってくるだけだ。質問が的外れでは役に立たない」


 未来予知は万能じゃないってことか。もしそんな神様みてぇな力を持っていたなら、奥さんが沢で足をすべらせて亡くなったりしないもんな。


「チッ」


 男は議論でメレウトさんに勝てないと悟ったのか、頭を水滴に包まれたまま再び俺に斬りかかってきた。


 俺は左半身をうしろに半回転してかわしつつ聖剣を振り、武器を持つ男の右手に斬りつけた。明らかに聖剣の切っ先が届いたが、男は余裕の笑みを崩さない。


「無駄無駄ぁ! ――え」


 男の嘲笑は途中で凍り付いた。


「な、なぜだ!?」


 男の右腕から流れる血が草原を赤く染めてゆく。


「嘘だ! なぜ傷がふさがらない!?」


「聖剣の前に不死の力など及ばない。分かったら投降するか? あんたもゲレグのしゅで縛られてるだけなんだろ? それも――」


 ――俺が解いてやれる、と言う前に男は、


「愚かな」


 と吐き捨てた。


しゅで縛らなければ戦わないような神殿兵たちと我を一緒にするな! 我は精霊王などという古臭い存在より、新しい神の声を聞くゲレグ王に従うことを選んだのだ!」


「裏切り者め」


 怒りを抑えた声に視線だけ動かせば、メレウトさんの手のひらに宿る火魔法が大きくなっている。攻撃に巻き込まれないよう一歩引いた俺に、男は左手に持ち替えた剣を振り上げた。


 だが横の低木から飛び出してきたユリアが、戦斧バトルアックスを一閃する。利き腕ではないからだろう、男の防御は間に合わない。


「ぐわぁ!」


 顎を砕かれよろめいた男は仰向けに倒れたが、


「我はやはり不死身だ!」


 すぐに跳ね起きた。しかし右腕だけは元に戻らない。左手で剣を扱うのは不利と悟ったか、男は戦斧バトルアックスを振るうユリアと、手のひらに炎を浮かべたメレウトさん、そして聖剣を構える俺を注意深くにらんだ。距離を取ろうと後退しかけたとき、レモの呪文詠唱が響き渡った。


聖還解呪リトルナ・アル・ゼロ!」




─ * ─




鳥人族の男の注意がレモに向いていない瞬間を狙って、不死を打ち消す聖魔法が炸裂! 今度こそ、決着がつく!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る