33、筏に乗って出発進行!

 姉ちゃんが風魔法で草むらに散らばった髪をまとめていたら、建物の裏口からペセジュ船長が現れた。


「おお! 美人姉が美少女妹の髪を切っていたとは!」


 えーっ!? 髪切ってもまだこの人、俺が美少女だって信じ続けるの!?


 驚きのあまり言葉が出てこない俺の代わりに姉ちゃんが、


「ショートヘアのジュキちゃんもかわいいでしょ? 元気でわんぱくな男の子みたいで!」


 誤解を招く発言をする。男の子みたいなんじゃなくて、男の子なんだよ、俺は!


 ペセジュ船長は、うんうんと盛んにうなずきながら、姉ちゃんが空中にまとめた銀糸の束に目を止めた。


「アンジェリカさん、妹さんの美しい銀髪は、聖なる歌姫がこの地に舞い降りた記念として、我々がいただいてもよいだろうか?」


 どこに捨てればいいか訊こうと思ってたのにー! 


「ええ、もちろんです」


 口をひらきかけた俺を制して、姉ちゃんが勝手に答える。


「餞別の品として、どうぞお受け取り下さい」


「髪の毛なんてもらっても嬉しくないってば」


 姉ちゃんを見上げて抗議する俺に、


「何言ってるのよ。ジュキちゃんの髪の毛には精霊力が宿ってるから、水の大陸のギルドや魔道具屋なら高く買い取ってくれるのよ」


「売ったりはせぬ!」


 ペセジュ船長の声が厳しくなる。


「火大陸と精霊王様を救って下さる方の御髪おぐしだ。村の者で分け合い、誰もが家宝とするだろう」


 うやうやしく、空中に浮かんだ銀髪を両手で受け取った。


 もはやあきらめの境地で見守る俺の耳元で、姉ちゃんが嬉しそうな声を出す。


「ジュキちゃん、火大陸にもたくさんファンができたわね! 私の弟ってば、どこに行ってもモテモテなんだから」


 俺の想像していたモテモテってこういうのじゃないんだよ!




 建物の中に戻った俺は、ペセドの兄貴が用意してくれた保存食を亜空間収納マジコサケットにしまい、みんなと共に再び川へと向かった。


 いかだが係留された川岸には、ウム族の人たちが大勢集まっていた。


 服を貸してくれた女性のところに駆け寄って、お礼を言ったらなぜか頭を撫でられた。どうして冒険者の格好に戻ったのに子供扱いされるんだろう!?


 ペセド兄貴がみんなを代表して、俺たちを見送ってくれる。


「あなたたちこそ火大陸北部に生きる我々の希望だ。呪われた神に魅入られた鳥人族の族長ゲレグをたおし、火の精霊王を救い出だしてほしい」


「任せてください!」


 自信を持って答えた俺の声が、絶え間なく虫のが聞こえる低木の間に凛と響く。


「歌姫ちゃん、心強いな」

「髪を切ったら中性的な美少女で、色気が増したような気もするぞ!」

「かわいいわねえ。ぎゅーって抱きしめたくなっちゃう」


 村人の反応がおかしいんだが!?


 彼らのふざけた雰囲気に影響されることなく、ペセジュ船長が真面目な表情でペセド兄貴の横に歩み出た。


「火の神殿まで私も共に行き、宿敵ゲレグの最期を見届けたかったが、私では戦力にならずにあなたたちの足手まといになってしまう」


「ペセジュには村の復興を手伝ってほしいしな」


 朗らかなペセド兄貴の言葉に、彼女はしっかりと首を縦に振った。


「兄上の言う通りだ。私はこの地に残って、自分にできることをしよう」


 俺たちはウム族のみんなと握手を交わして、筏に飛び乗った。ペセジュ船長が手早く縄を解いてくれる。


「健闘を祈る!」


 彼女に激励され、村人たちに声援を送られ、俺たちは火の神殿を目指して出発した。


 俺は水を操り、筏を上流へと進める。しかし旅が順調に見えたのは最初だけだった。


 朝のうちは涼しかったのに、次第に高くなってきた太陽が川面にキラキラと反射する。見ている分には美しいが、陽射しを避ける場所のない筏の上では、強烈な光線が炎のように肌を焼く。


「暑いわ!」


 最後尾に座る俺の隣でレモが、大きくもない帆の陰に入り込もうとする。


「レモせんぱい、靴脱いで足を水につけると気持ちいいよ」


 ユリアは筏の横に座って、足を流れに浸している。


「足の先だけ冷やしたって、陽射しからのがれられるわけじゃないでしょ」


「ふわぁ、風が気持ちいい」


 水面みなもを渡る風にユリアが両手を広げる。風が吹けば一瞬だけ心地よいが、それもすぐ熱に溶けてしまう。せせらぎの音は耳に涼しげなのに、水面からの反射が目に痛い。


 俺は額ににじみ出る汗をぬぐいながら、


「水よ、我らを覆う傘となれ」


 と命じた。川の水が立ち上がり、俺たちをドーム状に包み込む。


「ジュキ、ありがとう!」


 レモは水の天井を見つめてまぶしそうに目を細めた。


「見て、陽射しがキラキラ踊って綺麗!」 


 レモが俺に肩を寄せる。いいぞ、水上デートっぽくなってきた! と思いきや――


「あ、お魚さん!」


 ユリアが身を乗り出した途端、筏がバランスを崩した!


「「「うわー!」」」


 みんなの声が重なる中、


「水よ!」 


 俺は慌てて筏を持ち上げる。筏が思いっきり宙に浮いてしまったが、ひっくり返る危機は脱した。


「ユリア、気を付けてよ!」


 レモにしかられたユリアが珍しくしょぼんとしている。さすがに本人も反省しているのだろう。 


「はー、びっくりしたら喉乾いちゃったわ」


「レモ、水飲むか?」


 俺は手のひらに精霊力で湧水を起こした。


「わーい! ジュキの水!」


 レモは俺の両手を下から包み込むと、喉を鳴らして水を飲んだ。器の形にした俺の手のひらに、レモの唇がかすかに触れる。


「私もジュキくんの水が飲みたいです」


 最前列から師匠が首を伸ばして注文してきた。


「革袋出してくれれば入れますよ」


 各自、水筒を持って来ているはずだ。


「ジュキくんのお手手から飲ませてくれないのですか?」


 泣き出しそうな顔をする師匠。オッサンが俺の手から水を飲むなんて嫌すぎる。でも断ったらこの人、めそめそするんだよなあ。困っていたらレモが、


「師匠、青少年に気持ちの悪いこと言ってると、帰ったら学園長に言いつけるわよ」


 と厳しい声を出し、同時に姉ちゃんが手を伸ばして師匠の革袋を振った。


「まだ水、残ってますよ?」


「しくしくしく」


 観念した師匠が俺たちの方へうらめしい目を向けながら革袋の水を飲んでいたとき、最前列に座って唯一、進行方向を注視していたメレウトさんが大声を出した。


「た、た、滝です!」




─ * ─




筏の席次は以下の通りです。


 メレウト 師匠

 アンジェ🚩ユリア

  ジュキ レモ


真ん中の赤い旗が帆だと思ってください!

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