31、宴の夜がふけてゆく

「レモさん、火の神殿がどのように守られているかについては訊きましたか?」


 師匠がスープ皿から豆をすくいながら冷静な声で尋ねた。


「船に乗っていた鳥人族たちと同じように不死身にされ、しゅで縛られた兵たちが、昼も夜も交代制で見張りをしていると言っていたわ」


「僕が神殿を離れた頃と変わっていませんね。我々鳥人族の中には昔から、火の神殿を守る警護兵たちがいたんです」


 メレウトさんが説明を始めた。鳥人族は特権階級である神官、それから神殿を守る兵士、あとは一般人である商人と農民で構成されているそうだ。火大陸で部族間抗争が起こっても、精霊王不死鳥フェニックスの子孫で火の山を守る鳥人族は神聖な一族と見なされ、攻撃を受けることはなかった。そのため他部族と違って、戦う技術や能力を持っていたのは神殿警護兵だけだったという。


「数少ない彼らをしゅで縛り、不死の兵士に仕立てて、父は各部族を攻めさせたのです」


 怒りで震えるメレウトさんの前から、次々と食べ物が消えてゆく。隣からユリアの手が伸びて、ちっちゃくて可愛らしい口の中にひょいぱくを繰り返しているのだ。メレウトさんの話に集中しようと彼を見ると、どうしてもユリアの手の動きを追ってしまう。人の目って動くものに注意が向く性質があるからなあ。


 みんなの視線がユリアに集まる中、アンジェ姉ちゃんが場の空気を取り繕うように尋ねた。


「不死身の神殿警護兵たちが、ここから火の山へ至る川沿いの道を守っていて、私たちの邪魔をしてくるってことはないのかしら?」


「それも訊いたわ」


 レモがすぐに応じる。


「水の大陸を攻めるため、征服した村の兵士たちをここの入り江に集めたんですって。だから反乱を恐れて、鳥人族の精鋭が彼らを見張っていたそうよ」


「あれで精鋭なんだ」


 つい本音を漏らす俺にペセジュ船長が、大麦酒を飲み干しながら答えた。


「あいつらちっとも戦ってなかったから分からないじゃないか」


 言われてみたら、弓矢を構えているだけで何もしてこなかったな。


「警護兵は精霊王と火の山へ畏怖の念を抱き、神殿を守っていたんです」


 憤懣やるかたないといった様子で、メレウトさんの語気は強くなる。


しゅが解けたなら、精霊王である不死鳥フェニックスを害した父に従うわけないでしょう」


「あの大将みてぇなやつは? 信仰心がないのかな?」


 彼だけは自らの意志でゲレグ族長に従っていたはずだ。


 メレウトさんは苦々しいため息をついた。


「父は側近や数人の警護兵長に、征服後の村々を与えると約束したのです。彼らは自分が領主になれると思って父に従うことを選んだ裏切り者なんですよ」


 なるほどと思ったところで、


「メインの魚料理だよ!」


 威勢の良い声が聞こえた。振り返ると船で帆の向きを操っていたおっちゃんが、大きな鉄板を持って立っている。


「でっかい魚を香草で包んで、石窯で蒸し焼きにしてるんだ。うまいぞ!」


 テーブルの中央に無骨な木の板が置かれ、その上に鉄板が乗せられた。


「取り分けるぞー」


 ペセジュ船長がナイフとフォークで香草をかき分けると、おいしそうな魚の匂いがますます強くなる。


「レディファーストでジュリアちゃんからな」


 大きな魚を切り分けたペセジュ船長は、さっと俺の皿を手に取った。


「ええっ」


 女性にレディファーストって言われるなんて、どうしたらいいんだよ!? 大体この場に女性、たくさんいるじゃんか! レモもユリアも姉ちゃんも笑いをこらえてないで、なんか言って欲しいよ!


「ほれ」


 ペセジュ船長は綺麗に取り分けた魚を盛り付けて、皿を俺の前に戻してくれた。


「次、よだれをたらしてるワンちゃんな」


「ユリアだよ」


 ムッとしながらも皿を差し出すユリア。ペセジュ船長はまた手早く魚を分けながら、


「それでキャプテン・レモネッラ、不死身の兵士たちは火の神殿までの道を守っているのか?」


「話が途中だったわね。神殿までの道に兵士を配置する余裕がないからこそ、戦力を入り江に集中して、メレウトさんが連れてくるレジェンダリア帝国の兵士を殲滅するつもりだったそうよ」


「舐められたもんだな」


 蒸したての魚をふぅふぅしながら、俺はフンと鼻をならした。


「不死身の人間が普通の兵士に負けるわけはないと思ってたんでしょ」


 決して不死の状態はくつがえせないと信じていたのが間違いだったな。


「敵さん、おバカさんだったねえ」


 ユリアにまで言われちゃおしまいだな。


「レモせんぱいには、おもらし希望を治しちゃう魔法があるもんね」


「状態異常を治しちゃう魔法ね」


「おもらし以上?」


 何未満だよ。


 レモが話を戻し、


しゅで縛られて不死身になった兵士を各集落に二、三人ずつ配置するだけで精一杯みたいよ。でも本当に強いのは火の神殿にいるんだから、甘く見るなと言われたってわけ」


 と話を締めくくった。


 魚の香草蒸しは淡泊な味わいの中にしっかりとした旨味があって、止まらなくなるおいしさだった。みんなしばし無言で魚と向き合う。船で釣りたての魚を焼いて食べてはいたが、ちゃんと料理したものにはまた違ったうまさがある。


 広場の端では、おなかがいっぱいになった子供たちが追いかけっこを始めた。船の中で見覚えのある顔もちらほら見える。ずっと窮屈な船の中に閉じ込められていたんだから、大地を走り回れるのは楽しいんだろうな。彼らの高い笑い声が、夕暮れから夜へと移り変わる空へとのぼってゆく。


 果物が供される頃になると、どこからか楽器を持ってきた村人が演奏を始め、若者たちが踊り始めた。


「歌姫さん、一緒に踊りませんか?」


 うしろから声をかけられて驚く俺に、船で見かけたおっちゃんが右手を差し出している。


 助けを求めてレモを見ると、


「いいわよ、ジュキ。踊ってきても」


 なぜか許可を出されてしまった。


 一方レモのところへは、花柄の頭巾をかぶった少女が頬を染めて近づいてくる。


「キャプテン・レモネッラ様、ずっと憧れていました。私と踊ってください」


 おいおい、なんで美少女にモテてるんだよ、レモのヤツ!


「水の大陸から来た英雄たちを誘うなんてアリなのかよ!」


 隣のテーブルから聞こえる非難がましい声に、


「誘った者勝ちだね」


 俺の手を握ったおっちゃんが答える。


 ユリアのところへは小さな男の子が走りより、


「僕、ワンちゃん、大好きなんだ!」


 背伸びしてユリアの耳をさわろうとする。


 気付いたときには俺たち全員、村人に引っ張られて一番星の下、知らない曲で見よう見まねのステップを踏むことになっていた。


 ギターとよく似た弦楽器の音色が溶け込む夜空の下で、かがり火に照らされた人々の影が踊り、語りあい、時の流れを忘れたように笑いあっていた。




─ * ─




次回ついにジュキが髪を切り、男装でペセジュ船長の前に立ちます!

果たして男と認識してもらえるのか!?

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