四、いざ火の神殿へ

32、用意してくれた小舟は船というより……

 宴の翌朝、俺は起きると亜空間収納マジコサケットにしまってあった、いつもの白い服に着替えた。借りていた民族衣装は水魔法でよく洗って、レモから教わった温風魔法「纏熱風ヴェントカルド」で乾かす。お礼を言って持ち主に返さなくちゃ、と思いながら居間に入ると、ペセジュ船長と鉢合わせてしまった。


「あっ」


 まだ心の準備ができてないのに! どうして女装していたか、問い詰められたらなんて答えよう!?


「ジュリア、旅装に着替えたのか」


 あれっ? 「私を騙していたのか!」とか怒り出さないの?


「どうしたんだ、ジュリア。ぽかんとして。まだ寝ぼけてる?」


 俺の顔をのぞきこもうとしたペセジュ船長が、ふと視線を落とした。


「ああ、その服。ジュリアによく似合っていてかわいかったよ」


「あのっ、貸してくれた人の家が分からなくて」


「私が渡しておくから平気だよ」


 ペセジュ船長は俺の手から服を受け取ると、部屋の隅に据えてあった寝椅子の上に置いた。


「俺、直接お礼を言いたいなって」


「本当にいい子だなあ、ジュリアは。うちの村に住んだらモテモテだぞ」


 それは女性から? それとも男から!? 怖くて訊けないぞ!


 ペセジュ船長は大きなテーブルに皿を並べながら、


「君たちが出かけるときには見送りに来てくれるから会えると思うよ」


 と教えてくれた。彼女を手伝って果物が入ったかごをテーブルに運ぶが、お礼を言われるだけで正体を問い詰められる気配はない。


 まだ髪が長いままだから俺のこと、女の子だと思ってるのかな? 朝食前に服を返してこようと思っていたため時間がなかったので、俺は今、長いままの銀髪をうしろでひとつ結びにしている。


 でも師匠は長髪でもちゃんと男扱いされてるから、関係ないかな?


 いや、考えてみたら火大陸の民族衣装は男も布を巻いたスタイルでズボンじゃないじゃん! スカートを脱いだら男だと思ってもらえるわけじゃないのかも!


 考えあぐねていたら、レモやアンジェ姉ちゃんも居間に出てきた。


「ペセジュさん、手伝うわ!」


 姉ちゃんは慌ててペセジュ船長に駆け寄る。


「このハーブティーをみんなに分ければいいのね。一、二、三―― あら? カップの数が足りないような」


「兄上はまだ小舟を修理していて戻って来ないんだ」


「小舟ってもしかして私たちが今日、乗っていく――」


「ああ。火大陸北部が平和だったころ、火の山まで参拝に行くのに使っていた小舟があってね。ぜひ君たちに使って欲しいからと言って、帆を張り替えてるんだ」


 ペセジュ船長の言葉に姉ちゃんは恐縮し、俺とレモも感謝を伝えた。


 俺たちが朝食を終えた頃、満足げなペセドの兄貴が汗を拭きながら戻ってきた。


「使えるようになったよ。三番目の橋の近くに泊めてあるから行ってみてくれ」


 さっそく俺たちはペセジュ船長に案内されて、小舟を見に行った。


 草を踏んで低木の間を進んでいくと、やがて水の流れる音が聞こえてきた。


 レモがぱたぱたと手を振りながら、


「虫を寄せ付けない魔法を創作しましょうよ」


 などと師匠に話しかけているうちに、俺たちは川へ出た。海の近くだからか川幅も広く、水はゆったりと流れている。川岸のすぐ近くに打ち込まれた杭に縄で係留されているのは――


いかだだね」


 ユリアがぼそっとつぶやいた。


「帆がついてるんだから小舟よ」


 アンジェ姉ちゃんが気を遣う。丸太を並べた筏の真ん中に棒が立てられ、帆がなびいている。


「素晴らしい!」


 一人感激しているのはメレウトさんだ。


「これなら陸路を歩きながら運ぶのも簡単ですね!」


「だろ?」


 ペセジュ船長は満足そうだ。


「兄上にジュリアの水を操る能力について話したら、舟の操縦に使えるって言ってたから、やり方を教えるよ」


「川の水を逆流させたら大変なことになりませんか?」


 不安になって見上げる俺に、ペセジュ船長は首を振った。


「そんな大げさなことをする必要はない。小さな波を起こすだけでいいんだ」


 ペセジュ船長は川岸から筏へひらりと飛び移ると、


「おいで」


 と両手を広げた。俺を抱きとめるつもり!? 戸惑う俺に何を勘違いしたのか、


「怖くないよ。飛んでごらん」


 などと言いやがる。ちきしょー、イケメン風吹かせやがって!


 俺は無表情のまま岸を蹴って筏に飛び乗った。


 ペセジュ船長が杭に結わえ付けていた縄をほどくと、筏は流れに乗って静かに下流へと動き出す。海から吹く風を受けてバタバタと音を立てる帆の下でペセジュ船長は、


「舟の船尾にのみ水を当てるようにするんだ」


 と指導する。船尾っつーか筏のふちじゃんと思いつつ、


「水よ」


 川を見下ろして小声で呼びかけ、小さな水流をイメージすると、筏はちゃんと上流へ向かって進み始めた。


「素晴らしいな!」


 ペセジュ船長が賞賛してくれると同時に、岸からはレモたちみんなの拍手が聞こえる。


 水を操って筏を岸の近くまで運ぶと、ペセジュ船長は俺たち全員に帆を下ろしたり、向きを変えたりする方法を教えてくれた。


 無事、川をのぼれることが分かったので、俺たちは一旦ペセジュ船長の家に戻って支度を整えることにした。


「我が眷属けんぞくたる水の精霊たちよ――」


 建物の裏手に出て、いつも通り宙に向かって呼びかけていると姉ちゃんがやってきた。


「あらジュキちゃん。どうしたの、こんなところで」


「姉ちゃんこそ」


「私は毎朝、美容のためにストレッチをしているの。今朝はできなかったから今やろうと思って広い場所を探していたのよ」


 姉ちゃんのプロポーションは努力によって保たれていたのか。レモもこの人からストレッチを学べばバストが豊かになったり、ユリアの場合はぷにぷにが治ったりするのかな?


「ジュキちゃんも一緒にやる?」


「あ、俺は――」


 言いかけて俺は気が付いた。いつも俺が氷の刃で散髪するときは、以前、姉ちゃんに切ってもらった髪型をイメージしているのだ。本人がいるなら頼んでみよう。


「あのさ、姉ちゃん。火大陸を旅するのに暑いから髪、短くしたいんだ。姉ちゃん、切るのうまかったよね?」


「まあ、私を頼ってくれるなんて嬉しい!」


 姉ちゃんは両手をほっぺたに添えて、とろけそうな笑顔になった。


 俺は草むらに顔を出していた切り株に腰をかけ、手のひらから少しだけ水を出して髪を濡らしてゆく。


 姉ちゃんはポニーテールをお団子にまとめて気合いを入れ、自分の髪を止めていたピンで俺の髪をブロッキングし始めた。それが終わると懐から護身用のナイフを取り出す。姉ちゃんのほっそりとした指が俺の銀髪を一束ずつ持ち上げ、鮮やかな手つきでカットしてゆく。


 素早く的確なナイフさばきで、程なくして俺の髪はもとのショートウルフに戻っていた。


「わーい、ありがと!」


 軽くなった頭を両手でわしゃわしゃとさわる俺の頭に、姉ちゃんが手のひらを乗せた。


「またいつでも頼んでね」


 姉ちゃんが風魔法で草むらに散らばった髪をまとめていたら、建物の裏口からペセジュ船長が現れた。




─ * ─




髪を切れば男のフリができると思っているジュキの運命や如何に!?

姉妹百合に文字数さいてたらペセジュ船長の反応まで行かなかった。


ジュキ「男のフリってなんだよ!? しかも姉妹百合って、どこにも姉妹なんていないじゃねーか!!」

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